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線路は続くよ異世界に!  作者: とくさ
魔法の森編
24/60

リザーヌ教

 お父さんが、本格的にリザーヌ様と先祖の霊を崇める「リザーヌ教」を立ち上げたのは、僕らが十歳になり、二人で魔法道具店を切り盛りできるようになってからだ。

 ──反対した僕のお母さんは追い出されて、新しい母さんが来た。綺麗な金髪と白い肌だったけれど、中身はまぁ、ほら。高が知れている。僕らの気持ちは気にも止めず、二人は店の経営そっちのけで宗教活動をした。

 合言葉は、「全てはリザーヌ様のために」。魔法を使うときには、この言葉を最後に唱えることが戒律になった。きっと、自分たちの神様を何がなんでも広めたいんだろう。リュシーも魔法道具の実演をするときは、必ずこの言葉を唱えさせられた。

 もちろん、バカらしいと思っていたのは僕だけではない。だけどある日、東西を行き来する行商人を盗賊が襲う頻度が増えて商品が入りづらくなり、それが商人たちの自作自演だったと発覚した。しかもそれを捕えたのは、リザーヌ教の信者で組織した自衛団だという。

 あの出来事で明らかに、風向きが変わった。



 忙しい両親に代わって毎日働いていた、ある日。僕は体調を崩してしまい、一ヶ月ほど外に出ることができなかった。

 代わりにリュシーが店先に立ち、僕は部屋で売上の管理役だ。もうそろそろ元気になってきたのだけれど、父さんたちはまだ外出を許してくれない。仕方がないので店の二階で帳簿を見ていると、通りから怒鳴り声が聞こえてきた。

 なんだろう、喧嘩かな。最近多いからな。しかも店先でやっているみたいだ。いつもトラブルの仲裁は父さんがやっているから僕は行かないほうがいいんだけれど。そういえば、今は外でリュシーが掃除をしていたな。

 心配になって、僕は窓から下を覗いた。

 ──リュシーが、男の人に突き飛ばされていた。

「リュシー!」

 急いで僕は部屋を出て階段を駆け下りた。

 店先で、座り込んだリュシーが胸ぐらを掴まれ、今にも殴られそうになっている。

「おい、やめろ! 」

 振りかぶられた腕とリュシーの間に割って入った。幸い殴られなかったので、とりあえずリュシーを男から離す。

「なんだこのガキ。邪魔するなよ! ……って、コランタン様じゃないですか!」

「は? 」

 僕が、なんだって?

「何言っているんだ? 僕に様なんてつけて──」

「本当だ、コランタン様だぞ!」

 誰かが言った。必死すぎて気づかなかったが、周りには人だかりができている。

「コランタン様だ。なんとありがたい。神の命を遂行しにきてくださったぞ!」

 また誰かが言った。さっきから、なんの話をしているんだ?

 リュシーに殴りかかっていた男が、僕に跪き、あろうことか涙さえ流し始めた。

「申し訳ございません、コランタン様。一生の不覚でございます。神のご命令を邪魔し、無礼を働いた私に、神はなんとおっしゃっていますか」

 なんなんだこの状況。僕が神の声を聞けるわけないだろう。お父さんじゃあるまいし。いや、お父さんも怪しいけれど。

「神の声って言われても──」

「あっ、そうでございますよね。神の命を遂行する方が先であること、失念しておりました。おい、連れてこい!」

 群衆の中から二人、店の中に入っていった。

「ちょっと、待て!」

 そっちにはリュシーがいるのに!

