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線路は続くよ異世界に!  作者: とくさ
魔法の森編
28/60

絶望

 いつものような朝。僕は着替えて部屋を出た。

 研究室からはもうゴポゴポという音と、禍々しい紫色の光が漏れ出ている。

「おはようリュシー。今日も朝早いね」

 リュシーはまた、マスクなどで顔を覆っている。だけどその下は、実験結果へのワクワクとドキドキで、眩しいくらいにニコニコしているはずだ。

「おはようコランタン! この実験が終わったら朝ごはん作るから、ちょっと待ってて!」

「うん。ありがとう」

 玄関を出ると、朝つゆに濡れた草原が一面に広がっていた。

 透き通った空気を吸って、大きく伸びをしていたとき、僕は異変に気づいた。

 嘘だ、そんな。なんで?

 ショックで体が動かない。いや、何を言っているんだ。早く知らせなきゃ。リュシーが、リュシーが危ない!

 急いで家に戻り、研究室のドアを勢いよく開けた。

「どうしたの? 」

 試験管を何本も持ったリュシーが首を傾げている。

「東から──東の街の方から、大勢の人たちが向かってきている」

「えっ? 」

 リュシーが驚いて何本か試験管を落とし、ガラスの破片が辺りに飛び散った。

「みんな武器を持ってる。馬に乗った人もたくさん。まっすぐこっちに──向かってきている」

「そんな。なんで! だってわたしたち、まだ街に行っていないのに! どうして、コランタン!」

「僕だってわからないよ!」

 声を荒げてしまった。リュシーの体が固まる。だめだ、だめだ。落ち着け僕! まだ僕たちを狙っていると決まったわけじゃない。

 ああ、そうさ! あんな大人数じゃなくても、僕らを捕まえられるはずだって! じゃあ、あいつらの目的は……?

「……西の街 」

「えっ? 」

「ここは島の真ん中にある。東から西に向かう最短経路。きっと、父さんは──西の街と戦争を始めるつもりだ」

 なんてバカなんだ、僕は。こんなリスクも考えずに家を建てて!

 僕らが街を出ていったときから、父さんは自分の神を信じさせるために街のみんなを騙してきた。悪いのは西の街にいる悪魔と黒髪だと。憎悪が向く方向を全て、西へとかき集めた。

 だから遅かれ早かれ、西の街を滅ぼそうとする動きが出てくるのも当然だ。

「くそっ、あいつめ! なんで、なんで邪魔してくるんだよ! 」

 腹が立ってしかたない。地面を踏みつけて、やり場のない怒りをつぶそうとした。

「コランタン、落ち着いて! ……とりあえず、早く隠れないと。わたし、ここの道具全部片付けちゃうから、コランタンは時間稼いでて! いい?」

 リュシーは山ほどある実験道具を次々と魔法の袋に入れていく。

 ──そうだね。ここで悪態ついていても、現状が変わるわけない。さぁ、僕も働くんだ。

 窓の外を見ると、鎧を身に纏い武装した兵士たちがすぐ近くまで迫ってきている。通り過ぎてくれるならそれに越したことはない。ただ、こんな何もないところに建っている家、怪しすぎて見逃すわけないだろう。

 ここからが勝負だ。

 ドンドンドンと、乱暴にドアがノックされた。たぶん軍隊は東の街の住人で構成されているから、知り合いがいるかもしれない。正体がバレないよう目深に帽子を被り、僕はドアを開けた。

「なんでしょうか?」

 外には、屈強な男の人が何人も立っていた。皆、魔法の杖や剣を腰に下げている。

「おい。お前、親はいないのか?」

 名も言わず、ぶっきらぼうに聞いてきた。こいつには見覚えがある。あの日、リュシーを突き飛ばしていた男だ。そうか、軍隊を率いるまでになったのか。

「両親ですか──はい。つい先日、亡くなりました。今は一人暮らしです」

「そうか。俺たちは、西に巣食う黒髪と悪魔討伐隊だ。唯一神リザーヌ様のことは知っているだろ?」

 僕は頷いた。

「ならば話は早い。ここで出会えたのもリザーヌ様と先祖のご加護あってこそ。──ところで、なにか食い物はないか? 執行者様の代理人を任せられた我々に協力すれば、お前にも生涯に渡って幸福が約束されるだろうな」

 そういうと、持っている剣を男はちらつかせた。神を楯に権威を振りかざしているのか。……最低だな。

 けれどしょうがない。実際、食べ物だけで帰ってくれるなら御の字だ。僕はありったけの食料を集め、家の外へ運び出した。

「保存食も含め、これが我が家にある全てです。ご武運を」

「たしかに、これ以上はなさそうだな」

 満足そうに男は頷いている。よかった。これで帰ってくれそうだ。

 ドアを閉めかけたとき、兵士の一人が僕に言った。

「待て。客人に対して、顔も見せないのは無礼ではないか?」

 その顔は、ニヤニヤと僕を嘲笑っていた。

「……それもそうだな」

 そう言うと、男は僕の帽子をつかんできた。

「何をするのですか? やめてください!」

 どっちが無礼なんだ、この盗人が。と言うのは我慢する。

「おいおい。見られたくないものでもあるのか? 髪の色を確認するだけだ。すぐに終わるさ。お前が黒髪じゃなかったらな!」

 抵抗虚しく、無理やり帽子を引き剥がされた。

 こうなったらもう、開き直るしかない。

 僕は大人たちに、堂々と言い放った。

「これで満足しましたか。僕の髪は金色ですよ」

 頼むから僕だと気づかないでくれ……。

「……コランタン様、生きておられたのですね!」

 男は跪いた。

「先ほどまでのご無礼、なんとおわびすればよいのやら! あなたが失踪されてから五年。双子の弟君が生まれ、アマンディーヌ様は悪魔の力に一歩及ばず亡くなられて……。あなたが街を離れたのも、きっとあの魔女のせいなんでしょう。おかわいそうに。おい、誰か聖油を持ってこい!」

 僕の手をつかみ、運ばれてきた壺の中身を、男は僕の手に塗り込んだ。

「これはドミニク伝言師様から頂いた聖油です。リザーヌ様の魔力が込められていて、悪魔や魔女からの攻撃も跳ね除けてくれます」

 聖油のにおいを嗅いだが、至って普通の食用油だった。戦に向かう兵士たちに売りつけたんだな。父さん、この聖油でいくら儲けたんだ。

「これでもう大丈夫です。さぁ、我らと共に西へと向かい、悪魔を打ち滅ぼしましょう」

 絶対に嫌だ。どうせ西の街で神の命を執行しろと騒がれるんだろう。それに、父さんはかつて、後継問題をなくすために子どもは二人までだと決めていた。既にその席が埋まっている今、東の街に帰ったら僕はどうなる。某アマンディーヌ伝言師様のように殺されるだけだ。

 でも、ここで誘いを断ったら家の中を探されるかもしれない。それはだめだ。リュシーのために時間を稼ぐと、僕は決めたんだぞ。

 ──ごめん。リュシー。

 僕は黙って、軍隊について行こうとした。そのとき。

 「待って!」

 家から、僕を引き留める声が聞こえてきた。

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