幕引き
矢だ。しかも何本も。
そう認識した頃には、悲鳴とともに塔の上から次々と人が落下していた。エルワンは無事なのか?
兵士が一人、通路に落ちてきた。暗くて誰なのか分からない。
「安心しろ。俺だ」
「エルワン!」
フラフラと立ち上がるエルワンは、ペッと唾を吐き捨てた。
「ミシェルでも止められなかったんだな。仕方がねぇ。これでも運のいい方さ」
「そうだけど──」
僕はマルガリのことを言いかけた。すると、また風を切り裂く音がした。
「伏せろ!」
矢はさっきと違って、赤い光を纏っていた。
「おいおい、火遊びかよ」
「言ってる場合か!」
パリンという音のあと、火矢が通路の上に刺さった。瞬間、通路を覆い隠すように炎が広がっていく。
「……なにかおかしいぞ。燃える勢いが強い」
「この臭い──油か?」
訝しむ僕らに、塔の上から乾いた拍手が送られた。
「ご名答。さすがですね、お二人とも」
炎によって、より一層際立つ妖しい笑み。鉄の爪がギラギラと光っている。エルワンは、狐目の黒髪を睨みつけた。
「くそっ、やっぱ死んでねぇか」
「そんな。悲しいことは言わないでください。私はただ、仲良くしたいと思っているんですよ」
大袈裟にショックを受けた男。すると、また火矢が飛んできた。今度は、僕らが来た道を塞ぐように燃えている。
「火矢の着地点を狙い油壺を放つ。ウェストニアから輸入した技術ですねぇ。国内に再現できる人材が少ないのが欠点ですが」
何が面白いのか、クスクスと笑い男は続けた。
「さあさ、どうしましょうか。このまま進むも地獄、戻るも地獄。それなら一緒に落ちましょう。ご案内いたしますよ」
まるで、この世界全てが舞台かのように芝居がかった動きをしている。
「ふざけるな。その話はきっぱり断ったはずだ」
「申し訳ないですねぇ。欲しいものには執着してしまいますので」
どうやら離れていたときに何かあったらしい。
「エルワン、なんの話だ」
小声で問いかけた。
「ああ。さっき、俺たちも兵士に襲われたんだよ。そのとき──」
エルワンが言いかけたとき、また火矢が飛んできた。
「さぁ、幕引きといたしましょうか!」
そう宣言すると、男は塔の上から飛んだ。僕らより背が高い炎も越え、ただでさえ狭くなった通路に着地する。
「くそっ、なんのつもりだよ!」
逃げ場を失くした僕たちは、徐々に追い詰められていた。城に戻る道も、脱出する道も炎に包まれている。ゆっくりと革靴が歩を刻み、距離を縮めてきた。
「まぁまぁ。こちらの方が性に合うかもしれませんよ。特にあなた」
そう言って手を差し出したのは、エルワンの方だった。
「人をコケにするのも大概にしろ。誰がお前となんか!」
「吠えている暇があるのですか?」
男は空を仰ぎ見た。また火矢が迫ってきている。
「さぁ、地の底まで行きましょう!」
カシャンと爪をしまう音と共に、男の手が僕たちの腕を捕らえた。枝みたいに細いのに力が強い。振り解けない。
「何をしても無駄ですよ。全て想定内です」
そう早口でまくし立てながら、男はゆっくりと重心を水路へと傾けていった。瞼は開ききり、ギラギラと光る瞳は獣のようだ。
「──ああ、そうだな。もう逃げ場はないみたいだ」
エルワンが言った。そして、男のように身体を重力に任せていっている。
「なに言っているんだ!」
「おや、やっと理解してくださいましたか!」
正反対の返答を聞き、エルワンはフッと皮肉めいた笑みを浮かべた。──心の底から、楽しんでいるように。早く気づけと言わんばかりに。
「俺はエルワン・ブランだからな。忘れんなよ」
「……ああ」
僕は左手でポケットを探り、携帯ナイフを取り出した。
いやだ。こんなことしたくない。だけど、誰かがやらなきゃいけないんだ。それがたまたま、僕たちだった。
「これからのこと、よろしくな」
「もちろんですとも。ちゃんと鍛えてあげますよ」
冷静さを失い、男は僕の動きに気づいていない。
エルワン。……ありがとう。
僕はナイフを男の手首に突き立てた。目を見開いた男の、つかむ力が少し弱まる。
「おりゃぁぁぁあ!」
エルワンは男を水路へと押し倒した。
「な、何をするのですか!」
固く握られた男の左手は、エルワンをつかんで離さない。
「突っ立ってんじゃねぇぞアルベール! 早く行けよ!」
そう言うとエルワンは、僕の足を蹴った。
よろめいた先には炎の壁。出口も見えない。
いや、それがどうした。
僕は目を閉じ、炎の中に飛び込んだ。
不思議と、通り抜ける一瞬は熱さを感じなかった。しかし、通路に倒れこむと全身に針を刺されたような、チクチクとした痛みが襲ってきた。熱い。痛い。水が欲しい。
そのとき、炎の壁が風で揺らいだ。細い通路が見える。
──そこにはもう、エルワンの姿はなかった。
だけど、早く行けよと言われた気がして。
僕は通路をひたすらに進んだ。
気がついたら草原にいた。戦いの最中にリュックを落としたせいで、地図すら持っていない。小川を見つけたら、どれだけ濁っていてもお腹いっぱいになるまで飲んだ。孤児だったときに食べていた雑草があったときは取り尽くした。
こんな状態でフラナンズまで行けるわけない。早馬でも十日以上かかるのに。死にに行くようなものだ。分かっていた。
思い出の数々が、星を見るたび、明るい日の光を見るたびに呼び起こされる。みんなが、僕を生かしてくれた。僕は、与えられた役目を最後まで──!
だけど、肉体的なことはどうにもならない。
何日経ったんだろう。休息もろくに取っていなかった気がする。寝ても覚めても夢の中にいるようで。
ああ、ついに足が動かなくなった。水が、水が欲しい。
草原に倒れこんだ僕は、気力も体力も限界だった。
生きたい。エルワンに、マルガリに、ミシェルに託されたのは僕なのに。振り返れば助けられてばかりだった。それなのに僕は、まだ何もしていない役立たずだ。
「動けよ……フラナンズまで、せめてこの知らせを誰かに──」
視界がにじんでいく。くそっ、こんなところで終わらせたくない。みんなの分まで、僕、が──。
「そこの少年! 大丈夫か? しっかり気を持つんだ!」
なんだ? 幻聴か。
「おい! 返事をせんか!」
頬を叩かれる。誰だ。
混沌とする意識の中でまぶたを開けると、そこには、夢にまでみた人がいた。
「とう……さん?」
先祖の魂ってやつかな。最後に迎えにきてくれてありがとう、父さん。
そのまま僕は意識を失った。




