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線路は続くよ異世界に!  作者: とくさ
魔法の森編
29/60

魂と約束

「ダメだよ、コランタン! 行かないで!」

 リュシーが僕の方へ駆け寄ってきた。しかし、兵士たちが道を塞ぎ、逆にリュシーが取り囲まれる。

「やめて、離して!」

「おやおや、悪名高き魔女じゃないか。この下劣な魔女め、コランタン様をたぶらかしやがって。おい、早く始末しろ」

 コランタン様はこちらへ、と男が誘導する。リュシーは何か呟いて魔法を発動させようとしたが、言い終わる前に口を塞がれた。

 この状況、まるで──五年前のようだ。

 抵抗できないリュシーに対して、男が剣を振り下ろした瞬間。リュシーは魔法を唱えていないのに、まばゆい光が辺りを満たした。

「うわぁぁあ!」

 奇跡だ。魔法は呪文を唱えて発動させるのが常識なのに、それすらもリュシーにはいらないのか。僕はこんな時にも、そんなことを考えていた。それくらい、リュシーの魔法は希望を持てる突破口だった。

 光を直視してしまった男は目を押さえ、「この魔女め!」と叫びながらやたらめったに剣を振り回している。味方の何人かにも当たったし、そして──リュシーの右頬を、剣の先が引き裂いた。

 悲鳴をあげてリュシーがしゃがみ込む。リュシーの顔から真っ赤な血が流れ出し、光も止まった。

 男が、何かに取り憑かれたような笑みを浮かべている。

「どうだ、魔女め。これが祝福された力だ」

 そんなものは存在しない。ただまぐれで当たっただけなのに、周囲の男たちも「さすがドミニク様のお力だ!」と笑っている。

 血を流すリュシーを下劣に罵っている。

 こんな奴らが生きていていいのか? そう思った。

 握りしめた拳は震え、奥歯はギリギリと鳴る。

 なんだよこれ。五年前と変わらないじゃないか。

 僕に力がないから。リュシーを守ってあげられるほどの奇跡を、起こす力がないから!

 また、リュシーを傷つけてしまった……!

 この世界は、人間は醜い。たった一人の女の子を受け入れられないほど歪んでいる。僕は、リュシーが笑っていられる世界がほしい。その世界に。


 人間は邪魔だ。いらない。


 ──ゆっくりと、暗くなっていく視界の端で、宝石が光っていた気がした。風でカタカタと家が揺れている。

 なんだろう。心は怒りでぐちゃぐちゃなのに、頭はひどく冷静で、不思議と高揚感も湧いてきた。今ならなんだってできる気がする。

 リュシーを傷つける人間はいらない。消えろ。

 そう思い薙ぎ払うだけで、兵士が何人も吹っ飛んでいった。

 頭を掴むと、グシャっと柔らかいイチゴみたいに潰れた。

 ちょっと楽しいな。段々理想の世界に近づいている気がする。

 ……待て。このままだとあいつらと同類だ。止まらなくちゃ。リュシーまで巻き込んでしまう。止まらなくちゃ。

 って、あれ? 止まらない。

 体が勝手に、人を叩き潰すために動いてる。

 どうすればいいんだ、これ。止まってくれない。

 リュシーは逃げられたのかな? もう敵はいなくなったのかな?

 生温かい血を浴びる。視界が赤くなり、悲鳴も聞こえなくなっていく。

 これって、まずいんじゃないのか?

 そう思っていると、暗い世界が、緑色の炎で切り裂かれた。

 ああ、温かい。この炎は、きっとリュシーだ。

 やっと体も動きを止め、僕は床に倒れ込んだ。

「コランタン!」

 リュシーが駆け寄ってくる。

 床にはまだ、生暖かい血溜まりができていたようだ。べっとりと頬にまとわりつく。少し目線を上げると、青い空がのぞいていた。きっと、僕が暴れて家も壊れてしまったんだろう。

「リュシー……ごめん」

 もう口も、満足に言うことを聞いてくれない。

 リュシーが、震えながら僕の手を握ってくれた。怯えている。僕に。僕のしたことに。

「コランタン。──別人みたいだった。魔法は使えないはずだったのに、身体強化の魔法をあんなに。それで、あの……」

 うつむいたリュシーの、涙の粒が顔に当たった。

「うん。わかってるよ」

 今までできなかった僕が、魔法を使えた理由。たぶん、あの宝石のおかげだ。

「今日の実験で分かったんだ。あの宝石を持っていると不死になる原因が。宝石は、ものすごい量の魔力を吸収して貯められる。長い間持っていると、持ち主と宝石の魔力を一体化させちゃって……。引き離すと、壊れてしまう」

