王子の悪あがき
僕たちの味方をした以上、マルガリは罪に問われる。
処刑台に送られるということだ。
ただ国を守りたかっただけなのに。大切な友だちが、いなくなっていく。
僕のせいだ。
「今だ! いけー!」
ああ、うるさい。
背後を薙ぎ払った。近づいてきていた兵士の悲鳴と、しばらくしてからまた水柱が立つ。
とめどなく怒りが溢れて、悲しみが心を覆って、希望は全て水路に吸い込まれていく。視界はにじみ、何も聞こえない。静かな世界だ。
こんなことになるなら、最初から一人でいたかった。
兵士を水路に落とし続け、僕は泣いた。
なんでまだ戦っているのかもよくわからない。マルガリに対しての申し訳なさからだろうか。でも、僕はもう何もしたくない。色々な感情がごちゃごちゃになっている。
僕が水路に落ちたら、代わりにエルワンがやり遂げてくれるだろうか。平和な世界を、作ってくれるだろうか。
……やっぱり、エルワンの方が適任だな。
兵士がかかってくる間隔が長くなっていた。もう何人倒したんだろう。
僕は改めて水路の方を向いた。見晴らしがいい。戦いで火照った体に、心地よい冬の風が吹いた。
城壁にある見張り台にはたくさん明かりがついている。今ごろ、ミシェルがボードゲームの二戦目を誘っているかもしれない。
大きく息を吸い込むと、今まで背負っていた重荷から解放されて、自由になれた気がした。視界も晴れて、世界が音を取り戻していって──。
「逃げて!」
次の瞬間、風を切り裂く音がした。
ボードゲームの、途中だった。
持ち出したワインで兵士の皆さんを酔わせ、貴族の噂なんかで盛り上げて。
ここさえ通れれば、お二人の邪魔はいない。王子のジョゼフができないこと全てを託したから、ミシェルとして助けたい。万が一のことがないように、一晩中いるつもりだった。
「──誰か、助けてくれー!」
下から呼びかけられた。
「ったく、なんだよ。今いいところなのに……」
兵士のおじさんが応答しようとする。
「ま、待ってくださいよ! このままだと、僕勝っちゃいますよ?」
「すまんな、坊主。仕事の時間なんだ」
笑ったおじさんは、よろめきながら下を見た。
「おーい。こんないい夜にどうしたんだよ」
「どこがいい夜だ! 見張りもせずのんきなもんだよ。あれ見ろって!」
「はぁ?」
「あ、ちょっと待ってくださいよ!」
駆けつける前に通路の方を見られた。
「……おいおい、なんだありゃ」
僕も目を凝らした。塔の上で、背中合わせになっている二人が、大勢の兵士に取り囲まれていた。一斉に駆け出し、兵士を次々に倒していく。
「まるで獣だな。特にあいつ。ほっといたら面倒くさいぞ」
指さされた方には、たった一人で戦う騎士がいた。迷いなく兵士を水路に落としていく。あの所作、アルベールさんだ。
──いや、だとしたらおかしい。塔の上にいる二人は誰なんだ。息のあった動きで兵士を翻弄している。一人はエルワンさんだとして、もう一人は?
「ま、面倒ごとはちゃっちゃと片付けなくちゃな。坊主、下がっててくれ」
兵士の皆さんが弓を手に取った。
「ちょ、危ないですって! 味方に当たるかもしれないですし、何か事情があるのかも!」
「うーん。まぁ、そのときは大人しく処刑台に登るさ」
炎で揺れ動く影は、不気味に諦めを纏っていた。
「平和ボケしていたが、俺たちはここの見張りを国王陛下から仰せつかったんだ。いい酒飲んで、ちょっと遊んで、いざというときは王家に命を差し出すもんなんだよ。兵士って」
引き絞られた矢は、まっすぐにアルベールさんを狙っていた。
「そんな、だめです!」
僕は皆さんの前に立ち塞がった。
「おい、何すんだよ!」
鍛えている兵士には勝てない。だけど、なんとか照準をずらしたくて必死にしがみつく。
「どけ!」
振り払われて床に頭を打った。クラクラする。こんなこと初めてだ。でも──!
「僕だって役に立つんだ!」
力を振り絞って背後から体当たりした。他の方にもぶつかり、矢の方向が少しずれる。
「逃げて!」
「このっ、何すんだよ!」
お腹を蹴られた。髪をつかまれ、平手打ちをされて、また蹴られて。
このくらい、お二人に比べたらなんてことない。
僕は今、大切な人を救えているのかな。




