序 工房
ぼんやりと照らされ浮かぶ景色は、洞窟のような空間だった。
鍾乳石の壁に造られた炉の中に、青白い炎が溢れ出すように揺らめいて、紺碧の金属のような固まりが白く輝きながら形を変えていく。
それを特製の棒で掴み取ったのは、顔の半分を灰色の髭に覆われた小男で、しきりに額から吹き出る汗を拭いながら、取り出した固まりをハンマーで叩き続ける。
彼の脇の荷車の上には、すでに成型を終えたと思しき固まりがいくつも転がっていた。
「親方!不味いです!」
傍らで助手を務める、若いのっぽの男が叫んだ。
「わかっとる!黙って支度してろ!」
荷車には、大きな金属製の車輪が突いていて、荷台の下側には、長細いノズルが三本、後方に向けて延びている。
若い男は親方を見つめながら、渋々といった風に荷車の前方に誂えられた御者台に上がった。
馬車の御者台とは違い、いくつかのボタンと板と棒のような物が取り付けられている。
遠くで太鼓を叩くような鈍い音がテンポよく鳴った。
再び男が声を上げた。
「親方!しつこいようですが、音が少し近づいてます!時間がありませんよ」
「わかっとると言ったろ!お主は心配せんでもよい!」
親方がハンマーを振る度に汗が飛び、火花が散る。
白く加熱された固まりは、薄く引き延ばされながら、徐々に深く輝く碧い本来の色を取り戻している。
黒銀に輝くハンマーが振るわれる度に、固まりは形を変え、やがて、なにかのパーツのような薄い板状になっていった。
「よし、できた!」
滑らかな曲線と、直線の合わさった美しい流線型の板が姿を現す頃、親方は声を上げハンマーを置いた。
と同時に、彼らの背後から轟音が響き、辺りは振動に見舞われた。咆哮と共に、鈍く輝く巨大ななにかが、鍾乳石の壁を突き破りながら姿を現した。
「親方!来ました!」
「逃げるぞ!」
突然、岩肌が崩れ落ち、濛々と舞う砂煙から姿を現したのは巨大な紅いドラゴンだった。大きな翼に鋭い爪と牙を持ち、全身を厚い装甲のような鱗に覆われている。太鼓の音の正体は、この龍だった。
蛇のように少し長い首を持ち上げると、すうっと息を吸ってから咆哮を上げた。
親⽅は、その小柄な身体からは想像できないような力で、出来上がったばかりのパーツを荷台に放り投げると、素早く御者台にしがみ付くようにして登った。
「まずいな。さっきの怒りがまだ収まってない」
「親方が炎のブレスを借用しようなんて、馬鹿な事を考えるからですよ」
「いいアイディアじゃろが。おかげで完成した」
「黙ってください!舌噛ますよ」
男は親方が御者台にしがみ付いたのを見ると、板状のパネルに並んだスイッチをひとつ押し込んだ。
すると、すぐに荷車の底板の棒状に延びた筒が火を噴いた。
後ろにいたドラゴンがわずかに怯む。
「行っけぇ!」
親方の声と共に荷車が走り出し、文字通り飛ぶように進み始めた。
ドラゴンも後を追う。
後は運を天にませるとばかりに、男は目を瞑って祈り始めた。