 助けようとしても、リュシーを殴ろうとしていた男に引き止められる。

「どうかいたしましたか?」

「いや、だって……おかしいだろ、こんなこと! いきなりこんな大勢で、寄ってたかってリュシーを傷つけて! リュシーは何もしていないだろ。神の声だのなんだの言って、いい加減にしろ!」

 僕は力の限り叫んだ。息継ぎのために黙ると、群衆は静まり返っていた。

 よかった、聞き届けてもらえた。そうだよ。こんなことを平気でする人たちじゃないって、僕も知っている。何かの間違いだ。

「ほら、早く解散してください。もう本当に、今日はどうしちゃったんですか」

「コランタン様? あなたこそ、どうなさったのですか?」

「え?」

 「あなた様は神の声を聞いたドミニク様の息子であり、神の命を遂行できる最初のお方。悪魔をそれが操るものを打ち倒せる唯一のお方。あの、悪魔が宿った魔女に鉄槌をと、リザーヌ様がおっしゃったのでしょう?」

 周りの人も頷き、みんなが僕を見ていた。

「──なんの話だ?」

 理解していない僕を、信じられないという目で見てくる。

「忘れたとは言わせませんよ。ドミニク伝言師様に伝えていただいたこと、ちゃんと覚えております。あなたは神の言葉にのみ従い、断腸の思いで実母に遂行したとお聞きしました。なんとも尊き信仰心を前に、ドミニク様も神に一生を捧げる覚悟になったとか。私、その話をお聞きしたとき、感激で涙が止まりませんでした」

 早口でまくし立てられて反論もできなかった。悪寒がする。僕がお母さんを追い出しただって?

「ほら、こちらを」

 男に何かを握らされた。見るとそれは、シンプルでどこにでも売っていそうなナイフだった。うちでも取り扱っているくらい大量生産されている。

 そのナイフには、何か、赤黒いものが固まってこびりついていた。

 群衆のどこかから、怒声が飛んでくる。

「昨日の夜、族長の娘が殺された! いい子だったのに……何度も刺されて、かわいい顔もぐちゃぐちゃになって。俺は見たんだ! 紫色の光をまとった、黒髪の女があの子を!」

「まさか、これって──」

 男が補足をする。

「そうですとも。遺体に突き刺さっていたものですよ。ここの店でも売っていますよね。あの黒髪でも簡単に手に入る!」

 吐き捨てられた言葉には、深い憎悪が込められていた。

 そのとき、リュシーが両脇を抱えられ、タイミングを見計らったかのように店から連れ出されてきた。

「黒髪の女なんて滅多にいねぇ。こいつがやったんだ。この……この、魔女が!」

 また群衆からの声だ。そうだ、そうだと他の人も賛同する。

 たしかに、今は商人たちも来ていないし、黒髪といったらリュシーくらいしかいないだろう。だけど、絶対にリュシーじゃない。だってリュシーは昨日の夜、魔法の実験を手伝ったあと、お父さんたちに頼まれて留守番をしていたんだから。一度も家から出ていないのに。どうして、こんなことに!

「ほら、コランタン様。魔女を捕まえましたよ。早く我らをお助けください!」

 群衆が「お助けください! お助けください!」と呼応する。

 雑に僕の目の前へ投げ捨てられたリュシーの体には、あちこちに青あざができていた。

「リュシー!」

 目も真っ赤に腫れ、口端から血を流しているのに、リュシーは無理やり笑顔を作った。

「コラン──タン。わたしなら、大丈夫だよ」

 お助けください、お助けくださいと、か細い声を雑音がかき消していく。

「リュシー。そんな、そんなこと言わないでよ」

「殴られるのは、慣れっこだからさ。わたしのことはもう、忘れて。早く神様の命令? をやらなきゃ、コランタンまで悪者になっちゃう」

「いやだ、絶対やりたくなんかない!」

「お助けください! お助けください!」

「ほら、早く。神様の使いになって、幸せになってね。今まで、本当にありがとう。コランタンと一緒だったから、わたし、楽しかったよ」

 ほほえむ顔は、傷跡以外いつものリュシーだった。

「リュシー、いやだよ。だって僕は!」

 雑音が辺りを満たす中、僕はリュシーに届くように大声を出した。

「僕は、リュシーと一緒じゃなきゃ、幸せになりたくない!」

「お助けください! お助けください!」

「お助けください! お助けください!」

「お助けください! お助けください!」

 鳴り止まない声に、僕も飲み込まれてしまいそうだった。むしろその方が楽かもしれない。

 リュシーが僕の右手を握り、自分の体へ向けた。

 僕が止めようともせず呆然としていた、そのとき。

「どうしたのです。我が同胞たちよ」

 聞き馴染みのある、薄っぺらい声だった。

「ドミニク伝言師様!」

 僕の父さん。今となっては神の言葉を伝える「伝言師様」が、通りを歩いてきた。青白い顔は取ってつけたように微笑み、自分たちの民族を象徴する、金色の刺繍で飾られた白い修道着を着ている。

