厄介な小娘
イクス視点です
「はぁ……」
リーアと一緒に、今日泊まる部屋に入ると、リーアが珍しく疲れたようにため息をついた。
理由はわかっている。
「お疲れ、リー。大変だったね」
「うん。ほんと、何なのあの子」
リーアが珍しく苛立っている。
それはそうだろう。
命のやり取りをする場面で、仕事を邪魔されたのだ。しかも、あろうことか守るべき対象から。
ただでさえ、戦闘時以外でも話しかけられて、リーアがうんざりしているのはわかっていた。
「でも、珍しいよね。リーがあんなに面倒そうにあしらうなんて」
「元々、他人にあんまり興味ないのもあるけど……」
「あるけど?」
「……私とイクスさんが一緒にいるのを邪魔してくるし、イクスさんのことカッコイイとかいってるから」
お、これはもしかして。
「んー?余計な虫だと思っちゃった?」
「うん……」
「あれだけ言ったから、もう接触してこないとは思うけど、虫よけ、しとく?」
首筋を晒すと、リーアはそっと唇を当てた。
ちくんとしたかすかな痛みが走る。
「痕、きれいについた?」
「うん、ばっちり」
「じゃ、俺もー」
リーアの白く細い首筋に吸い付く。
唇を離すと、赤い痕がしっかり残っていた。
「今後もし話しかけられても、無視でいいと思うよ」
「そうかな」
「依頼主にはちゃんと注意したし、言質もとったから」
リーアが少しホッとした顔をする。
可愛いリーアにあんなに面倒をかけるなんて、許しがたい。
依頼主の娘じゃなければ、とっくに消し去っているとところだ。
「食堂行って、飯にしようか」
「うん」
二人で部屋を出て、宿の一階にある食堂に行くと、既に他の護衛メンバーたちは食事を始めていた。
メインの料理はガッツリとアッサリを選べたけれど、二人ともガッツリを選んだ。
「はい、リー。あーん」
今日も今日とて、しっかりリーアに給餌する。
これには、リーアに給餌するのが楽しいという理由ももちろんあるけれど、他の奴らに邪魔する隙を与えないという目的もある。
現に、チラチラと視線を感じるけれど、誰も話しかけてこない。
依頼主の娘が、こちらをすごく見てきていたけれど、まるっと無視した。
殺気を向けることすら面倒くさい。
「そういえば、隣国の国境の街で、奇跡が起こったって話、知ってる?」
不意に、小娘の声が聞こえてきた。
イクスたちに話しかけているわけではない。
どうやら、宿の従業員に話しかけているみたいだ。
「ああ。なんでも、流行り病があっという間に収束して、死者が一人も出なかったって話だろ?」
「そうそう。私達、その街を通ってきたんだけど、街の人たちは、優秀な薬師に助けてもらったって言うだけで、詳しいことを話そうとしなかったのよ」
どうやら、南端の町の住人は、リーアの言葉をしっかりと守っているらしい。
「でも、そんなに隠すなんて、逆に怪しいでしょ?私の勘では、優秀な『薬師』じゃなくて、優秀な『治癒魔法師』がいたんじゃないかって思うのよね」
小娘の視線を感じるが、イクスもリーアも表情は一切変えない。
小娘の勘は、半分当たりで半分ハズレだ。
確かに、リーアという優秀な『治癒魔法師』はいた。けれどそれだけではなくて、リーアは優秀な『薬師』でもあるのだ。
実際、リーアは薬師としても治癒魔法師としても働いた。
「そうは言っても、それなら隠す必要なんてないじゃないか」
「そうなんだよね。だから、もしかしたら治癒魔法師が治したんだけど、治癒魔法を受けるのはお金がかかるじゃない?それを、タダで治癒魔法をかけたんじゃないかなって」
「それなら尚更、世間に広めればその魔法師の手柄になるだろうに」
「うーん、そこが良くわからないんだけど、治癒魔法を使ったって知られたくない魔法師なのかなって」
小娘は、その後も色々と推論を話していたれけど、イクスもリーアも、途中からバカバカしくなってしまって、聞き流した。
というか、ただの雑音に変わった。
リーアにとっては、あの街でのことは掘り下げられたくないことだろう。
そもそも、街の人が隠しているという時点で、隠したい、隠さなければいけない理由があるはずなのだ。
それを暴こうなんて、趣味が悪いにもほどがある。
「ごちそうさま。リー、デザートも食べる?」
「うーん、今日はいいや」
「じゃ、部屋に戻って明日に備えてもう寝ようか」
イクスたちが立ち上がると、他の護衛メンバーが声をかけてきた。
「もう戻るのか?こっちにきて一緒に酒でもどうだ?」
「断る。リーはまだ飲める年齢じゃないし、俺も別に飲みたいと思わないから」
「付き合い悪いな。ま、いいけど。じゃ、また明日」
すっぱり断れば、それ以上しつこく誘われることもなく、解放された。
部屋に戻ると、リーアはベッドに腰掛けて天井を見上げた。
「あの子、何かにつけ邪魔くさいね」
その言葉に苦笑する。
「確かに、厄介だね。まあ、あと数週間の付き合いだし、本当に邪魔になったら、依頼の途中で引き上げてもいいし」
「もしあの子に治癒魔法が必要になったとしても、使いたくないなぁ。面倒なことになりそう。でも、護衛としては使わないといけないだろうし、治癒魔法師としても見て見ぬふりはできないんだよねぇ」
「リーは真面目だね」
くしゃくしゃっと頭を撫でると、リーアは気持ちよさそうに目を細めた。
「いざとなったら、記憶を消してあげる」
精神干渉魔法の中でも、記憶に関する魔法は禁忌とされている。
でも、リーアの平穏を守るためなら、いくらでも使おう。
それでもし、小娘が壊れたとしても、イクスの知ったことではない。
「んー、でもさ。あの子って……」
「あ、リーも気がついた?」
「なんて言うかな。独特の傲慢さが、そうかなって」
「だよねぇ。当たりだよ。それに、他の護衛メンバーも」
「あー、やっぱり?戦ってるの見たとき、型がキレイすぎると思ったんだよね」
リーアはなかなか鋭い。
でも、今回の旅の仲間が何であれ、イクスたちには関係ない。
「ほら、もう寝よう。おいで」
ベッドでリーアを抱え込むように横になって、イクスは目を閉じた。




