企み
「はぁー疲れた! ったく、族長も信者もギャーギャー騒いで。バカなんじゃないの! 」
店に戻るなり母さんは叫び散らした。
「まだ我慢しなさい。外に同胞の皆さんがいる」
笑顔の仮面は捨てているお父さんだけれど、声色は伝言師モードのままだ。だけど母さんに態度を改めるつもりはないらしい。
「うるっさいわね。そもそもあんたが楽に稼げるって言うから結婚してあげたのに。蓋を開けてみれば、延々と泣き喚く醜いバカの話を聞かなきゃいけないし、子どもは無愛想だし、最悪よ! 」
「仕方がないだろう、今は準備の期間だ。そんなに声を出すな。お腹の子に──」
「はいはい分かってますよ。 お腹の子に障る、騒ぐな酒飲むな、お前はお淑やかに笑っていればいい、あんたはそればっかり! 」
腹いせに、近くにあった椅子が蹴飛ばされた。
「いい加減にしろ! 」
お父さんも母さんに手を出しかけたが……すぐに下された。
「お前の言うバカを騙すのだって楽じゃないんだぞ。しばらくは、表に出るな。お前は私の言うことを」
「聞けばいいんでしょ。知ってます、知ってます。全てはリザーヌ様のためにー」
手をひらひらさせて、母さんは階段を上っていった。
乱暴に閉められたドアの音が聞こえると、やり場を無くしていた父さんの右手は段々と力が抜けた。
「……さて、コランタン。少し話したいことがある」
座りなさいと指し示された長椅子に座る。リュシーは家に入っても、魂が抜けたようにピクリとも動かず、黙って立っている。軽く手を引き、僕の隣に座ってもらう。
父さんは、母さんが蹴飛ばしたものに深く腰掛け、大きくため息をついた。
「そろそろ、お前にも私の計画を話そうと思う。まだあの女も知らないことだ。よく聞きなさい」
言葉を発するたびに、父さんは一呼吸置いている。まるで、そうしないと冷静さが保てないように見えた。
「……私は子どものときから、寝る間も惜しんで働いてきた。代々受け継いできたこの店と、家族を守るために。だが、いくら働いても生活はよくならない。今思えば、それも当たり前だったんだ。新しいことを始めない限り、何も変わらない」
俯いていた父さんがゆっくりと顔をあげる。不気味に引き上げられた口は、三日月のようになっていた。
「金持ちになるには、まだ誰も手をつけていない商売を成功させることが一番手っ取り早い。西の商人から聞いたんだよ。海の向こうのでは様々な神がいて、信者からの貢ぎ物、金に穀物に家畜が、うず高く積み上がっていると」
急に立ち上がり、棚の方に早足で向かっていった。喋る口も止まらない。
「これだと思った。私が始めるべき『商売』は。神を信じるバカから金を巻き上げ、私たちはその頂点に君臨すればいい。そこから私の、いや、私たちの計画が始まったんだよ」
父さんは棚から引っ張り出したワインを開け、グラスも使わずに飲みだした。
「私と母さんが伝言師になり、君が神の命を執行する。これから生まれる弟か妹には、また伝言師をやってもらおう。しかし、執行者は若いうちにしかできない方がいい。そのほうが神聖さが増す。伝言師の子どものみが後を継ぎ、執行者はその育成だ。なるべく産む子どもは少なく。正当な後継者以外は結婚を許さない。そうすれば後継で揉めることもなくなる! あぁ、なんて素晴らしいんだ。これで少なくとも数百年、私たちは繁栄することができる! 」
恍惚とした表情で天を仰ぐ父さんは、一種の神々しさを纏っていて。
自分自身に酔っている姿は、それこそ悪魔に取り憑かれているようで。
とんでもない計画を聞かされているのに、父さんのことが少し気の毒になった。
「さぁ、コランタン。お前が初代執行者だ。安心しなさい。甥か姪ができて役目が終わっても、遊んで暮らせるほど莫大な富ができるから」
そういう問題じゃないのに、僕の気持ちを歪んだ価値観で解釈してくる。本気でこの方法なら子々孫々まで幸せになると思っているみたいだ。
初代になる僕が、幸せになれないのに。
……もう泣いたり否定したりする気も失せた。この人とはどう頑張ったって合わない。実の父だから今まで信じていたし、いつか神様ごっこなんてやめて、全部元通りになると心のどこかで思っていた。でも、諦めよう。
数十分前と違い何も言わない僕が、父さんの崇高な計画を理解したと思ったみたいだ。さらに醜く顔が歪み、目には涙も浮かんでいる。
「そうか、ついに分かってくれたか。ありがとう。そうだよな、これが一番いい方法なんだ。残念ながら、オリヴィアは私のことを否定し、お前もその影響を受けたのか頑なに幸せを受け入れようとしなかったがな。それも今日で終わりだ。嬉しいよ」
穏やかな微笑みに騙されたくなる。オリヴィア……お母さんと暮らしていた日々へ、父さんと一緒にいれば戻れそうにもなる。だめだ、僕。本当か嘘かも分からないが、リュシーをあんな扱いしたんだぞ。……でもなぁ。
父さんは仕切り直しとばかりに、手をパンと叩いた。
「よし、こっちの件は片付いたな。次はリュシーだ。リュシー、君とは取引がしたい」
リュシーと、取引だって?
