5 光芒〜死線に射す
とうに限界は来ていた。
全身の装甲は凹み、左マニピュレターは肘から先が切り飛ばされてなくなっている。
オグマは、コックピットのシートにしがみ付くようにして、何度も衝撃に耐えながらコーパスを操った。
「さすが、名うての騎士だ!」
嬉しそうに叫ぶサクリスのシュターカは、ほとんど無傷だったが、さすがに左に構える縦長の四角い大盾は半壊していた。
「防御が上手いな……というか、やはり性能が圧倒的か……」
琥珀のコーパスは、右足を少しだけ引くと、右に構えた長剣を持ち上げ半身に構える。
「うぉぉぉ!」
オグマの雄叫びと共に、コーパスが距離を一気に詰めて右の剣を振り上げる。
「馬鹿のひとつ覚えというやつだな」
シュターカが半歩下がり、シールドを斜め上に構えた瞬間、そのまま、コーパスは剣を振り下ろすことなく、体勢を低くして左肩から体当たりをかました。
虚を突かれ、まともに受けたシュターカが尻餅をつく。
「!!」
オグマは声にならない声と共に、シュターカの頭を蹴り飛ばそうとしたその瞬間、後ろから近づいていたベルンに殴り飛ばされた。
モニターで強かに頭を打ちつけたオグマが、事態を把握した時には、すでにシュターカは立ち上がり、剣をコーパルに向けて振り下ろしたところだった。
「せめて、一騎貰っていくぞ!」
オグマはそれを認知しながら、無防備に振り返って後ろのベルンを薙ぐ。
ベルンが装甲をまき散らしながら吹き飛び、コーパルの頭部に長剣が迫った時、コックピットに念波通信の声が響いた。
「大将!納品のお時間ですぜ!」
一本の鉄の槍がコーパルを掠めて、シュターカの長剣を撃って軌道を逸らした。それでも、コーパルの頭部の兜の部分が斬られ、宙を舞う。
「なんだ!?」
サクリスの驚きの声が響き、全員の視線が少し離れた丘の上に向く。
「親方か!助かった!」
オグマは叫ぶ。
「改修が終わったぞ!」
丘の上に立っていたのは、すらりとして蒼い軽鎧を纏い、マントを羽織ったようなシルエットの鉄騎兵だった。
「こいつは……随分痩せたな」
「その分軽くて速いぞ。なのに、装甲を変えたから丈夫だぜ」
しゃがれた声が聞こえて、鉄騎兵のコックピットが開く。シートでは、顔の半分を灰色の髭に覆われた小男が破顔していた。
「一度言ってみたかったんだ……侯爵領お抱え鍛治師騎乗、アンバー侯爵領騎士団筆頭騎サーパス推参!」
「親方……私の台詞……」
「へへっ……それより早く騎体を渡したいんだが、乗り換えてくれるか?ワシは動かせても戦闘はできんぞ」
遙か後方には、載せてきたであろう荷車が停まっていて、数人の兵士がしがみ付いている。
「ええい、なんの茶番だ!」
シュターカが怒ったように、再びコーパルに斬りかかろうとする。だが、突然、城壁から白煙が上がり何かがシュターカに襲いかかった。
「オグマ様!今のうちに!」
城壁の兵士たちから、叫び声が上がる。
シュターカを襲ったのは十本ばかりを束ねたバリスタの鉄の銛だった。状況を察した兵士たちの機転だった。
だが、シュターカにはあまりダメージにはなっていない。銛は細いし、なにより盾で防がれている。
だが、ほんの少しの隙で充分だった。
シュターカが、なんとか踏みとどまって姿勢を立て直した。そして、城壁へ反撃を加えようとした時だった。
「さすが、防御は上手いな!」
オグマの声がスピーカーに乗って響く。
「しまった!」
「オグマ様!」
歓声が上がる。
間隙を突いてジャンプしたコーパルを、抱きつくようにしてサーパスのコックピットを近づけ、乗り移ったのだ。
親方が移ったコーパルは、よろけながらも離れていく。
サーパスは盾を装備していない。代わりに両手に短めの剣を二本装備している。
「貴殿が高名と評してくれたサーパス、参るぞ」
見渡せば、稼働している鉄騎兵は他にいない。戦いは最終局面のようだ。
「くっ、相手にとって不足なし。お相手つかまつる」
シュターカは、半壊した盾を投げ捨てた。
両手で剣を握る。
リーチはシュターカの方が有利だが、砂煙と共に大地を蹴って跳んだのはサーパスだった。
両断されるところをシュターカが跳び退き、逆に着地したサーパスへ剣を振り下ろす。
激しい音がして、剣がサーパスの左肩の装甲に当たるが、斬れるどころか剣は弾き返され、シュターカがバランスを崩す。
「なっ!」
「ふん、龍の鱗から鍛えた装甲が簡単に斬れるかて……」
親方が嬉しそうに言う。
「……なんのために火山で死に損なったと思うよ」
「知るか!」
余裕のなくなった声でサクリスが吠える。対してオグマは嬉しそうだ。
「すごい。注文以上の仕事だよ!」
「報酬ははずんでくれよ?」
「……もちろんだ。生きて帰れればね」
オグマの返事と共に、サーパスは、左側から右手に握る剣を薙いだ。バランスを崩したままのシュターカの前部装甲を刃が掠め、衝撃で騎体が泳いだところを、今度は左手の剣で突いた。
「くっ!」
動きが速い。
コーパルの比ではないし、改修前のサーパスよりも同じ騎体かと見紛うほど速い。
左の剣はコックピット下の操縦ケーブルを切り裂いた。シュターカはゆっくり膝をつき、両手を大地について停止した。
「討ち取ったり!」
大歓声が上がる。
鉄騎兵同士、さらには指揮官同士の一騎打ちだ。この戦いは、この戦場の雌雄を決するのと同義たった。
オグマはコックピットで大きく息をついた。
眼下では、作法に則ってサクリスが騎体を降りて、降伏の合図を送っている。これで、ひとまず後続のベルンも動けないであろうし、アンバー侯爵領のティーガ城防衛は成った。
まだまだ、気になることや語るべき事はあったが、疲れ切ったオグマは限界が来ていた。
だが、まずは騎士として貴人を安心させねばならない。
オグマはサーパスをジャンプさせ、城の前まで着けると、痛む身体を引きずって騎体を降りるのだった。