宝石と幸せと
何ヶ月も僕らは歩き続けた。決して楽な道じゃなかったけれど、それでもリュシーが一緒だったから楽しかった。それに、二人なら互いを補い合える。僕は体力がないけれど、食べられる植物を見分けられる。リュシーは何より、魔法を使える。二人じゃなかったら、僕は途中で死んでいただろう。
そして、地平線の果てまで続いているような広い草原を越え、時折川を渡った旅の末、たどり着いたんだ。
「……み、見えた! 」
まだ元気なリュシーが、よく見ようと駆け出した。
「すごーい。コランタン、とっても広いよ! 」
僕もやっと追いついた。息を切らしながら顔を上げる。
そこに広がっていたのは、深い深い森。この先に見えているはずの海まで覆い隠していた。
「どうしよう。宝石がどこにあるのかわかんないや」
僕は地図を見返した。赤いばつ印が大きすぎて、細かい位置がわからない。
「──いや、でも! この森の、あそこから何か感じる」
リュシーが森の北側を指差した。鬱蒼とした森に囲まれ、たどり着くまで数日はかかりそうだ。
「何かはわかんない。けど! ほんとに何か、とてつもなくつよーい魔力の塊がある気がする! 」
なんと説明しようか頭を悩ませるリュシーに、僕はほほ笑んだ。
「リュシーが言うならきっとそうなんだよ。他に手掛かりもないし、とりあえず行ってみよう! 」
僕らは森に向かって、また歩き出した。
森に入るや否や、僕らはこの森に満たされている魔力の強さに驚かされることになった。魔力が強いところにしか生えない、高価な薬を作るために必要なキノコがそこかしこにある。魔法使いや商人にとっての楽園。これを全部売ったらいくらになるんだろうと、僕はつい計算してしまった。
空を見上げると、木々が生い茂っていて、太陽や星の位置もよく見えない。僕一人で来ていたら絶対に迷っていた。頼りになるのは、リュシーの感覚だけだ。
不安なリュシーを僕が励まし、疲れた僕をリュシーが応援し、そろそろ日付け感覚もなくなってきたとき。先導していたリュシーが急に立ち止まった。
「どうしたの? 」
「コランタン。すごいよこれ。すごい! 」
まさか、本当に?
疲れも忘れて、僕は駆け寄った。
大きな木のうろに、透き通った宝石が、はめ込まれていました。
木の後ろは、見渡す限りの青い青い海。うろは木を抜けているらしく、宝石にも海の色が映し出されている。思わず見惚れてしまうほどの美しさだ。
「……すごい。これが宝石! これが、海! 」
あまりの嬉しさに、リュシーが僕に抱きついてきた。
「やったよ、やったよ! コランタン! わたしたち、見つけたんだよ! 」
僕も、とっても嬉しい。本当だ。嘘じゃない。だけど……素直に喜べない自分がいた。
「コランタン? 」
リュシーが心配そうに僕を見ている。こんなに嬉しいのに、なんで僕は表に出せないんだ。ほら、にっこり笑って。
「……よかった。よかったよ、リュシー! 僕たち、世界一の幸せ者だ! 」
リュシーを、そっと抱き返した。早く、あの事を言わないと。
僕は少し、リュシーから離れた。
「嬉しいんだけどね、リュシー。この旅の間、ずっと考えてたんだ。このままあの街に帰ったら、この不老不死になれる宝石を、父さんに渡すことになってしまう。そうしたら、父さんが本当の神様になっちゃう。そんなのダメだ。……だからね」
僕は、リュシーをまっすぐ見つめて言った。
「誰もいないところに、家を建てない? 二人で暮らせるくらいの、小さなお家を」
リュシーは驚いて、固まってしまった。
「どうかな? ごめん。急に話しちゃって。言おう言おうと思っていたのに、こんなに楽しい旅が、いつか終わることを考えるのも怖くて……。お金なら心配しないで! ここにある」
僕はリュックの奥深くから、たくさん金貨が入った袋を取り出した。
