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線路は続くよ異世界に!  作者: とくさ
イーヒスト戦争開戦編
13/60

裏切り者

 アルベールと出会ってから、七年が経った。

 わたしは領内を見回るため、馬に乗り草原を駆けていた。休憩がてら小高い丘の上で止まって、フラナンズの城や街を一望する。

「ちょっと、姫様速すぎますって! 」

「あっ、アルベール!」

 突っ走るわたしのことを制止したおかげで置いていかれたアルベールは、大層ご立腹だった。

「姫様。いくら乗馬が楽しくても、気分に任せてでたらめに走ってはいけませんよ」

「大丈夫だって。それに、全力を出して息抜きするのも大事だよ?」

「大丈夫じゃなさそうだから言っているので。まだ城までは距離がありますから、馬を使い潰すわけにはいきません」

「……それもそうね」

 わたしは馬を歩かせた。すぐ横をアルベールがついてくる。

「もう、せっかく気持ちよーく走ってたのに。アルベールだって、本気を出せば風より速く走れるでしょ?」

「いえ。安全には代えられません」

 本当に、なんて堅物に育ったのだろう。真面目という言葉が誰よりも似合う。

 七年前から、城外に行くときは大抵アルベールが一緒になった。放っておくと休憩しないのが悪い。

 わたしは十七歳、アルベールは二十歳。城の兵士が束になっても勝てないほど強くなったアルベールは、数年前、正式にわたし直属の騎士に任命された。

 任命式のとき、父上と母上は涙目になって「セレーナも大きくなったなぁー」と話していたけど、そんな、結婚式じゃないんだから。そりゃあ、アルベールは背丈もずいぶんと伸びて、あれ、こんなにかっこよかったっけ?と、思うこともある。けど、いや、別にそういうんじゃ本当にないんだって! 第一、実年齢はひと回りも違うし、アルベールもその気じゃないって……。

 横目でちらっとアルベールを見ると、警戒しているときのするどい目で草原を見ていた。そうだよね、浮かれてる場合じゃないものね。

 戦争はいつだって、フラナンズの隣にあるから。

「ねぇアルベール。もう七年経ったのに、全然攻めてこないね」

「はい。いいことなのかもしれませんが……」

「不安になるよねぇ」

 いつ、どのくらいの軍隊が、誰に率いられてくるのか。情報収集のため暗躍するペティーは、一週間裏通りから帰ってこないときもある。

 報告では、アモアが流通し、摘発はしているけれど追いついていないこと。その発生源、つまり売人の親玉にはいつも捕まえる寸前で逃げられていること。そして……城の関係者らしき人物が、親玉と話し込んでいる場面を見たことを聞かされた。

 内通者の存在を知ったときは不安になった。もしかしたら身近な人かもしれない。それこそ、今隣にいる──。

 だめだ。それこそ敵の思う壺じゃないか。ほどよく疑い、ほどよく信頼する。そのバランスを取るんだ。

 でも、やっぱりアルベールのことは信頼したい。

「アルベール」

「はい? 」

「もしさ、このままイーヒストが攻めてこなかったら、来年わたしは十八歳になって、王位を継ぐんだよね」

「はい」

「そしたらさ……イーヒストの実情を知るための調査員を派遣したいんだ。その調査員に──」

「セレーナ様ー! アルベール様ー! 」

 城の方角から、馬が駆けてくる音が聞こえてきた。

「この声は、城の衛兵?」

 耳を澄ましていたアルベールがつぶやく。

「何かあったのかな? 」

 わたしたちは、衛兵の方へ馬を走らせた。

 肩で息をしている衛兵は、よほど慌てているのか馬からも降りずに話し出した。

「ご報告いたします!現在、イーヒスト軍がフラナンズ国境を越えて侵攻中!その数、およそ五万人とのことです!」

「なんですって、五万人?」

「そんな、報告ではせいぜい二万人だったのに……」

「とにかく、早く行きましょう!」

 わたしたちは城に向かって全速力で馬を走らせた。


 城に入ると、何やら揉めている声がした。

「やめて! 離して! 」

「ペティー? 」

 急いで現場に向かう。謁見室近くの広間で、ペティーとばあやが兵士に取り押さえられていた。ばあやは猿ぐつわをかまされ、逃げないように鎖で捕まえられている。

「なんで? ちょっと、一旦離してよ! 」

「それが、軍隊長に命令されまして……」

「えっ? 」

 兵士も気まずそうにしている。なぜそんな命令が出たのか分からないみたいだ。

 兵士を振り解こうともがくペティーが叫ぶ。

「セレーナ様、今すぐお伝えしたいことが! 裏切り者の件なのですが──」

「それ以上話すな」

 コツコツと靴音を響かせ、軍隊長が割って入った。

「軍隊長、どういうこと? 」

「……お伝えするのは心苦しいのですが。ペティーに、内通者の疑いがかけられています」

「えっ? 」

 嘘、そんなことあるはずない。

「ち、違うよ。だってペティーは、何年も裏通りで情報収集してくれて」

「怪しい人物と接触することも、証拠をでっち上げることも簡単にできた。違うか? 」

詰められたペティーは首を振る。

「なんのことですか? 動機だってないじゃないですか! 」

「そのくらい予想はできる。ここにいるアンドレはイーヒスト出身だ。母国と接触することもあるだろう」

「そんな、ひどい! 今すぐ撤回してください。あなたの発言は、イーヒスト出身であられるミレーユ様をも侮辱するものですよ! 」

「では、犯人が失くしたと言われている認証紋。証拠として提出されたが当然、君は持っているんだよな? 」

 ペティーの目は、動揺して泳いでいるように見えた。

「──ペティー? 持っているよね」

 観念したのかため息をつく。

「数年前に失くしました」

「嘘……ペティー、そんなの嘘だよね! 」

 駆け寄ろうとしたところをアルベールに止められた。

「ほら。他にも証拠はあるが、今は緊急時だ。我が国が勝利したのちに経緯を聞かせてもらう。おい、地下牢に入れておけ」

「はっ! 」

 何か話そうとしても止められ、ペティーが連れていかれる。

「待って! ペティー……ペティー! 」

 わたしはその場に崩れた。

 なんで、どうしてペティーが? いつも一緒だったのに。この世界に生まれてからずっと、支えてくれていたのに。なんで……。

「セレーナ様。お辛いのは重々承知ですが、今は敵が近くまで来ています」

 軍隊長が優しく声をかけてくる。ペティーを連れていったのに。

「……もうやだ」

 初めて、元の世界に戻りたいと思った。

「姫様」

 誰かが手を握ってくれる。アルベールだ。

「大丈夫です。私がいます」

 そっとなでてくれた手は、とても暖かかった。

「私が、あなたの剣になります」

「本当? 」

 自然と涙がこぼれていた。

 アルベールは、泣いていなかった。

「はい」

「……ありがとう」

 アルベールがハンカチを差し出してくれる。涙を拭い、わたしは立ち上がった。

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