目覚めのキス
大した内容の無い短編です。
暇潰しにお読みください。
私たちは何てこと無い初心者を脱した程度の、中堅にはまだ届かない位置のパーティーだった。
リーダーで戦士のアラン。
サブリーダーで武道家のボニー。
魔法使いのコーリー。
僧侶の私、ディナ。
そして、遊び人のイーデン。
なぜ遊び人?
と思ったが、アラン曰く、酒場で意気投合したかららしい。
確かに、イーデンは明るくて楽しい人だった。
経験的にもまだまだな私たちは、目立つ存在ではなかった。目立つ容姿の人もいなかった。
その中では、イーデンは華やかな容姿をしていたと言える。
5人とも抜きん出た才能があるわけではなく、国を救うとか魔王を倒すとか、そんな大それた目標は持っていなかった。
5人とも冒険者になれるスキルがあって、それは普通に働くより危険は伴うものの、普通よりは稼げる仕事だった。
仕事を選べば危険度は減るし、贅沢しなければ一生暮らせる程度のお金を稼げたら引退して田舎に帰って結婚でもすればいい、全員そんな感じの考えを持っていた。
パーティー内での恋愛はご法度、とまではいかないが、望ましくはない、と言う空気はあった。ビジネスライクな付き合いだ。
似た者同士だから気が合ってたし、バランスも相性も悪くなかったと思う。何より気楽だった。
この日だって、新しいダンジョンが見つかったから様子を見てきてほしいという、ギルドのよくある依頼だった。
私たち以外にも複数のパーティーが同じ依頼を受けて来ていた。
それなのに……まさか、イーデンが最初の方のトラップに引っ掛かって呪いを受けることになるとは、私たちの誰も思いもしなかったのだ。
しかも簡単に解呪できないような呪い。
これは私たちの手に負えるようなダンジョンではない。
そう判断し、アランがイーデンを抱えてダンジョンから脱出した。
「ディナ、解呪できないのか?」
「私のレベルではとても無理。正直、教会に行っても難しいかもしれない」
アランの問いに、私は正直に答えた。
「そんなに大変な呪いなの? 寝てるだけに見えるけど」
ボニーがイーデンの髪を引っ張るが、何の反応も示さない。軽いいびきがもれるだけ。
「正解、眠りの呪いよ。単純な呪いであるほど、術者のレベルによって強固な力を持つことになるの。かなり強力な呪いよ」
私の言葉に、職種の違いはあれど魔力を持つコーリーが力強く頷く。
「何か方法は無いのか?」
アランが困った顔をしていた。
「お金を貯めて、それなりの教会に連れていくか……もう1つ、方法は無くはないけど私たちにはできない」
私はきっぱりと言った。
教会は営利目的ではないが、孤児や病人の保護などをしているため、冒険者であれば無料と言うわけにはいかない。それなりの寄付が必要になる。
そしてこれは強力な呪いのため、金額もはね上がるのだ。
「そのできないことって何? 一応聞いておきたいわ」
ボニーが手を上げた。
「クラシカルな魔法にはクラシカルな解呪法。すなわち、愛する人のキスよ」
私の言葉に、回りが凍りついた。
イーデンは遊び人だ。それは夜の方も。
毎晩とは行かないが、行く先々でしょっちゅうとっかえひっかえ女の子を連れ込んでいる。
仕事に差し支えないならプライベートのことは誰も何も言わない。
これも暗黙のルールだ。
しかしだからこそ、イーデンに特定の相手はいない。
「しかもこの魔法って、わからないことが多いのよ。愛し合う2人ならば解けるのか。片方の一方的な想いならどうなるのか。人の心は見えないから、確かめようがないのよ」
わからないからこそ、最初にキスで呪いを解いた2人は伝説になり、伝承歌で歌い継がれるようになったのだ。
夢見る恋する乙女たちは、この話に夢中になった。
あえてこの魔法にかかり、恋人の気持ちを確かめようとする者が相次いだ。
そしてキスで目覚めない者も。
私たちの親くらいの世代では、お試しでこの魔法をかけることを禁じる街もあったくらいだ。
だから私たちの世代では知らない者も多い。
キスで目覚めなかったカップルは、数日後に魔法が切れて目覚めたときに大喧嘩になって別れることになった。
お互いに相手の気持ちが足りなかったからだと罵りあった。
