アルベールの過去
忙しかった日々に、戦争の準備が加わった。
兵力拡充、ウェストニアへの応援要請、緊急時の避難訓練など、やることは山ほどある。
国民に発表した当初は動揺が広がった。けれど父上の言う通り、フラナンズ国民は、強かった。
街に降りると、「セレーナ様も大変だよなぁ」「私たちになにかできることある?」と声をかけてくれる。備蓄のため、国の食糧庫への寄付を呼びかけたところ、すぐに倉庫がいっぱいになったそうだ。
あの会議の後、父上から頼まれた「王女として民を励まし、一致団結させる」こと。わたしは上手くやれているのかな。
不安になっていた、ある日。
──今日もペティーが帰って来ない。ここのところ泊まりで裏通りに行くことが増えている。ばあやもいるんだろうけれど、やっぱり心配だな。
ペティーも頑張っている。わたしも明日、また街に行くつもりだ。なのに……まだ寝れない。
ベッドから降り、カーディガンを羽織る。ちょっと散歩してこようかな。
真っ暗な廊下を通り、足は自然と訓練場へ向かっていた。
もう真夜中だ。誰もいないだろうなと、思っていたのに。
月明かりに照らされ、一人黙々と剣を振る兵士がいた。
「アルベール? 」
「わっ! 」
驚いたアルベールの手から剣が落ちる。本物の剣みたいだ。キィンと辺りに響く。
「ごめんごめん。驚かしちゃったね」
「なんだ、姫様でしたか……」
アルベールは剣を拾い、鞘へと収めた。
「こんな夜中にどうしてこちらに? 起こしてしまいましたか? 」
「ううん、全然。ちょっと寝付けなくて散歩中。アルベールだって、明日も早いのにまだ訓練しているの? 」
「あー、僕は……昔の夢を、みてしまいまして」
「夢? 」
わたしは側にあったベンチに座り、アルベールを手招きした。素直にこちらへと歩いてくる。
「夢って、イーヒストにいた頃の? 」
「はい。……家族のこととか、親友のこととか」
隣に座ったアルベールは、側にいれば感じられるほどに体が熱かった。
「戦争が始まる前に、ご家族の亡命も手助けできないかな」
「いえ、大丈夫です。……もうみんな、僕を置いていってしまいましたから」
「えっ? 」
暗いせいで表情を見れない。ただ俯いていて、月が黒髪を照らしていた。
「僕の父は、小さい頃に行方不明になったんです。母も病気で亡くなって。軍に入ってからは友だちもできて、一緒に亡命しようとしたんです。だけど、追っ手から僕を逃がすために残って……。きっともう、彼らも殺されてしまったでしょう」
ポトリと、水滴が落ちる音がした。
わたしはアルベールの手を握った。たこだらけの指も、筋肉のついた手も、アルベールを覆い隠しているに過ぎない。本当は、たった十三歳の子どもなんだ。側にいるたった一人を守れないで、王女なんて名乗れない。
「大丈夫」
今は、こんな言葉しかかけられないけれど。
「大丈夫。わたしは絶対、離れないから」
鼻をすする音が、訓練場に響く。
わたしはただ、アルベールの手をさすっていた。




