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線路は続くよ異世界に!  作者: とくさ
魔法の森編
23/60

イヌチーレ、もしくはイディオ

 僕がリュシーと出会ったのは、今から三年くらい前。僕らが七歳だったときだ。

 西の街から来たという行商人の荷物に、ボロボロの服を着た女の子が紛れ込んでいた。

「……こんにちはー? 」

 両親の手伝いで商品の荷解きをしていたとき、中に女の子が入っていたときはとても驚いた。

「えっ! 女の子? なんで、どうしてこんなところに? 」

「えへへー。食べるものを探してかごに入ったら、こんなところにーみたいな? 」

「みたいなーじゃないって! 見つかったら怒られちゃうよ! それに、この荷物には危険な魔法道具が山ほど入っているんだ。そんなに魔力を浴びたら、腕ききの魔法使いでも耐えきれないのに……! 」

 魔法道具は使いこなせれば強大な力になる代わりに、リスクも大きい。

 僕みたいな魔法を扱う店の子どもが最初に習うことは、「人には人の、魔法道具には魔法道具の、魔力の入れ物がある」ということだ。

 人よりも木や石の方が魔力を貯めておけるキャパシティが大きく、それで作られた魔法道具も当然大きい。まぁ、僕は普通の人と違って魔法の入れ物がとても小さいみたいだ。生まれてから何度も試したけど、一度も魔法を使えたことがない。

 魔法道具が貯め込んだ魔力は呪文を唱えることで放出できるが、強すぎると使用者の「魔力の入れ物」を破壊してしまう。

 そして……破壊された入れ物は二度と元には戻らず、それでも身体は魔力の吸収を続け、やがて死に至る。

 無事でよかったよ、本当に。危ないところだったんだからねと叱る僕に、その子はニコッと笑って言った。

「大丈夫。わたし、魔法は得意なんだ」

 ピョンとかごから出た女の子は、「あなた、名前は? 」と言った。

「僕はコランタンだけど……」

「コランタン! ちょっと見てて。今荷解きしてたんでしょ。手伝ってあげる」

 どういうことだろう、と僕が思っていると、女の子は目を閉じて両手を組んだ。

「ちょっとさ、目を閉じてここにあるものが綺麗に整頓された姿を想像してみて」

「え? もしかして、整列の魔法を使おうとしているの? 無理だよ。ここにはものが多すぎて操りきれないし、君は道具を持っていないでしょ? 」

「いいからいいから、集中して! ……ここにある全ての物よ。コランタンの思うがままに、並びたまえ」

「いやいや、そんなまさか」

 魔法だって万能じゃない。治癒魔法で死んだ人は生き返らないし、杖などの道具がないと普通は魔法を使うことなんてできない。

「奇跡でも起きなきゃできないって」

 女の子は不敵な笑みを浮かべた。

「確かにそうかもね。でも、奇跡を起こすのが魔法でしょ? 」

 そう言った瞬間。

 強烈な緑色の光が、僕の視界を覆った。

「なにこれ! 眩しい! 」

 普通はもっと落ちついた光なのに、いくら何でも桁違いすぎる!

「ほら、コランタン。目を開けて」

 恐る恐る目を開けると、散らかっていた商品が一つ残らず陳列棚へ並べられていた。それだけじゃない。床に落ちていたほこりや、壁に染み付いていた汚れまで取れて、店内は新築同然となっている。

 なんてことだ。まさに、奇跡。僕は今、目の前で奇跡を見たんだ。

「すごいよ、君! 今のどうやったの? 誰に魔法を教わったの? 」

「落ちついてってば! 魔法は、ママがやっていたのを真似していただけ。少し前に、ママもパパもお家を出ていっちゃって……。仕方がないから一人で練習してたら、色んなことができるようになったの」

「パパとママが出ていった……? それじゃ、君は一人暮らししていたの? 」

「うん。昔から、わたしはご飯を食べさせてもらっているんだから、ちゃんと働きなさいって言われてたし」

 よく見ると、女の子の腕や足に、いくつもの青あざがあった。それに、年は背は僕と同じくらいなのに、体はやけに細い。これって、もしかして……!

