ランスロ
混乱している我が軍にイーヒスト軍が到着し、すぐに乱戦となった。
フラナンズ軍は、圧倒的な数の暴力によって苦戦を強いられている。わたしとアルベールは、皇太子と軍隊長を探して戦場を駆けていた。
無言で馬を走らせる。
頭の中は、軍隊長に裏切られたショックでぐちゃぐちゃだ。
でも、不思議なことにどこか冷静な自分がいる。本当に軍隊長が裏切ったとしたら、これまでのつじつまが全て合うからだ。
内通者を見つけたと報告しようとしたペティーを牢に入れたのも、イーヒスト軍の情報が全て間違っていたのも、軍隊長が全てやったこと。
しかし、こうしてフラナンズ軍の兵士たちは命がけで戦ってくれている。どうやら裏切ったのは軍隊長だけのようだ。軍議などの情報は全て、軍隊長によって捻じ曲げられ、報告されていたということか。
ああ、なんだ。カラクリが分かれば理解するのは簡単。ただ……。
ただ、悔しい。
子どもの頃から稽古をつけてくれたのも、アルベールを紹介してくれたのも、全部、全部嘘だったのかな。
あの笑顔も、全部、嘘だったのかな。
ああ、悔しい。
涙があふれては、風に流された。今日は泣いてばかりだ。
「──セレーナ様」
ずっと無言だったアルベールが口を開いた。
「私は、あの裏切り者の紹介でこの地にやってきた人間です。もしセレーナ様が私のことを疑っているとしても、当然のことだと思います」
こう言われて初めて、わたしは自分がアルベールのことを微塵も疑ってなかったことに気がついた。確かにそうだ。状況的にはアルベールも裏切っていたと考えてもおかしくない。だけど……わたしは疑えなかった。疑いたくなかった。
今アルベールまで失ってしまったら、わたしはどうすればよいのだろう。
「本来ならば私は、国家転覆の疑いで拘束されるべき人間です。しかし、こうして私は今自由の身でいられる。……ならば、私は」
アルベールは、この戦場のどこかにいる恩人に向かって呟いた。
「私は、私の仕事をするだけです。セレーナ様の剣として」
……そうだよね。今は考えてる場合じゃないよね。
わたしはこの国の王女、セレーナなのだから。
ちゃんと王女らしくしなくちゃ。
「それと、もし私が裏切り者と戦うことになってしまい、皇太子とセレーナ様が二人きりになったとしても大丈夫です」
ふっ、と柔らかく笑ったアルベールは、少し無理をしているように見えた。
「あの皇太子はもう四十後半です。若さでセレーナ様が勝つでしょう」
「もう。なによそれ。でも──ありがとう。アルベール。そっちも大丈夫よ」
「ええ。もちろん。負けませんよ!」
本当に、ありがとう。と、わたしはまた心のなかでつぶやいた。
「あっ、あそこに!」
混戦から少し離れたところに、スッポリと白いフードを被った皇太子と側に控える軍隊長、いや、ランスロを見つけた。
涙の最後のひと粒が、こぼれて消えた。
わたしとアルベールが皇太子たちに近づくと、ランスロが剣に手をかけ牽制してきた。
「姫様、いや、今はセレーナと言うべきですか。驚いたでしょう。国に忠実な軍隊長が、実は敵国の手の者だったなんて」
「ええ、もちろん。ランスロ」
わたしも、剣を抜ける体勢に入った。
「本当なら、いつまでもあなたと話していたい。でも今日は時間がないわ。緊急時だから。わたしはその皇太子に用があるの。そこをどいて」
「……これで五百六十二戦目ですね。最近は負けっぱなしでしたが、それも今日までです! 」
ランスロは剣を抜き、まっすぐこちらに向かってきた。訓練していたときよりも、速い! 今まで実力を隠していたというのか。
やっぱ悔しい。絶対わたしが戦いたい。勝つ。
けど、わたしと同じ気持ちの人がもう一人いる。今回は譲ってあげよう。
突撃してくるランスロに人影が割って入った。剣を受け止めたのはアルベールだ。
二人とも、ものすごい力で互いを押さえつけている。わたしが入る隙すらない。
「……いくら恩人であろうが、姫様と国に仇なす者は全て敵です」
「ああ。分かっている」
「ならば、なぜ……!」
アルベールが剣を振り払い打ちつけるも、ランスロは難なく受け流していく。
再び膠着状態になったとき、ランスロが言った。
「少し、話をしようか」
「お前と話すべきことはもう、何もない! 」
「ずっと前から知りたがっていた話だよ。アルベール」
そのとき、皇太子が逃げるような素振りを見せた。
「私は──」
皇太子は馬に乗り、草原の方へと去っていく。
ごめん、アルベール。ここは任せたよ。
わたしは皇太子を追いかけた。