浮気でもしてるんじゃないかと疑う者もいた。
仮に、だ。
イーデンに対して激しい恋心を抱く男性又は女性がいたとする。
イーデンはその人を知らず、又は恋愛感情は持っていないとする。
そして、その人のイーデンへの想いがものすごく強かった場合、キスで呪いは解けるのだろうか。
そんなことを試したい人はいないので、わからないままなのだ。
「しかし困ったな。最善の方法は何だろう?」
イーデンを背負って歩くアランが言う。
「いくらかの寄付をしてイーデンを教会に預けて、自然と呪いが解けるのを待つまで教会のベッドに寝かせてもらうのが現実的なところね」
私は答えた。
「自然と解けるものなの?」
先頭を警戒しながら歩くボニーが尋ねる。
「術者のレベルと込めた魔力量にもよるけど、永遠に寝てるってことは無いわね。そんなにたくさんの魔力を使うのはもったいないもの」
「……確かに」
コーリーが納得していた。
「コーリーがあの仕掛けを作る立場なら、どれくらい眠る程度の魔力を込めると思う?」
私は僧侶だから眠りの魔法は使えない。
解呪のために魔法に対する知識は学んだが。
「そうね……ダンジョンの最初の方のトラップなんだから、数日か、せいぜい1週間程度かしら。ただ、相手がすごく強い魔法使いだったらその限りじゃないと思う」
コーリーは自信なさげだ。
「それに、あのダンジョンそのものが未知数だもの。実は国宝級のお宝があったり、目覚めさせてはいけない邪悪なものが眠ってたりしたら……ものすごく強力な呪いをトラップとして仕掛けることも有り得る」
コーリーは自分で発言しておいて青ざめている。
「とりあえず、明日までは宿屋で様子を見て、起きなさそうなら教会に預けるか」
アランの言葉に異を唱える者はいなかった。
翌朝。
私の予想通り、イーデンは目覚めなかった。
私たちは今回の仕事に失敗したため、早急に次の仕事をこなさなければギルドからの評価に関わる。
次の依頼を見つけ、違う街に旅立つことになり、イーデンを教会に預けて出発した。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□
……しかし、こううまくいくとは思わなかった。
あの宝箱のトラップに強力な魔法がかかっていることは、魔力探知が得意な私は気づいていた。
コーリーに気づかれる前に、イーデンに開けさせる必要があった。
さりげなくイーデンを誘導し2人きりになり、大した魔法はかかっていないと嘘をついてイーデンに開けさせた。
「コーリーにいいところを見せたいでしょ」
とそそのかして。
「素敵な宝石でも入っていたら、コーリーにプレゼントすればいいわ。私は目を瞑るから」
私は僧侶だが、悪魔のささやきだ。
私はイーデンが嫌いだった。
私は僧侶だから当然身を慎んでいる。
遊び人のイーデンは好き放題だ。
私を一晩の遊び相手にしようと誘ってきたこともある。当然断ったが。
泣かされた女の子もたくさん見てきた。
そしてあろうことか、イーデンの次の狙いはコーリーだったのだ。
コーリーは純朴な田舎娘だ。
故郷に将来を誓い合った幼馴染がいるらしい。
「ただの口約束だけど」
頬を赤らめて話すコーリーは可愛かった。
どことなく妹に似ているコーリーに、私は奇妙な保護者意識を抱いてしまった。
絶対に、イーデンの毒牙から守らなければいけない。
しばらく前から機会を伺っていたが、まさかこんなに早く訪れるとは。
笑いが止まらない。
「目覚めのキスはお預けよ。強い魔法だったから、数ヶ月は起きないわね」
イーデンの耳元で誰にも聞こえないように囁いた。
我ながら邪悪な笑みを浮かべていたに違いない。
コーリーは優しい幼馴染と幸せになるのだ。
誰にも邪魔はさせない。
どこに行くかもわからないのだから、イーデンがわざわざ追ってくる可能性は低いだろう。
同程度のパーティーならいくらでもいる。
「行くよ、ディナ」
「はーい」
ボニーに背後から声をかけられ、私は口元を引き締めた。
誰にも悟られてはいけない。
仲間を置いていくのだから、アランたちの足取りはいつもより少し重かった。
しかし、私の心は誰よりも軽やかだった。
【END】