アモア
次の日。わたしはアルベールと共に街まで降りてきていた。
「しっかし、入隊二ヶ月でまともに休日を取っていないなんて……」
軍隊長に聞いたところ、アルベールはフラナンズ軍に入隊してから一日も休まず、剣の稽古をしていたらしい。見張りがてら軍隊長と同じ部屋で寝ているらしいが、それでもこっそり抜け出して朝練に夜練。労働基準法……って、そんなもの異世界にないのか。いやそれにしても!
「当然です。剣の腕は鍛えなければ鈍る一方。軍隊長殿の剣技も越えるべく、少し自主練を」
「何が少しよ。ちゃんと休憩しないと体に毒なの」
ただ、休みを取らせても城にいてはすることがない。目を離した隙に訓練してしまうくらいなら一緒に街に行かない? と誘った。
「全く、アルベールって真面目だね。こうしてお外に出た方がいいって」
さわやかな風が肌をなでる。秋晴れのいい天気だ。
「お心遣い感謝します」
もう。あんなに泣いていたくせに、騎士モードになるとキリッとして。……ちょっとかっこいいかも。
いやいやいや、何を考えているんだわたしは。ほら、八百屋のおじさんが近づいてきたよ。今日も元気に姫スマイルしないとね!
「よ、セレーナ様! 隣のやつは……見ない顔だな」
「最近入隊したアルベールです。よろしくお願いします」
「ほーん。セレーナ様の彼氏かい」
「えっ! そ、そんなわけないじゃないですか! 」
全力で否定する。まだ子どもだし、アルベールはわたしなんかよりもいい人と付き合うんだろうし!
「そんなに照れんなって。からかって悪かったな。お詫びにこれどーぞ」
そう言っておじさんが木箱を持たせてきた。アルベールが代わろうとしてくれているが、一旦断り自分で持つ。
「ありがとうございます! これは──サツマイモ? 」
「なんだ、これも知っているのかよー! そうだよサツマイモだよ。西にある大陸の、乾燥している地域で採れるらしいんだ」
木箱いっぱいに入った赤紫色のイモ。ミカンも採れるらしいし、西の大陸は日本と気候が似ているのかもしれない。
「最近、大陸からきた食べ物が多いですね」
「ああ。ウェストニアが積極的に輸入しているらしくてな。近々戦争も始まるし、その備えでもしているんじゃねぇか? 」
「そうですか……」
商人が往来している以上、箝口令は敷けない。どうしても情報が他国へ流れてしまう。イーヒストを出入りする商人も少なくなっているみたいだし、経済への影響は計り知れないだろう。
「ま、俺らフラナンズ商工会はセレーナ様たちの味方さ。このイモは乾燥に強くて保存もきくらしいからな。こっちでも育ててみようってことで輸入してみたんだ。渡した分は陛下たちと一緒に食べてくれや」
「ありがとうございます。イーヒストに行く際は、軍への報告をお忘れなく! 」
返事代わりに手を振り、おじさんは人混みの中に戻っていった。
「……姫様、そろそろ代わりましょうか? 」
「ありがと。もう、何キロ渡してきたんだろ。腕パンパン! 」
相当な重さだけれど、アルベールは軽々と持つ。「いい訓練になります」とさわやかスマイル。
「……やっぱイケメンだな」
「えっ? 」
「い、いや! なんでもないよ。そう。おいも重いでしょ? 簡単に持っててすごいなぁって! 」
「このくらいなら大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
なんか調子狂うな。なんでだろう。
アルベールと並んで歩き、いつもの道を進む。
ちょっぴり特別な感じがした。
重ねてになるが、わたしは姫だ。行ける店も限られる。身元がはっきりしていない店や裏通りの店。そういったところを除外していくと、街を一回りしてたどり着くのは必然的にここになる。
「おかみさーん。まだミルクパンありますか? 」
「あいよー! 今日も来るだろうと思って取っておいたから。おや、めずらしい。連れがいるんだね」
パン屋のおかみさんは相変わらず元気だ。滅多に顔を見せないが、厨房からパンを焼くいい匂いもするし、ご主人も健在だろう。
「最近フラナンズ軍に入ったアルベール。一緒にミルクパン食べたくて連れてきちゃった」
「え? 」
こちらを驚いたように見るアルベール。
「今日は休憩って言ったでしょ? わたしがお金出すから」
「そ、そんな無礼な──」
「兄ちゃん。レディーが誘ってんのに、乗らないなんて逆に失礼だよ? ほら座った座った」
おかみさんに勝てる人間なんて少ない。アルベールも大人しく従う。
「で、最近どうだい? 」
おかみさんとは、一日の最後にこうして雑談することが日課になった。
「……それでね、父上ったらまた書類をひっくり返して! 」
「あの子まだ落ち着きがないんだね。それもフェリックスらしいけど」
おかみさんはため息をつき、遠い目をした。
「ここんところ、セレーナちゃんは毎日来てくれているけれど、あの子はめっきり顔出さなくなったから。戦争も近いし、忙しいんだね。裏通りの治安も悪くなっているでしょ? 」
「え? そうなんですか? 」
「あら、ペティーちゃんから聞いていないの。うちはパン屋だから裏通りに住むお客さんも多いんだけど、そこの人から妙な話を聞いたのよ」
この世界ではパンが主食だ。よってパン屋には生活必需品を供給する役割がある。客層も広い。
「お客さんがね、『西から輸入されてきた葉っぱを燃やして、その煙を吸っている人間が増えてる。吸っちまったやつは廃人になって、それなしじゃ生きられなくなる』って言ってたの。怖いわぁ」
「西からの葉っぱ……? 」
「そうそう。『アモア』って呼ばれてるの」
説明が完全に薬物だ。そんなものが裏通りで?
「そのお客さん、やたらと正義感強くてさ。『アモアの取引現場を見かけて追いかけようとしたら、狐みたいな男に取り押さえられちまったよ。俺ももう年だな』って──」
「狐みたいな男? 」
今まで黙っていたアルベールが立ち上がった。
「髪の色は! 黒髪でしたか! 」
「あ、ああ。そんなこと言ってたけど──」
「他に特徴は! 」
「いや。暗い場所だったからよく見えなかったってさ」
「そうですか……」
肩を落とし席につく。おかみさんに聞かれないようこっそり耳打ちした。
「どうしたの? 知り合い? 」
「いえ──もしかしたらなって思ったのですが、黒髪で狐みたいな男って山ほどいますよね」
「それはどうかなぁ……」
このジラマンド島で黒髪は少ない。元々金髪や茶髪の民族が住んでいた島に、大陸から黒髪の民族がやってきたという歴史背景があるからだ。混血が、特に西の方では進んだが、その影響が少なかった東では昔から黒髪の人々に対して差別がひどかったそうだ。
「何だい、こそこそ話しちゃって。まぁいいさ。とにかく、アモアの件は覚えといた方がいいと思うよ」
「はい。ありがとうございます」
きな臭い。戦争が起こるのは分かっていた。けど、謎の薬物が流入してくるなんて。
ますます不安になるばかりだった。