「そんなのひどいよ。虐待だって! 」

「虐待……? なにそれ、おいしいの? 」

「──おいしくはないと思うよ。大人から殴られたり、ご飯をもらえなかったり、たくさん働かせられちゃうこと」

 僕からの説明を聞いた女の子は、目を丸くしてこう尋ねた。

「へー。でも、それって普通じゃないの? 」

 信じられない。僕と同い年くらいなのに、虐待が普通だと思うほど、今までこき使われてきたのか。

 ……許せない。そんなことをさせる大人を。この子の当たり前が、変わらないことを。

「……働かされるのは、当たり前じゃないんだよ」

「えっ? 」

 怒りで声が震えてしまう。

「僕たちはまだ子どもだから、いっぱいご飯を食べて、いっぱい遊んで、いっぱい寝てていいんだよ。君が嫌なら、嫌だと言っていいんだよ。いっぱい楽しいことしても、いいんだよ」

「そう……なの? 」

「うん」

「……お家の外から聞こえる笑い声、ずっと、わたしには関係のないことだって言われてた。わたしも、お外に行ってもよかったの? 」

「もちろん」

「パパやママみたいに、お腹いっぱいになるまでごはん食べてもよかったの? 」

「当たり前だよ! 何だよ、そのパパとママ。ひどいじゃないか! 」

「……そうだったんだ。知らなかったなぁ。パパとママは、ひどかったんだ」

 女の子の目に涙がたまる。でも、女の子は必死でこぼれないように拭き取った。

「……もしかして、泣いちゃダメって思ってる? 」

「そっ、そうじゃないの? 」

 声の揺らぎを押し殺したその言葉に、僕はいたたまれなくなった。

「泣きたいときは、泣いてもいいんだよ」

 この一言が、きっかけだった。

「そうなんだ……そうなんだぁ。……うわあぁぁん! 」

 感情をせき止めていたものが決壊し、涙があふれ出した。

「パパぁ……ママぁ……ひどかったんだね。ひどかったんだね! 」

 泣き叫ぶこの子に、僕は背中をさすってあげることしかできなかった。

 お母さんが僕にしてくれるみたいに、優しく。



「そうだ。君の名前を聞いてなかったよ。なんていうの? 」

 泣き止んだころ、僕は聞いた。

「……え〜っとね、よくわからないんだ」

 気まずそうに女の子は言った。

「パパからはいつもイヌチーレって呼ばれてたし、ママはイディオって言ってたんだよね。わたし、名前が二つあるのかな? なんかかっこいいね! 」

 無邪気に笑う女の子とは対照的に、僕はますますその大人たちに幻滅していた。イヌチーレは役立たず、イディオはバカという、祖先が使っていた言葉だ。

 どうしよう、絶対にこんな言葉で呼びたくない。かと言って、これ以上泣いているところなんて見たくない。僕は、ちょっぴり嘘をつくことにした。

「うーん。僕はその名前もいいと思うんだけど、この街ではそんなに人気というか、呼びやすい名前じゃないんだよね。できれば変えたほうがいい気もするんだ、け、ど……いやでもそれは個人の自由だしなぁ」

 大袈裟に考え込む僕を見て、女の子は言った。

「そっかぁ……。じゃあ、コランタンが考えてよ! 新しい名前! 」

「えっ! 僕が? 」

 ちょっと予想外だ。

「だってだって! コランタンって頭良さそうだもん。いい名前、たくさん知っているんでしょう? 」

 キラキラした目でこちらを見る子を前に、僕は断ることなどできなかった。

 でも、名前をつけるなんて人生初だ。どうしよう、やっぱり最近街で流行っている名前とか? いやいや、どうせならもっと個性的なほうがいいかな?

 僕はそのとき、お母さんから聞いたことを思い出した。名前は、その子がどんな人生を歩んでほしいか考えてつけるもの。

 よし、決めた。この子はもっと、明るい人生になってほしい。今まで大変だった分、まばゆい光で祝福されるような。だからこの子は……。

「リュシー。なんてどうかな」

「……リュシー。いいね! リュシー! なんかいい! さっすがコランタンだね。とっても素敵だよ」

 僕の名付けを気に入ってくれたようで、しばらく女の子はリュシー、リュシーと口ずさんでいた。

 よかった、と僕はリュシーに向かって思った。



 お父さんたちの仕事がひと段落したのを見計らって、僕はこのことを話した。

 リュシーは帰る場所がないこと、魔法の腕前が桁違いであることを説明すると、お父さんは僕に「リュシーに住み込みで働いてもらうのはどうだい? 」と提案してきた。

 お父さんまでリュシーをこき使うのかと警戒したけれど、お母さんは「本当はリュシーにも家族になってほしいけど、この街の子じゃない人を養子にするのは手続きが大変なの。リュシーにも余計な負担をかけちゃうから」と言ってくれた。

 それならしょうがない。それに、一緒に住めるなら万々歳だ。僕がリュシーに提案すると、「コランタンと一緒に暮らせるの? やったー! 」と喜んでくれた。

 こうして、僕とリュシーが一緒に暮らし始め、今に至る。

 リュシーは、本当によく働いた。店の雑用から魔法道具の実演までこなし、すぐにこの街にも馴染んだ。 

 だけど、平和だった日々は徐々に壊れていった。

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