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線路は続くよ異世界に!  作者: とくさ
亡くしたもの編
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脱出直前

 王族が絶対のルール。それが兵士。エルワンから切り出した話だったし、僕もミシェルに言われたらその命令を忠実にこなすだけだ。

 陛下が目覚める兆しはない。僕たちは見張りをしながら、亡命に向けた作戦を立て始めた。日に何回かミシェルがやってきて、お菓子の差し入れと脱出経路を考えてくれる。隠し通路は思ったより城中に張り巡らされていて、人目につかず城壁を越えることもできそうだ。

 そして、計画を練り上げるのに三日、道具や食料を揃えるのにさらに三日かけ、ついにイーヒスト脱出前日になった。

 この国には二度と帰って来れない。僕たちに家族はいないけれど、それでも最後に行きたい場所はある。当日に行く経路の下見も兼ねて、城を抜け出すことにした。

 教えてもらった抜け道は警備も緩く、楽に城外へ出ることができた。通常時なら警備体制の見直しについて上官に報告していただろう。

 僕は草原に行った。墓地は維持するのにもお金がかかるから……母さんはここで、静かに眠っている。

 しばらく掃除をしていなかったから、小さな墓標は少し汚れていた。川から汲んだ水をかけ、ブラシでこする。

「……ねぇ母さん。僕ね、父さんと同じ近衛兵の仕事をしたんだよ」

 地面の下にいる母さんに話しかける。

「もちろんエルワンも一緒さ。え? うれしそう? まぁね。エルワンは頼りになるから。僕が──ううん。なんでもない」

 母さんに余計な心配はかけたくない。

「大丈夫だって。ちょっと、ちょっと仕事で問題があってさ。しばらく母さんと会えそうにないや」

 最後だから、泣きたくないのに。

「でも、もしかしたら父さんに会えるかもしれないんだよ! そしたら、絶対ここに連れ帰ってくる。うん。約束する」

 泣きたくないのに。

 止めどなくこぼれる、この水滴はなんだろう。

 僕は一人じゃないけれど。

 僕は一人だった。心の奥底は、ずっと一人だった。



 日も傾いてきた。そろそろ城に戻らないと。

 僕は母さんに供えた花を整え、立ち上がった。

 城内に入る道のりは、ミシェルが案内してくれることになっている。集合場所が見えてきた。

 たしか城壁のレンガの下から六番目、右から四番目。二回ノックして、「ミシェル」と呼ぶ。

 すると、レンガが一つ、壁の内側から引き抜かれた。聞き慣れた声で、「エルワンさんは?」と聞いてくる。

「もうそろそろ来ると思うんですけど……」

 辺りを見回すと、西から走ってくる人影が見えた。

「悪い。遅くなった」

「もう、どうしたんですかエルワンさん。遅刻ですよ」

「悪かったって」

 夕焼けが長い影を落としている。

「あの場所に行ってたのか?」

「……まぁな」

 エルワンは、名残惜しそうに夕焼けを見ている。

「なんです。こそこそ内緒話ですか。間に合ったからいいですけど」

 そう言うと、ミシェルは内側からゆっくり壁を動かした。かがまないと入れないくらい、狭く長い通路が続いている。明かりもないので真っ暗だ。

「お話しした通り、見張りの兵士さんたちが交代する隙を狙います。早く行きましょう」

 僕たちは体を押し込み、通路の出口、ミシェルの部屋へと急いだ。



 次の日の朝。僕たちは決めていた通り、マルガリにはいつも通り接した。お貴族様が見つからない。本当どこいったんだよと愚痴るマルガリに、落ち着けよとエルワンが宥める。

 いつもの光景だけれど、頭ではこれが最後という言葉がちらつく。本当のことを話したかった。だけどこんな危険なこと、実行するのは僕らだけで十分だ。

