昔々、あるところに
昔々、まだ島に人が住んでいなかった頃。
この島は、魔力で満ちていた。
鳥が歌い、花が咲き乱れる、正に楽園のような場所だったわ。
人間が島に住むようになってからもしばらく、人と自然は共存することができていたのよ。
人は生活のために魔法を使う。自然は増えるために魔力を蓄える。
そうして、平和な日々が続いていたの。
誰もが、こんな生活が明日も待っていると、思っていた。
しかし。
楽園は、たった二人の子どもによって崩壊した。
子どもたちの名は、コランタンとリュシー。
これは、ある二人の子どもが、世界を変えてしまう物語。
「コランターン!あっそびっましょー! 」
僕が本を読んでいると、いつものように外から元気な声が聞こえてきた。
「ちょっと待ってー! あと少しだからー! 」
僕も負けじと言い返す。
「そう言って、レディーを二時間待たせたのはどこのコランタンかしらー! 」
「……わかったよ今行くから! 」
読みかけの本を閉じて、僕は外に飛びだした。
声の主は、呆れ顔で僕を待っていた。
「もう! コランタンったら、休みの日になると勉強ばっかりで、よく飽きないわね」
「父さんに言われてるから仕方なくだって。リュシーこそ、たまにはお家でゆっくりしてみたら? 本を読むのも楽しいよ」
短く切った黒髪を振り嫌がるリュシーは、僕の手を取って日向へと引っ張り出した。
「わたし、お家にいるのは大っきらいなの! こうしてコランタンとかけっこしてるほうが好き! 」
「フフフッ。僕も、リュシーとなら外に出るのもいいかも」
僕の少し長い金髪が、風に乗ってゆれた。
「ホント? じゃあ、今日もあのリンゴの木まで競争ね! 」
「もー。そう言っていっつもリュシーが勝ってるじゃん! 」
口ではこう言ってしまうけれど、遊びに誘ってくれることは楽しみなんだ。僕はリュシーの横に並んだ。
「じゃあ行くよ? 位置についてー! 」
「よぉーい? 」
「ドン! 」
僕とリュシーは走り出した。コースはいつもと同じだ。坂を下り、草原にあるリンゴの木が生えた丘を目指す。商店街に敷かれた石畳が軽やかな音を立てた。
足の速いリュシーは、あっという間に僕と離れていってしまった。
……ずっと、こんな暮らしが続けばいいのに。
遠ざかるリュシーの背中を追いかけながら、僕は柄にもなく神様に祈った。
僕の両親は、島の東にあるこの街で一番の魔法道具店を営んでいる。
最近、両親の会話は「異民族が攻めてくる」という噂で持ちきりだ。
西にある街が、農業や交易で潤ったここを狙っているとか、自衛するための武器として魔法道具の需要が高まっているとか、そんな話ばかり。
それにお父さんは最近、神様からお言葉を頂いたと言い張っている。
僕たちは、神様と亡くなった家族に守られてここまで栄えることができた。死んで神様の下に行ったときに役割を全うできたら、また人間として生まれ変わることができる。でも、生きている間に神様の言葉に従うことで、死んでもすぐに人間に生まれ変わることができる。
……ざっくり言うとこんな感じの「教え」を、あちこちに広げようとしていた。
神は命じた。攻めてくる敵は排除せよ。祖先からの財を守れ。栄えよ。
全ては、唯一神リザーヌ様のために。
なんてバカらしいのだろう。そんな神様がいるなら、外敵くらいとっくのとうに破滅させているはずだ。祖先が僕たちを見守っているみたいなことは、街のおじいちゃんたちから聞いたことがあるけれど、お父さんが頂いたという「神様の言葉」は、僕たちに都合が良すぎる。
だけど……西の街から人が攻めてくる話は、信じたくないけれど、信じた方がいい気もしてくる。
もし、もしもその噂が本当だったらと思うと……考えただけで、僕は怖くなった。
走りながら、僕は唯一神リザーヌ様とやらに願った。
せめて、今だけはただ遊んでいたい、と。
「おーい、コランターン! 早くリンゴ食べようよ! 」
リュシーが、大好物のリンゴを二つ持って待っている。
先に食べちゃえばいいのに、僕が来るまでずっと待っている、優しいリュシー。
リュシー、もしも噂が本当だったら。
そのときは、僕がリュシーを守るよ。




