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線路は続くよ異世界に!  作者: とくさ
イーヒスト戦争開戦編
14/60

絶望と希望

「敵の総数は約五万、対してすぐに応戦できるのが三万。まだ敵軍は国境付近にいるので、ここに到着するまでに三日はかかるでしょう。しかしウェニストリアからの援軍を今から求めすぐに来たとしても、一ヶ月はかかります。そうなるともはや……勝てる見込みはありません。」

 謁見室で開かれた軍議。軍隊長の報告を受けて、重苦しい空気が辺りを漂った。

 五万人なんて、どうすればいいの? 準備は全て、フラナンズとイーヒストの兵数が五分であることを想定していたのに。なんでこんなに、こんなにズレたんだろう……。やっぱり、裏切り者が?

 いや、今はそれどころではない。父上の隣には、いつも通り母上がいた。ばあやが捕まって不安でいっぱいのはずなのに、その素振りさえ見せない。

 この人数差を覆す何かをしなくては。わたしは、王女だから。

「父上、一つよろしいですか?」

「どうしたセレーナ」

「はい。フラナンズ城以外の砦から、援軍を呼び寄せるのはどうでしょうか? 」

 イーヒストとウェストニアを分けるために作られた国境線は細長い。そのため、広い草原のあちこちに砦が作られている。

「それは私も思ったんだがな……。砦に散らばる部隊には、一箇所に固まってイーヒスト軍の足止めをしてもらいたいんだ」

 父上は、机上に置いてある地図を指差す。

「この砦なら、近隣の砦から兵士を集約できる。イーヒスト軍も、進軍には必ずここを通る必要があるだろう。どうだ、軍隊長? 」

「いいと思います。足して三日、籠城すれば持ち堪えることができるでしょう」

 軍隊長が、黒い髭をさすって言った。

「六日か……。それまでにこちらも防備を固め、イーヒストを迎え撃つ。軍隊長、お前をイーヒスト軍討伐隊長に任ずる。頼んだぞ」

「仰せのままに、陛下」

 軍隊長は一礼すると、準備のために席を立った。

 チラリと見えた横顔は、やる気で満ちている、というより、不安で押しつぶされていそうな、そんな顔をしていた。

「……?」

「どうした、セレーナ?」 

「いえ。何でもありません」

 誰だって、この状況ならそうなる。わたしだって。

 父上は、不安になっているわたしのことを優しく見つめた。

「セレーナ。心配なのも、焦りたくなる気持ちも分かる。お前はこの国の王女だが、その前に私の大切な娘だ。決して無茶はするなよ。アルベール、セレーナを頼んだ」

「セレーナ様は、私が全力でお守りします。ご安心を」

「……ありがとう」

 父上は立ち上がった。

「よし、これよりイーヒスト軍を足止めするための作戦を行う。皆のもの、直ちに取り掛かれ!」

 はっ! と皆が応え、準備をしようとしたその時。

「皆さま、ご報告いたします! 」

 見張り番をしていた兵が転がりこんできた。

「国境にいたはずのイーヒスト軍が、城外すぐ近くまで迫ってきております!」

「なんだって?」

 部屋中がざわつく。

「砦は──砦にいるはずの兵士はどうした! 」

「消息不明です。恐らく、もう……」

 人が死んだ? 近くの砦に行っていた人たち、みんな?

 空に、暗雲が立ち込めていた。


 わたしたちは急いで兵を集めた。国王である父上が、皆に全てを知らせる。

 ああ、兵士たちはどんな反応をするのだろう。訓練場通いを続けたわたしにとっては、みんな顔なじみだ。そんな人たちに、これから国が滅ぶと言うなんて……わたしにはとてもできない。

 しかし父上は、堂々とした姿で壇上に上がった。いつもの演説と違う雰囲気に、兵士たちも気を引き締める。

「……諸君。セレーナ姫が生まれたときのことを覚えているか」

 父上の声が、静まり返った中庭に響き渡った。

「あのとき、この場所で私は、これからも私たちには困難の壁が立ちはだかるだ ろうと話した。そして十七年が経ち、それが現実のものとなっている。知っている者もいると思うが、城のすぐ近くにイーヒスト軍が迫ってきているのだ」

 中庭に、絶望と死への恐怖が漂った。

 父上は、兵士たちのざわめきを瞑目して聞いている。

「陛下。私たちはどうなるのですか!」

 誰かが叫んだ。

「……そうだ、そうだよ。陛下ならなにか策があるはずだ!」

「陛下! どうかご命令を!」

「我らをお助けください!フェリックス様!」

 皆口々に、父上を呼んだ。

 それでも父上は、目を閉じたままだ。

「……もう終わりだ、この国は」

 また誰かが言った。

「頼りになるはずの王はなにも話さない。そもそもなんでいきなりイーヒストが攻めてくるんだ。砦にいる奴らが、全滅したって聞いたぞ」

「そうだそうだ!」

 不穏な空気が流れ始める。

 わたしとアルベールは顔を見合わせた。助けてくれないか周りの側近を見ても、皆目を閉じている。

「俺はこんなのやってられない。生き残るためには、降伏するしかないんじゃないか? 」

「おい、やめろよ」

「はっ!構うものか!なぁ陛下! なにも言わないんだろ? なぁ!」

 まずい。空気が険悪になっている。

 父上は先ほどから、なにも言わない。なぜなんだ? 父上はなにをしたいんだ?

 その時、わたしの脳裏を、あのお披露目式の記憶がよぎった。

 ああ、そういうことですか。父上。

 わたしには、守るべきものがある。

 制止しかけたアルベールの手を押しのけバルコニーに飛びだし、わたしはこの世界の全てに向かって叫んだ。


「皆のもの! よく聞け!」

 不満が爆発寸前だった兵士たちが静まった。よし。

「我が名はセレーナ! セレーナ・ド・フラナンズ! 今この地には、かつてない困難の壁が立ちはだかっている。だが! ここに希望はあり! 諦めるならば諦めろ。降伏しいたいならばすればいい! しかし!」

 わたしは兵士たちを見渡した。呆気に取られている者、すすり泣きしている者、様々いるがわたしの気持ちは変わらない。

 ただみんなと、笑って生きたい!

 渾身の力を込めて、わたしは叫んだ。

「わたしも国王も、まだ諦めたと言った覚えはない! 最期の最期まで抵抗するぞ! ここに……ここに希望はあり!」

 一瞬、水を打ったように静まり返り、そして。

「おおぉぉー!」

 と、兵たちが叫んだ。

 振り返ると、涙を流す父上がいた。

 これが狙いだったのですね、父上。

 世代交代を、この場で印象づけるために。兵士たちに最期まで希望を持たせるために。この場所で、わたしが自発的に出てくる状況を作った。その手腕、おみごと。

 正直わたしも、この状況で勝てるとは思っていない。ただ、わたしに期待している兵士たちを見ていると、まだ死ぬわけにはいかない。

 そう、思ってしまった。

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