女の子
「……はっ!」
私は飛び起きた。あちこちにできた傷の痛みに顔をしかめる。
ここは……どこだ?
どうやら今まで、ベッドで寝ていたようだ。見慣れた城のものではなく、とても質素な木製。少なくとも牢屋ではない。
だんだん意識がはっきりしてきた。そうだ……私は、ここにいてはいけないんだ。
たぶん、誰か親切な人が拾ってくれたんだろう。家主には申し訳ないけれど、早いところ逃げなくては。
立ち上がろうとした、そのとき。
きしんだ音を立てて、ドアが開いた。咄嗟に身構える。
「あっ! 旅の騎士様、起きたんだね! 」
ドアを開けたのは、お湯を入れた桶を持った幼い女の子だった。十歳、いや、もっと下だろうか。腰の辺りまでまっすぐ伸ばした黒髪と、同じ色をした瞳をしている。知らない子だ。
「そんなに警戒するのも無理はないよ。すごい大怪我だもん。騎士様ったら、三日間も寝てたんだよ! ほらほら、ちゃんと布団に戻って!」
押されてたので、仕方なく私はベッドに戻った。
「慌てて治癒の魔導書を読んだけど、難しすぎて時間かかっちゃった。ごめんなさい。騎士様のほうが先に起きちゃったわ」
一息に女の子は話した。息継ぎのために口が閉ざされ、沈黙が辺りを満たす。なんだこれ、気まず!
向こうもそれを思ったのか、耳を赤くして俯いた。
「──ごめんなさい。しばらく一人で暮らしていたから、久しぶりに人と話して嬉しくなっちゃった! あー恥ずかしい! 」
……この子は、なんて明るい子なのだろうか。赤の他人の私に、ここまで優しくしてくれるなんて。重苦しい記憶でいっぱいだった私の心に、光が差した。
「いや、いいんだよ。看病してくれて助かった」
「このくらいどうってことないって! それより、どうして騎士様はあんなところで倒れていたの? 」
騎士様、か。
なにもこの子に全てを話す必要はない。そう思った私は、少し嘘をつくことにした。
「ああ、それなんだけど……実は、あんまり覚えていないんだ」
「えっ、そうなの? 」
目を見開いて驚く女の子に少し罪悪感を抱きながら、私は話し続けた。
「私は、フラナンズ王国ってところの騎士をしていてね」
これは半分嘘。
「そうしたら、イーヒストっていう国と戦争になっちゃったんだ」
これは本当。
「戦っていたら仲間とはぐれて、気づいたらここに、っていうわけ」
これは三割嘘。
女の子は虚実入り混じったこの話にも大分ショックを受けたようで、しばらく黙っていた。
「イーヒスト……ってことは、まさか悪魔が? 」
えっ?
「そんな、どうしよう! お母様の言っていたことが本当になったんだ……。どうしよう、私、どうしたらいいんだろう! 」
やけに話が早い。っていうか、なんで悪魔のことを知っているんだ?
「あっ、ごめんなさい! 勝手に慌てちゃって、ジタバタしてもどうしようもないのにね。ちょっと待ってて。今やっと、治癒のスープができたところだから! 」
そう言うと、女の子は慌ただしく部屋を出ていった。
何かおかしい。変だ。
そもそも、私の中に巣食っているはずの悪魔が出てきてこないし、ここはどこだか分からないし、戦争に巻き込まれないような街外れの場所で女の子がひとり暮らしっていうのもおかしい。うん、全部謎だ。あの子は、誰だ?
傷だらけであろう私の体には包帯が巻かれ、手当てされた形跡がそこかしこに残っている。怪しすぎるけれど、悪い子ではなさそうだ。
女の子は、湯気の出たスープを持って戻ってきた。
「薬草で作ったスープなの。治癒魔法もたっぷり込めているから、傷なんか一瞬で治っちゃうわよ!」
「……ありがとう」
スープは、薬草で作っただけあって深い緑色をしていた。しかも、なんかピンク色のオーラを纏っていないか? 口にするのもためらわれる。こういうのって、不味いのが定番なんだよな……。でも、毒っぽい匂いはしない。香りだけは普通に美味しそうだ。香りだけは。
意を決して、私はスープを口に入れた。
「……おいしい」
「本当! 」
やった、やったと嬉しそうに女の子は跳ねた。
「お料理食べてもらうの、お母様以外で初めてなの! ほんとにおいしい? ほんとに? 」
あまりのはしゃぎように、少し気圧される。
「うん。とってもおいしいよ」
お世辞抜きで、とてもおいしい。城で食べていたような上品な味ではないけれど、どこか懐かしい感じもする。
ところで、さっきから治癒魔法って言葉が出てきているけれど、どういうことなんだろう。
この世界に、魔法は存在していないはずだ。せっかく自分も魔法を使えるかと思ったのにと、とてもがっかりしたことをよく覚えている。例外といえば、私の転生やあの悪魔くらいだろう。
魔法なんてとうの昔に消滅したんだ。きっと、早くよくなるように気持ちを込めてくれたんだな。
端々に少女からの気づかいを感じながら、あっという間に食べ終わってしまった。
「ごちそうさまでした」
そう言ったとき。
また、ふわっと体が軽くなった。
これは……悪魔が出てきたときと同じ!
だとしたら危ない。自分一人が傷つくならまだいいが、目の前の少女を巻き込むわけにはいかない。
「危ないから……逃げて! 」
「どうしたの? ……もしかして、熱でも出た? 」
女の子は熱を測ろうとして私に近寄った。
「慌てなくても大丈夫。治癒魔法が効き始めている証拠だから。そのままでいて」
「近づかないで! また……また、悪魔が! 」
悪魔が暴れ出す!
って、あれ? 全然出てこない。
「フフフッ! もう、ほら! 慌てなくてもいいって言ったでしょ? 」
戸惑う私を横目に、女の子はお皿を片付け始めた。
「治癒魔法がかかるとき、少しだけ浮遊感とか熱さを感じることがあるのよね。でも安心して。ちゃんと傷は治ったから。見てみて」
たしかに、さっきまで無数にあった傷による痛みが一つ残らず消えている。疲労感も一気に軽くなった。
「どうして……? まさか、本当に! 」
近くにあった椅子を引き寄せて座った女の子は、にっこり笑って言った。
「すごいでしょ? わたしね、魔法が使えるんだ! 」