まだ疲れた顔をしているリュシーは、話の意図をつかめていない。まぁ僕も、どんな話をされるか分からないけれど。リュシーの分まで、ちゃんと話を聞いておこうと思った。
「リュシー。はっきり言って、君は私の邪魔でしかない」
最初から酷い言いようだ。これでみじんも悪気を感じさせられないところに感心してしまう。ただ、父さんの話に細かく引っかかっていたらキリがない。今は話に、集中。
「君にも分かるだろう。リザーヌ教は、西の街への怒りと悲しみを糧にここまで信者を増やした。住人たちに、『悪いことは何もかも悪魔が取り憑いた西の街のせい』だと信じ込ませたからな。……だから、君にこれ以上笑顔を振りまいてもらうと困るんだよ。非常に。」
リュシーは、はぁ、困るのかぁという顔で頷いている。……いやいや、なに納得しかけているのさ。
「しかし、私も君を殺すつもりはない。宗教上の理由をつけるためにはコランタンに執行してもらわないといけないのだが……今日の様子を見る限りたぶん無理だろう。この子にはまだ経験が足りない。だからな、リュシー。君にはこれから、旅に出ていってほしい」
は? 旅だって?
「旅……ですか? 」
やっとリュシーが口を開いた。よかった。喋れるくらい回復したんだ。
「そうだ。この地図を見てくれないか」
机に広げてある島の地図を僕らは覗き込んだ。
「知っての通り、この島は円形状になっている。東のここが私たちの街、大草原を挟んで西にあるのが悪魔の街だ。リュシーに行ってもらいたいのは、ここ」
父さんが指したのは島の北だ。地図にはただ、「森」と書かれている。しかしその周り一帯が空白になり、草原とくっついていた。どのくらい広いのか検討がつかない。
「この辺りは道が険しいので、まだ探索し尽くされていない。ただ、島の大きさを測るために海から森の外側を見た探検隊がいてね。そのとき、見つけたそうだ。光り輝く宝石が、木のうろにはまっている姿を」
「宝石……? 」
「ああそうさ。しかもこの森は島の中でも一番魔力がたまっている。気になった探検隊のメンバーが上陸し、宝石を手に取ってみると、その宝石にはとてつもない量の魔力が貯められていることが分かったんだ」
「『魔力の入れ物』が、桁違いってこと? 」
段々話に興味を持ってきたリュシーに、父さんは頷いた。
「話では並の人間一万人分と言われているが、詳しくは分かっていない。宝石を見つけ、探検隊メンバーが大切に身につけていたことまでは詳細に伝わっているのだけどね。口伝だったから何もかもあやふやなんだ。……ただ、どの話でも共通することがある」
僕はこの話を何度も何度も聞かされているから知っている。父さんが、リュシーに何をさせようとしているのかも。
父さんは、たっぷり間を置いてリュシーの注目を引き付けた後、小声で言った。
「その宝石を身につけた者はいくつになっても歳を取らず、外した瞬間、朽ちて灰となる」
……嘘くさい。僕も最初はそう思った。しかしリュシーは、本当にそんなことができるのか考え込んでいる。正直、魔法はまだまだ未知数で、できることとできないことも曖昧な世界だ。昨日の常識が、明日塗り替えられる。僕がリュシーとの出会いで学んだことの一つだ。
「もちろん夢物語かもしれない。しかし──」
「できるかも、しれない」
リュシーの目は、不老不死を叶える宝石を追っていた。
「ああ、そうさ。魔法は奇跡を起こす。それを体現してきたお前なら分かってくれると思っていたよ。それでだな、その旅の目的なんだが」
「その森に行って、宝石を持ってくる。いいよ。行ってくる」
あっさりリュシーは承諾した。
「えっ! リュシー、正気? こんな島の端っこまで行くのにどれだけ大変か分かっているの? 」
今日はもう黙っているつもりだったのに、思わず声を上げてしまった。
いやな予感はしていた。リュシーが食い気味すぎたから。でも、正気の沙汰じゃない。ここから森まで、歩いてどのくらいかかると思っているんだ。
「道だって整備されていないし、途中で危険な目に遭うかもしれない。第一、このままじゃリュシーは──」
「コランタン。まだ理解できていないのかい? 」
まずい、父さんを怒らせるのはだめだ。
「……ごめんなさい」
「よろしい。さてリュシー。お前が乗り気でいてくれてうれしいよ。この街にいたって、お前に居場所はない。無事に宝石を持って帰ってきてくれれば、また昔のように安全な暮らしを保証してあげよう。早速夜明けにでも出発だ。今日は準備して、早く寝なさい」
「……分かった」
そう言ったきり、リュシーは振り向かず階段を上っていった。
「コランタン。君も今日は色々あって疲れただろう。早目に寝てしまいなさい。父さんも、仕事を終わらせたら寝る」
だめだ。だめだ、こんなの。だって、リュシーが!
「父さん! 」
ワインを片付けようとした父さんが足を止めた。
「あ、あのさ! リュシーの他にも、宝石を取りに行く人はいるんだよ、ね? 」
大きくため息をつき、心底うんざりした父さんは気だるげに振り返った。
「そんなの、いるわけないだろう。あいつの代わりはいくらでもいる。持ってかえて来たらラッキーくらいの、賭けさ」
またため息をつき、行ってしまった父さんに、僕は「やっぱりか」と思っていた。
そっちがその気なら、こっちにだって考えがある。
僕はずっと黙っているようなバカじゃないぞ。