 マルガリは訓練学校時代からよく、「たっぷり稼いで母ちゃんに仕送りするんだ!」と言っていた。悲しむ家族のいるマルガリには、このままでいてほしい。

「じゃ、晩飯も席取っとくから。俺、夜も貴族様を探しにいかなきゃいけねぇんだ。遅れるなよ」

「もちろん。また夜な」

 僕たちは昼間中、未だ目覚めない陛下の見張りをした。他に見張りがいないことをいいことに、最近は二人一緒にいることが多い。

 いつもなら、脱出経路の確認やその後の計画を話しているけれど、今日はお互い何も話さない。

 静かな部屋で、ただ時計の秒針が動く音を聞いていた。

 今日は僕から、話題を振ってみようかな。

「エルワン」

「うわっ!」

 驚いた声が部屋に響く。陛下が起きていないかそーっと確認して、エルワンは言った。

「なんだよ、急に話しかけるなって」

「ごめんごめん」

「お前から話しかけてくるなんてめずらしいな」

「ま、たまにはね」

 また秒針が動く音を、何回か聞いた。

「昨日さ。ひまわり畑に行っていたんだろ?」

「ああ」

 孤児院にいたエルワンが行く場所なんてそこしかない。孤児院のみんなで抜け出して、遠足に行ったところ。

「よく覚えてたな」

「だって、思い出話なんて滅多にしてくれないから」

「そうか? ……ま、ガキの頃を思い返してたよ。俺らしくねぇ」

「親のこと?」

エルワンは首を振った。

「まさか。何やっても思い返せねぇ人のこと考えたって意味ないだろ。……俺の、名前について少し」

 エルワンは、部屋の角をじっと見つめている。

「俺は、お前と違って赤ん坊のとき親なしになったからな。名前もなかった」

「そうなのか?」

「あれ、話してなかったっけ」

「思い出話をしないやつが相棒だからな」

 そう言うと、エルワンは乾いた笑い声を上げた。陛下のことなんて気にせずに。

「あー全く、笑えるよ。俺の名前の由来分かるか? 孤児院の奴ら、赤ん坊には用意していた名前を使い回すんだってさ」

「なんだそれ。適当すぎるな」

「そうなんだよ! ──俺は、たまたまエルワンだった。それだけのことさ」

 秒針が時を刻む。今まで、エルワンのことを知らなかった時間を塗り替えていくように。

「じゃあ、エルワンが昔から言っていたことって…… 」

「あぁ、国一番の騎士になって名前を轟かすってやつか。意味ないぜ、あんなの。どこかで生きているかもしれない親は、俺の名前すら知らないはずだからな」

「そうだったのか……」

 エルワンはまた部屋の角を見つめた。

「しかし困ったな。俺は名字も持ってない。フラナンズ国王と謁見できても、ただのエルワンじゃかっこ悪いぜ」

 そう言って、皮肉めいた笑みを浮かべる。

「そんなに自分のことを笑うなよ。名字はあとから考えればいいじゃないか」

「と言ってもいい案があるわけじゃ……いや。あるな」

 いたずらを思いついたようにニヤニヤしている。

「エルワン・ブラン、なんてどうだ? 」

「それ、僕の名字じゃないか! 」

「いいだろ別に。減るもんじゃないし」

「そうだけど──そんないいものじゃないぞ。ブランって」

 ブラン家は代々近衛兵であると同時に、代々黒髪の一族だ。少し名の知れた一族なので、ブラン家出身だと言うだけで差別される。そのせいで血がつながっていない他のブランさんからも憎まれてしまう始末だ。

「なんとなく分かるよ、それは。だけどいいだろ? フラナンズじゃ黒髪差別も少ないっていうし、ブランがどうとかも知られていない。うん、決めた。今日から俺はエルワン・ブランだ」

 フッと皮肉めいた笑みを浮かべるエルワンは、無理しているようにも、この状況を心底楽しんでいるようにも見えて。

 僕はただ、秒針の音を聞いていた。

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