旅立ち
その日の夜。
僕は眠らずに、窓の外を眺めていた。
このまま何もしなければリュシーは行ってしまう。もう、勉強している僕を外に連れ出してくれる人も、笑って隣にいてくれる人もいなくなる。
そうはさせるものか。
僕は立ち上がり、慎重に慎重に廊下へ出た。床が軋まないように、ゆっくりゆっくり歩く。
廊下の途中で、父さんたちの部屋を通り過ぎた。部屋の中から声が聞こえる。
「ふふふっ、あんたも言えばやってくれるじゃない。酒くらい飲まなきゃやっていられないわよ本当」
「まぁ、あとひと踏ん張りだ。私に従ってくれれば、一年後には皇后陛下として民衆から崇められているさ」
「皇后? 」
「そうだとも。美しいドレスに、華やかな舞踏会」
「おいしいご飯に、イケメンとの出会いも! あー、早く面倒臭いことがぜーんぶ終わってしまえばいいのに。そうしたら、私も──あいつら、なんか、見下し……て……」
「ほら、そろそろ睡眠薬が効いてきたんじゃないか? 」
「睡眠……薬? 」
「魔法は本当に便利だな。人を酩酊した気分にさせて、一晩くらいの記憶なら忘れさせられる。族長の娘を殺したときだって、リュシーに魔法の実験だと言い、リュシーの姿に変身できたんだから。おかげで罪を着せるのも楽だった」
「悪い魔法使い……悪魔ね。あんたは」
「ああ。そうだとも」
ドサっと、何かが倒れ込む音が聞こえた。
「計画が全て終わったら、お前も用済みだ。最後まで生きるのは、私だぞ」
……リュシー。これでやっと、僕の気持ちも決まった。
やっぱり、僕の父さんもひどかったんだね。
僕がドアをノックすると、「誰? 」と怯えたような声が聞こえてきた。
「リュシー。僕だよ。コランタンだよ。……入っていい? 」
「どうぞ」
リュシーはベッドに座って、ぼーっと窓の外を眺めていた。
「コランタンも、眠れないの? 」
僕の方を振り返らない。──嫌われてしまったかな。
「リュシー、ごめん。僕、リュシーを守れなかった」
「コランタンのせいじゃない」
「いや。僕が悪いんだ。まだ、家族が元通りになるって信じたくなっている。本当、これだけは父さんの言う通りだ。新しいことを始めない限り、何も変わらない。このままだと僕は一生、父さんに支配されることになる」
「……私は大丈夫。一人でも、大丈夫だから」
「僕が大丈夫じゃないんだよ! 今の父さんは、何言っても聞いてくれないから反論しなかったけど、僕、決めたんだ」
「そんな、コランタン! 」
リュシーが、やっと僕をみてくれた。
正直、今の僕は変な格好をしている。家で一番大きなリュックにパンやナイフ、ランプなどなど、他にも色々詰めた。まるで、旅に行くみたいな。
「コランタン! だめ、来ちゃだめ。危ないよ。コランタンは、まだここで幸せに生きていられるんだから。私は、コランタンと出会う前に戻るだけだよ。だから大丈夫……」
「いやだよ。そんなの! 」
リュシーを安心させたくて、僕は思いっきり笑った。
「僕は、リュシーの味方でいたいんだ」
そっと近づき、リュシーの隣に座る。ポケットに入れていたハンカチで、リュシーの目を拭った。
「もう。隠そうとしたって無駄なんだからね」
「──えへへ。だって、恥ずかしいんだもん」
「何だ、てっきり嫌われちゃったのかと思ったよ。ずっと、僕を見てくれなかったから」
「そんな訳ないでしょ! ……だって、お別れするのが寂しいってコランタンに知られちゃったら、心配させちゃうから」
「知らなくても心配するよ。でも、別の意味でも心配だったな。だってリュシーったら、本当に宝石に興味深々だったから」
「あ。バレてた? 」
そう言った顔が、妙におかしくて。僕は声をあげて笑った。
「ちょっと、もう! 何が面白いの! 」
でも、リュシーだって笑っている。本当に、父さんに聞かれたらどうしようかとか、そんなちっぽけなことも一瞬、忘れさせてくれた。
ひとしきり笑ったあと、僕は窓に映る星空を指差した。
「リュシー。あの星、わかる? 」
「どれ? 」
リュシーは思い切り僕に身を寄せてきた。
「ちょっと近いって……まぁいいや。リュシー。星も、月や太陽みたいにゆっくり動いてるって知ってる? 」
「うん! さっきから見てたもん」
「そうだよね。星は動いてるんだけど、その中でもほら。あの星だけ、ずーっと動かずに同じ場所にいるんだよ」
「そうなの? 」
「うん。しかもね、あの星は大体北の方角にあるんだ」
「へー。すごい! ……待って、もしかして北って! 」
「そう! 僕たちは、あの星を追いかけて旅をするんだよ」
「じゃあじゃあ、宝石はあの星に一番近いところにあるかもね! 」
「そんなにうまくいくかな。でも、そうだといいね」
「うん! 」
リュシーは、星にも負けないくらいキラキラした笑顔で空を見上げていた。
「ねぇ、コランタン。わたしね、やっぱり寂しかったの。宝石探しは、ほんの少しワクワクだったけど……でもね、コランタンと一緒ってだけで、もっと楽しくなっちゃった! 」
銀色の光に包まれたリュシーは、とても、綺麗だった。
「うん。僕もだよ。二人で行ったら、きっと宝石も見つかるはずさ」
「あー、ワクワクしてきた! 出発は明日だけど、わたし待ちきれないな」
「だったら、すぐに出発する? 」
「えっ? いいの? 」
「だって待ちきれないんでしょ? というか今出発しないと僕、父さんに止められちゃう。そうだよ、それを言いにきたんだった」
リュシーはニヤニヤして、僕を小突いた。
「早く言ってよー。コランタンがうっかりするなんてめずらしい。ほら、そうと決まればすぐ出発しちゃお? 」
夜中。街が寝静まった頃に、僕らは旅立った。
北に輝く、あの星を追いかけて。