 しゃくりあげながら話すリュシーを見ていると、僕はどうしても、リュシーってすごいなとか、こんな状況なのに考えてしまう。

「わたしは魔力が大きすぎて。コランタンはそもそも魔力を身体に留めて置けなかったから、今まで宝石を持っていても大丈夫だったんだけど……さっき、コランタンが魔法を使うために、宝石と一体化したんだ。でも、コランタンの体は、あんな魔力に耐えられない。だから、コランタンは、コランタンは……!」

 ああ、リュシー。泣かないで。

「僕はいいんだよ。リュシーを守れたから。これで本望さ。だけど……」

 一つ、気掛かりなことがある。

「なに?」

「……さっきから、声が聞こえるんだ」

 憎い、憎いと唱え続ける声が。

 心臓が脈打つ音と共に、どんどん大きくなってきている。

「コラン……タン? 何か、後ろに大きな……魔力の塊が」

 青ざめたリュシーが見ている方を向こうと思っても、声が頭に鳴り響いて眩暈がしてきた。

 憎い。

「リュシー……僕はもう、だめだ」

 憎い。

「コランタン! そんなこと言っちゃだめ! わたしが、わたしがコランタンを助けるから! この、コランタンと結びついた魔力を追い出せば、助かるかも──」

「そんなことしても魔力は消滅しない。むしろ、僕の体から解放されて暴れ出すだけだって」

 憎い。

「……とにかく、僕が死んだら早く森へと逃げてくれ。リュシー、できるね?」

「いやだ。わたし一人でなんて、無理だよ! コランタン! 」

 憎い。

「もう、そんなに泣かないでよ。リュシー。最後に、言わせて……」

 憎い。

 僕は、震える手でリュシーの髪を撫でた。

「やっぱり、ニコニコ笑顔と黒髪が、世界で一番似合う。僕の光だよ、リュシー」

 ぷつりと意識が、そこで途切れた。



 目を開けても、閉じても、暗い。

 なんで、僕は今考えることができているんだ?

 僕、死んだんじゃないのか?

 ここは、どこだ?

「やあ」

 突然、すぐ右で囁かれた。

「誰だ! 」

「私だよ」

 今度は左から! 耳がゾワゾワする。気持ち悪い。隣を見ようとしても、体が動かない。

「私はただの石ころでもあり、今は君でもある。魔力を使って、人間を殺そうとしただろう」

「なんの話だ! 」

「とぼけるな。私は、君の悪意に呼ばれた。君が、人を殺したいと願っていたんだ。聞いただろう。憎いと呪詛を呟くだけの、君の悪意を」

 なにも見えなかった空間に、ぼんやりと赤い炎が灯った。

 それは、だんだんと人の形になっていき……。

「……僕だ」

 ついに顔まで形作られ、僕そっくりの何かが呟く。

「憎い」

「僕の、声だ」

 こいつはいったい、何者なんだ?

「ほら、この声がずっと聞こえてきていたんだろう? 君の悪意だ。私は昔、少し失敗をしてしまってね。石に閉じ込められていた時、私にもこの声が聞こえた。今や一体となり、悪意が私であり、私が悪意だ」

 宝石の魔力と、僕の悪意が結びついた……?

 たしかに、あのとき。僕は一瞬、人間なんて消えてしまえと思った。実現するための力を望んだ。だけど、こんなことになるなんて!

「ふざけるな! 僕はリュシーを守りたいだけ──」

「それで、邪魔だった他の奴らを殺そうとした。そうだろ? 」

 ……そう言われてしまうと。

 僕の形をした悪意が肩をすくめた。

「図星のようだな。なら簡単な話だ。私も君も、人類抹殺のためならなんでもする」

「違う。僕は、こんなことをしたいわけじゃない! 」

「何を今さら。もっと正直になりなさい。現に、こうして私がいるのだから。君の悪意はまだ消滅していない。心のどこかで思っているんだろう? 全人類、殺してしまいたいと」

 違う、違う。僕はそんなこと……そんなこと。思ってなんかいない。ただリュシーの幸せを守りたいだけだ。でも……醜い人間がこの世にいる限り、リュシーは一生泣いているままなんじゃないのか?

「私に、悪意に、その体を預けてしまいなさい。君の理想を作ってあげよう」

 うるさい。

「憎い。そうだろ? 」

 黙れ。黙れったら!

