二人の距離 3
イクスに思い切って思いを告げた翌日。
「えーっと……私、今夜はちょっと仕事で帰れないのよ。朝には帰るから、それまではシュバルツと一緒にいてくれるかしら」
昼に、ギルドへ薬を卸に行った師匠は、帰って来るなりそういった。
『わかり、ました』
師匠がこうして、夜家を空けることは、一緒に暮らしていたときも時折あったことだ。
だから、そのことにはそれほど疑問はないのだけれど、なんだろう。なんだか師匠の様子がおかしい。
(もしかして、恋人ができたのかな)
師匠は、とても素敵な女性だ。
頭もいいし、美人だし、優しくて料理も上手だし、胸も程よく大きくて、腰もきゅっと括れている。
(それに、会話も上手だし、いい匂いもするし、それから)
「リーア。ストップ。ありがたいけど、褒めすぎよ」
師匠の顔が赤い。
どうやら、また頭の中で考えていたことが筒抜けになっていたみたいだ。
念話は、どうやらまだきちんと使いこなせていないみたいだ。
『シュバルツさんは、今夜は仕事ないんでしょうか』
「ええ。大丈夫だって」
それを聞いて、少し安心する。
自分のためだけに仕事をキャンセルするのだとしたら申し訳ない。
以前なら、きっと自分のためだけにキャンセルすることも手放しで喜んだと思うけど、今は、イクスが懸命に自分に寄り添おうとしてくれているのがわかるだけに、嬉しくはあるが、無理をさせたいわけではないのだ。
(だって、きっとそんな無理は長く続かない)
イクスの心配をしているようでいて、結局は自分の心配をしているだけなのだと、リーアは苦い気持ちになった。
その日の夕方。
師匠と二人で夕食を済ませて、湯浴みや着替えを済ませて、師匠を見送って部屋に行くと、いつの間に来たのか、イクスがリーアのベッドに座っていた。
『イクスさん、来てたの?』
「んー。早くリーに会いたくって」
『夕ごはん食べた?』
「大丈夫。ちゃんと済ませてきたよ」
手招きされて、イクスの横に腰掛ける。
イクスはリーアの肩を引き寄せると、髪に顔を埋めるようにキスをした。
「リー。いい匂い」
言われて、リーアもイクスの首元に顔を埋める。
『イクスさんも、いい匂い。イクスさんの匂い』
「ははっ、体臭は消してるはずなんだけどなぁ」
確かに、イクスはほとんど匂いがしない。
こうして首元に鼻を近づけて、ようやくわかる程度だ。
そういえば、前に見た医学書に、女性は運命の相手を匂いで嗅ぎ分ける、というような論文が乗っていたことを思い出す。
人間の嗅覚は動物に比べてそこまで発展していないと思うし、ロマンチックではあるけど、真実味はないな、とその論文を読んだときに思った記憶がある。
他の学者たちも、眉唾ものだ、と評していた。
でも、あながち間違いとはいいきれないのかもしれない。
今なら、リーアはそう思う。
「どしたー?リー。ボーッとして」
『なんでもない』
「ほんとに、リーは俺の匂い好きだよねぇ」
甘い声で言われて、恥ずかしさから身じろぎすると、パチリとイクスと視線が絡んだ。
イクスの瞳は、仄暗い熱を孕んでいる。
「ねぇ、リー。リーは、今でも俺が離れていきそうで不安?」
迷った末、こくんと頷く。
「んー、じゃあ、俺に我慢させてるんじゃないかって、俺が我慢しきれないんじゃないかって、そう思う?」
イクスは、リーアの焦りに気がついていたようだ。
そのことが、少しだけ恥ずかしい。
桃色になったリーアの頬を、イクスは優しく手のひらで包む。
「俺はねー、とりあえず、またリーと旅がしたいかなぁ」
その言葉に、イクスの瞳を覗き込む。
「ほんとだよ。リーは、楽しくなかった?」
『楽しかった。すごく』
「あはは。だよねぇ。俺も」
頬を包んでいた手の指先が、リーアの耳を擽る。
「だからー、リーが落ち着いたら、また旅に出ようよ」
その言葉が、泣きたくなるくらい嬉しかった。
「それまでは、ゆっくりしていればいいよ」
『でも……イクスさんをあんまり待たせたくない』
「それは、俺がリーと最後までしてないってことも含めて?」
恥ずかしいけど、しっかりと頷いてみせると、イクスは妖しげに目を細めた。
なんだろう。
色気がダダ漏れてる。
普通のご婦人方なら、これだけで腰が砕けるんじゃないだろうか。
ピュアなご令嬢なら、気絶するだろう。
かくいうリーアも、腰が砕けそうだ。
それなのに。
イクスはここ最近にしては珍しく、リーアの許可を取ることなく、唇を重ねてきた。
何度も角度を変えて、咥内を蹂躙する。
リーアはもう、魂が抜けそうだ。
もしかしたら、ちょっと抜けたかもしれない。
「ねぇ、リー。リーの身体に負担をかけずに、俺の欲も発散できて、リーも気持ちよくなる方法があるとしたら、試してみる?」
それはまるで、悪魔の囁き。
ドロドロに溶かされた頭では、正常な判断なんてできない。
ただ、与えられる快感を、もっと、と求めてしまう。
自分がどう答えたのか、わからない。
ただ、気がついたときには服をすっかり脱がされて、イクスの言った「方法」を試していた。
でも、その記憶も、もはや朧気だ。
ただ一言言うなら、すごかった。




