黒髪の騎士
森を出てからは、南の方角を目指して進んでいた。目的地はフラナンズ城だ。
先ほど私たちは、森の外に出たはいいものの、どうやって皇太子を止めるかまでが話し合っていないことに気づいた。
「とりあえず森の外に出ようって感じだったもんね。どうしよう……」
リナが少ししょんぼりしてしまった。
「情報が足りないよね。今イーヒスト軍はどこにいるのか、フラナンズ軍の生存者はいるのか。街まで行けば、何か分かるかもしれない」
私は南の方角を指差した。
「じゃあ、早く行こうよ! ここで止まってても何も起きないし」
ということで、野宿をしながら歩くこと丸一日。城の方角から、馬の足音がいくつも重なって向かってきた。
「……セレーナさん。これ、こっちに向かってきてる⁉︎」
「落ち着いて。私たち、まだ何もしていないから追っては来ないはず。パトロールしているだけかも」
私はぐるっと辺りを見回した。近くに、隠れるにはちょうどいい岩がある。
「あの岩の影に隠れてやり過ごそう。こっち来て」
私は手招きをしたけれど、リナは動かない。
「セレーナさんは隠れてて。わたしは、残って話を聞いてみる」
「ちょっと、危ないって! 相手はイーヒスト軍かもしれないんだよ!」
私はリナに、イーヒストの手のものに殺されかけたことを少ししか話していない。何か怪しまれるようなことをしたら命が危ないのに、リナは普段通り笑っていた。
「大丈夫。むしろ、こんなチャンス逃す方がもったいないよ!」
制止も振り切り、リナは草原を何食わぬ顔で歩いていった。しょうがないので私は隠れる。様子を伺おうとしたが、顔を出したら見つかるかもしれない。私は耳をそばだてた。
「貴様、ここで何をしている?」
周囲を威圧する、冷酷な声だ。誰かに似ている気もする。でも、きっと気のせいだ。
「……あのね、旅をしている最中にお母さんたちとはぐれちゃったの」
リナを尋問する、恐らく騎士は、ただ「そうか」としか答えない。
「あの森の方から来たな? 真夜中に眩しい光を見なかったか」
たぶん、火をつけるために魔法を使った時のことだ。
「光? そんなもの見ていません。騎士様たちはそれを見て駆けつけたのですか?」
「ああ。少し離れた場所にいたのだがな。何か怪しげなものでも見つかれば、取り締まらなくてはならない」
「そうですか……そんなに遠くでも赤く光って見えたなら、わたしも気づきそうなものですが」
リナの受け答えは淀みがなく、声色にも自信があふれている。しかし、岩影に潜む私は、あちゃーと顔に手を当てた。
「……お前、嘘をついているな?」
「えっ? 」
「私はお前に、光が赤かったとは一言も言っていないぞ」
「……あ」
言わんこっちゃない。剣を抜く音が重なって聞こえる。天然、うっかり、愛されキャラのリナを助けるべく、フードを目深に被り私は影から飛び出した。
急いで騎士とリナの間に割り込み、剣を構える。
「やはりネズミを隠していたな。貴様ら、あの光はなんだ? 返答次第では命が危ういぞ」
敵は五人。少し厳しい。私は先頭の騎士を見上げた。先ほどから冷徹な態度をとる騎士に、見覚えがある。
黒い髪に赤い目。イーヒストの甲冑を着ているが、その出立ちはたしかに、死んだと思っていたあの騎士……?
「もしかして、アルベール?」
その瞳は、氷のように冷たかった。
「えーっと、知り合い? セレーナさんの」
リナが恐る恐る聞いた。
「知り合いも何も、私のお付きだった騎士だよ! ねぇアルベール、私だよ! セレーナだよ!」
私はフードを取った。
「生きてたんだね! よかった。私はもう、みんな殺されてしまったのかと……!」
喜びで涙が滲む。ああ、よかった。本当によかった! アルベールが生きている。もう会えないと思っていたのに、生きている! もしかしたら、他の兵たちも元気でいるかもしれない。まだ希望はあるんだ!
そう思ったのに。
アルベールの顔は、どんどん歪んでいった。
「……よくも。よくもぉぉぉお!」
剣が首元を狙ってくる。とっさに避けて、距離をとった。
「アルベール? どうしたの!」
馬を降りたアルベールは、軽蔑したような、寂しいような。私が得体の知れないものになってしまったような目で睨んできた。
剣を構えるその姿に、私は七年前のことを重ねていた。あのときのように、勘違いをしているかも知れない。
「久しぶりだね、アルベール。私は正真正銘、フラナンズ王女のセレーナだよ。ほら、これ見て」
私は危険を承知で振り返った。怖がるリナに、大丈夫だよと目で伝えて。ポニーテールにつけた銀色の髪飾りは、アルベールと街へ行ったときに買ったものだ。
「これ、覚えてる? ……もうずいぶん、昔のことみたいになっちゃったね」
アルベールは硬直していた。このままならいける。また、七年前みたいに!
しかし、アルベールの言葉は、期待していたものと違った。
「……あの少女を取り押さえろ」
そう指示が出されると、「了解」と答えた騎士たちがリナの方に向かってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! あの子は味方。なんで取り押さえるの!」
「──忘れたとは言わせません」
赤い目に炎が灯る。でもそれは、凍てつくほど冷たかった。
「もう、あなたはセレーナ様などではない。ただの、人殺しだ!」
──人、殺し?
「私も後から追います。どうか安らかに、お眠りください」
アルベールは足を踏み出すと、瞬時に間合いの中へ潜り込んできた。
力が強い。防いだけれど、競り負ける……!
なんとか体勢を立て直しても、首、心臓、みぞおちと的確に急所を狙ってきた。全ての攻撃が、一歩間違えば致命傷だ。しかもたぶん、本気を出してきていない。
今はまだ食らいついているけれど、長くは持たないだろう。なんとかしなくては。
「アルベール。そうだよ。私、人を殺しちゃったの! けど、ほとんど何も覚えていない……」
何も言わず、アルベールはただ剣を打ちつけてくる。
「こんなこと、信じられないかもしれないけれど。体が乗っ取られて、目覚めたらあの子の家にいた。だから教えて! あの日、何があったの?」
「何も……言うな!」
アルベールは、剣を振り上げた。
──あの日何があったのか? あの日っていつのことだ?
目の前でセレーナ様が飛ばされた日?
国王が血まみれになっていた日?
それとも……母さんが死んだ日?