「人間が消えた、美しい世界を」

 絶対に、こんなのいけないはずなのに。

「憎い」

 もう考え続けるのも疲れてきた。

「憎い」

 全て、委ねてしまおうか。

「さあ、おいで」

 僕の悪意が、手を差し伸べてきた。

「この世界の全てが、憎い」

 揺れ動く炎に魅了されて、その手を、僕はつかんだ。

 ゆっくりと、ゆっくりと、落ちていく。経験したことのない浮遊感が心地いい。

「……宝石に閉じ込められていたのか、お前は」

「やめてくれ。昔の話だ。それにお前ではない。私は、キネロだ」

「キネロ……なんで、キネロは人を殺すんだ」

「──とある同僚の邪魔をするためさ」

「は? 」

「とにかく。こんな細かいこと、今は話すときではない。早く堕ちてしまおう。私と共に、どこまでも」

「どこまでも……」

 考えることも放棄し、僕はキネロに手を引かれ、浮遊感に身を任せた。




 コランタンの優しい優しい手が、床へと崩れ落ちた。

「そんな。コランタン? ……コランタン!」

 叫んでもゆすっても、コランタンの目は開かない。

「置いていかないでよ──コランタン」

 手はか細く震えている。さっきまでのコランタン、まるで別人みたいに──笑ってた。兵士の人たちの首を引きちぎりながら。血まみれになって、それでも笑っていた。

 わからないことが多すぎる。なんで宝石とコランタンは一体になったのか。なんで制御できないほど暴れ出したのか。

 でも、もういいか。

 わたしも、早くコランタンと一緒に行きたい。

 床に転がっていた、血まみれの剣をわたしは握った。

「コランタン。すぐ行くから」

 首筋に剣を当てたとき。

「おやおや。自分から死のうとしてくれているなんて、幸運だな」

 コランタンそっくりの声がした。でも、絶対コランタンじゃない。

「誰? 」

 少し間を置いて、また声がした。

「リュシー。僕だよ。コランタンだよ」

「……違う」

 わたしは剣を杖代わりに、ゆっくりと立ち上がった。右頬に付けられた傷がまだ痛い。早く治さないと、治癒魔法を使っても傷が残る。

「リュシー? なに言っているの? 僕はコランタンだよ」

「絶対に、違う! 」

 今、立ち止まっている暇はない。

「コランタンは絶対、あんなひどいこと言わない! 早く姿を現しなさい! 」

「……くそ」

 観念したのか、露骨に悪態をついてきた。

「ああ、その通りだよ。私はお前が知るコランタンではない」

 もう動かないと思っていたコランタンの遺体が、細かく震え出した。

「だが、コランタンでもある」

 操り人形のように起き上がり、そのまま宙に吊り上げられる。

「誰、なの……? 人間じゃないでしょ」

 ゆっくり後ずさりしながら、わたしは聞いた。

「私は、遥か昔に魔力となり、あの宝石に封印された者だ。こいつの悪意に呼ばれ、魂と結びついた。もう敵はいない。お前から、私の復讐を始めるとしよう」

 そう言って、コランタン、いや、魔力が手をかざしてきた。見てわかる。死に際のコランタンの背中に憑いていた魔力だ。宝石と同じ、強い強い魔力。

「安心しろ。私にも感謝する心は残っている。痛む間もなく塵にしてやる」

 どうしよう、どうしよう。いっそのこと、このまま殺されてしまいたい。わたしは武器を捨てようとして、はたと我に帰った。

 わたしが死んだら、この魔力はどうなるの?

 きっと、いや絶対、暴れ回る。コランタンの体を操って、さっきみたいなひどいことを……。

 止めなくちゃ。

 わたしは目を閉じ、手をかざした。

「おや、戦おうというのかね。無駄なことを」

 分かっている。この魔力は強い。今のわたしではとても、勝てない。

 だからといって、諦めるにはまだ早い。

「地を満たす魔力よ。コランタンの亡骸に巣食う魔力を取り込みたまえ」

「──おい、それは」

 なんだ。この魔法は効くのか。

 本来は、強力すぎる魔法道具に触れてしまった人を治療する魔法。魔力を対象者から追い出して拡散させる。

 ……今のわたしがこの魔力に対抗できなくても。何十年、何百年後には、解決策が見つかるかもしれない。それまでこの魔力には、空気中を彷徨ってもらうとしよう。

「……先延ばしに過ぎないけれど、いつか必ず、なんとかするから。そのときまで待っててね。コランタン」

 魔力と結びついてしまった魂に、わたしは約束した。

「全ては、唯一神セレーナ様のために」

 金色の光が辺りを駆け巡り、コランタンの体に入り込む。

「この人間が! 邪魔だ、邪魔だ、目障りだ! あいつの名を出すなんて! 」

「あいつ……って、リザーヌ様のことかしら」

 体をかきむしり苦しむ魔力に聞いたが、うめき声と呪詛しか返ってこない。

「おのれ、人間め! よろしい、待ってやるとしよう。貴様がまたのこのこ現れ、私を封印するまでこの魂も道連れだ! お前が先延ばしにしたせいで何人も苦しむ! お前のせいだ、お前の……!」

 金切り声をあげて必死に抵抗していたけど、だんだん体から吸い出されていく。空っぽになったコランタンが、地面に落ちた。

「……コランタン」

 もう、呼んでも返事をしてくれない。

 一緒にご飯を食べることも、お話しすることも。

 コランタンの側に行き、髪を撫でた。

「コランタン。わたしね、コランタンに名前つけてもらったときから、コランタンのことが……」

 涙があふれて、それ以上言えなかった。

 ずっと、泣いていた。

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