「これは一体、どういうことなのでしょう。こんなに大勢、同胞の皆様もお集まりになって」

 横には僕のお母さんもいる。あれだけうるさかった声も二人が来た途端に止み、人波が割れて僕らへと続く道ができた。

「お騒がせして申し訳ございません、ドミニク伝言師様、アマンディーヌ伝言師様。私からご説明いたします」

 最初にリュシーを突き飛ばしていた男がかしこまり、二人の前にひざまずいた。

「恐れながら。お二人は、昨晩族長のご息女が何者かに殺されたことをご存知でしょうか」

 笑みを崩さず、お父さんは頷いた。

「知っている。昨夜、私とアマンディーヌ伝言師で神と対話を試みていたところ、『同胞が襲われている。助けに行きなさい』と、伝言された」

 いやぁ、本当に。驚愕の知らせを聞き、人波もざわついた。

「なんと! それで、どうなったのですか? 」

「残念ながら、我らが唯一神も全知全能ではない。未来を知ることは誰にもできないのだ。私が向かったときにあの子は、もう」

「そんな……」

「そのまま私たちは族長の家へ向かい、ずっとあの子のために祈っていました。もうそのくらいしか、私たちにできることはないですから」

 母さんの頬を涙が伝い、もらい泣きする人もちらほら。

「──ですが、ここにおられるコランタン様は違います!」

 男の言葉で、いきなり僕へと注目が集まる。とっさに、まだ倒れているリュシーを抱き寄せた。

「コランタン様はリザーヌ様に選ばれし、神の審判を下すお方! オリヴィアを殺した魔女に鉄槌を落としくださる姿を、私たちは今か今かと待っていたのでございます」

 こいつ、なんてこと言ってくれるんだ。高揚感にあふれた目は、僕の後ろにリザーヌ様がいると本気で信じていた。

 これだけ言われても、リュシーはまだぐったりしていて、しゃべれる状態じゃない。僕が言わなくちゃ。

「おっ、お父さん! 違うよ、リュシーは殺してなんかいないよ。だって昨日の夜、リュシーは──」

「コランタン。君は少し混乱しているようだね」

 笑顔でお父さんがこっちに近づいてくる。

「違うっ! 僕は本気で……!」

「混乱、しているんだよね」

 左手を頭に置かれた。無理矢理動かされた視線の先では、リュシーの顔がピカピカの革靴に踏みかけられている。

 ……今抵抗しても、リュシーがさらに痛い思いをするだけだな。

「よし、いい子だ」

 お父さんは僕の頭をつかんだまま、信者たちがよく見えるように店に背を向け演説した。

「同胞の皆さん。困惑したでしょう。それもそのはずです。コランタンはまだ未熟で、自分の使命を受け入れられていないのです」

 驚く信者たちに、今度はお母さんが語りかけた。もうこれ以上、何を言っても無駄だ。

「ご安心を。この魔女を野放しにしておくつもりはありません。この件は私たちが引き取ります。大丈夫です。リザーヌ様のご加護がある限り、魔女が外へ出ることはありません。皆さん、今夜は安心してお眠りください」

 そしていつもの締めくくり。お父さんが笑いかける。

「さあ。同胞が無事に生まれ変われるよう、共に祈りましょう。全ては、リザーヌ様のために!」

「全ては、リザーヌ様のために! 」

 なんとかの一つ覚えという言葉が、西にあった気がする。

 僕の手をとり、倒れ込むリュシーを無理やり引っ張り、父さんと僕らは店へ戻った。

 お助けくださいという声が、まだ頭から離れていなかった。

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