「えへへ。僕、帳簿係だったから、お母さんが追い出されたあの日からちょっとずつ帳簿を誤魔化して……贅沢しなければ十年は持つよ。だから、どうかな? 」
顔を上げると、リュシーの瞳に、涙が溢れていた。
「──断りなんてしないよ。わたしも、怖かった。だから。だから、すっごく、すっごくうれしい! 」
僕らはもう一度、固く抱きしめ合った。
青い青い宝石が、キラキラ光っていた。
僕らはまた何ヶ月かかけて森を抜け、何本目かの川を渡ったあとたどり着いたこの平原に、一軒の家を建てた。本当はもっと人里離れた、それこそ森の近くにしたかったんだけれど、何せ僕たちはまだ子どもだ。二人だけじゃ満足に食料も揃わない。東と西の街から遠すぎず近すぎず、島の中心くらいの位置になっているはずだ。
僕は今、西の市場から家へ帰ってきたところだ。往復で大体五日ほどかかる。市場では、リュシーが作った魔法薬を売り、パンや保存食を仕入れた。魔法の袋に詰めるから大荷物にならなくて済む。
「ふぅ……ただいま」
僕はすぐ家に入らず、外観をゆっくり眺めていた。
この家を建てるときには、リュシーと初めて出会ったときに見せてくれた、物を思い通りに動かすことができる魔法を応用した。森で採った材料を魔法の袋に詰め、それを使って僕が家の設計図を考える。それをリュシーが形にしてくれた。
リュシーが前々から欲しがっていた魔法の研究室と南向きの一人部屋など、僕たちの理想が全て詰まっている。もちろん外観にもこだわった。自分で言うのも何だが、最高だ。
きっと今、リュシーは森から持って帰ってきた宝石を調べているのだろう。研究室の窓から禍々しい紫色の光と、それを反射して輝く宝石が見えている。
いやね、僕は反対したんだよ。こんな危ないものは新居にいらない。不老不死になんてなる必要もないから置いていこうって。だけどリュシーに、あんな目で見つめられたら断れるわけがない。
光が落ち着くのを待って、僕は玄関のドアを開けた。
「ただいまー」
呼びかけると、マスクと防護メガネで顔を覆った魔法使いさんが、部屋から顔をひょっこり出してきた。手袋をはめているせいで、もたつきながらそれらを外している。
「コランタン! おかえり! 」
リュシーは今日もニコニコ笑顔で、宝石の仕組みを調べていた。リュシーの笑顔を見ると、とても安心する。
不思議なことに、宝石を手に持ったあと離しても、僕らが灰となってしまうことはない。保持している時間や距離などが関係しているのではと、リュシーは考えているようだ。さすがに人体実験は危険すぎるので、実験には森で捕まえたネズミに協力してもらっている。
「魔法薬の売れ行きはどうだった? 」
リュシーの眼差しは、明らかに期待している。
「もちろん完売だよ。最近、常連になってくれる人も増えたから。今度は解熱薬を作って欲しいって」
「やったぁー! 今回のはね、前回ときのこエキスの割合を変えてみたんだ! どんなのか説明していい? 」
「あとでゆっくり聞かせて。それより、リュシーまた劇薬使っているでしょ」
「えっ! なんで分かるの? 」
「さっきから手を上げたまんまだから。また壁を溶かさないでよ。ほら、片付けてきて。その間にごはん作っておくから。今日はリュシーの好きなシチューだよ」
「わーい! やったー! 」
そう言うと、リュシーはまた研究室へと戻っていった。
──ああ、なんて幸せなんだろう。
いつのまにか、あの街を離れてから五年が経ち、僕らは十五歳になった。
東の街にはまだ行っていないので、父さんたちの計画がどうなったのか聞くことはない。
ただ、これでよかったと僕は思っている。
これ以上僕らの邪魔をしないで欲しい。目の前に立ち塞がらないで欲しい。
やっと手に入れた幸せを、もう二度と奪わないで欲しい。
そう思っていたのに。
平和はまた、この手からこぼれ落ちていった。




