料理しましょう
イクス視点です
それはある日の朝。
二人で朝飯を食べているときに、リーアが急に言った。
「イクスさん。今夜、料理したい」
「料理?」
どういう意味だろう。
食事の支度は、いつも二人でやっているし、イクスが昼から夜までかかる仕事の日は、リーアは一人で食事の支度をして食べている。
つまり、毎日料理をしているのだ。
頭の中に疑問符を浮かべていると、リーアは、あっ、と言う顔をして、言葉を付け足した。
「えっと、外……森の中で料理したいなって」
「外で?」
「うん。森の獣を捕まえて、それを料理して食べたい」
なるほど。
そういうことか。
「いいけど、急にどうしたの?」
「イクスさんに貰った、野外料理の本見てたら、作ってみたくなったの」
そういえば、旅に出たときのことを考えて、いつだったか、リーアに野外料理も含めた料理本を贈った。
「そういうことかー。いいよー。じゃあ、ついでに、旅の途中ではよく食べる、干し肉を使った料理も作ってみる?」
「干し肉!うん、作る!」
「じゃ、お昼過ぎたら早速獲物を仕留めに行こうか。それで、夕方から作りはじめよう」
「うん!」
リーアは見るからにウキウキと、食事を再開した。
リーアと一緒に獲物を仕留めて、解体するのは初めてじゃない。
前にも一度やっている。
それでも、今回は多分、リーアが主体となって作りたいのだろう。
イクスは、今日は補助に回って、捌くのも調理するのもリーアに任せてみようと思った。
「イクスさん!でっかいイノシシが罠にかかってた!」
「んー?おー、ワイルドボアか。いいねぇ。ちゃんと仕留めてあげなよー」
「はーい」
手負いの獣は危ない。
それに、いつまでも苦しみを長引かせるのも哀れだ。
だから、早めに命を刈り取ってやったほうがいい。
リーアが、とどめを刺すのを、しっかり見届ける。
「リー、一人で捌ける?」
「たぶん……やってみる」
大型魔獣を捌くのは、初めてのはずだ。
イクスはたまにアドバイスをしながら、リーアがきれいに捌いていくのを見守った。
「いいね、じゃ、血抜きをしてる間に、干し肉のスープを作ろうか。時間がかかるからね」
俺がボックスから出した干し肉を受け取って、リーアは本を見ながら、鍋に干し肉と香草を入れていく。
焚き火を熾したのも、リーアだ。
鍋を火にかけて、リーアはこの後どうしようと言うようにイクスを見上げた。
「ワイルドボアの血抜きは終わったかな?まだなら、野草のサラダも作っちゃおうか」
リーアはうん、と頷くと、森の中で野草を集め始めた。食べられる野草については、リーアは詳しい。
サラダの味付けは塩だけだ。
たぶん、ほとんどの料理が塩味になってしまうだろうけど、仕方ない。
そう思っていたけれど、リーアは野草を食べやすい大きさに切って器に盛ると、採ってきたらしい柑橘系の果物を搾って、果汁をサラダにかけた。
「ウマそうだね」
リーアはうれしそうだ。
その後、血抜きの終わったワイルドボアを、大きく切って串に刺すと、塩を振って火で炙った。
中までじっくり火が通るように焼いていれば、スープもいい具合になってくる。
ワイルドボアの肉は、全部は食べ切れないので、今夜食べるぶん以外は、ボックスの中に突っ込んでおく。
干し肉が柔らかくなって、焼いていた肉にもしっかり火が通ると、リーアは今度はパンに切れ目を入れて、中にチーズを挟んで火で炙った。
これはうまそうだ。
「できたー!」
「よーし、食べよっか」
食前の祈りをして、早速炙りたてのパンに齧り付く。
うん、やっぱりうまい。
ふとリーアの方を見ると、焼いていた肉をナイフで薄く切って、パンに挟んでいる。
(なにあれ!めっちゃうまそう!)
イクスも真似をして、切った肉をパンに挟む。
肉汁がジュワッとパンに染み込んで、めちゃくちゃうまい。
ちょっと考えて、肉だけかじってみる。
(うん。塩と肉の味だね)
なんというか、大雑把な味だ。
でも、野営の時は、ソースとか作っている暇も材料もないので仕方ない。
「イクスさん、おいしい?」
リーアに問われて、イクスはスープも飲んでから答えた。
「うん、うまいよ。俺が一人で野営する時に作るのよりうまい。リー、すごいねぇ」
「そうかな……?」
褒めてやると満更でもなさそうな顔をして、自分でもスープを飲んで、サラダも食べて、うんうんと満足そうに頷いている。
「ねぇ、リー。家はすぐそこだけど、せっかくだから野宿してみる?」
「いいの?してみたい!」
「うん。じゃ、天幕だすから、組み立て方覚えようね。あ、食後にね」
思いもよらない野営ごっこに、リーアは大喜びだ。
実際に、野営ばかりするようになれば、そんなに特別なことでもなくて、むしろ面倒ばかりだと気がつくだろうけれど、今のうちに練習しておくにこしたことはない。
調理したものを全部食べ終わって、食器や調理器具を清め魔法でキレイにしてボックスに戻す。
「ここは、そんなに拓けてないから、少し小さめな天幕にするねぇ」
天幕を出して、支柱を地面に打ち込んでいく。
リーアにもやらせてみたが、力が足りないらしく、うまく支柱を打ち込めなかった。
まあ、天幕を張ったり、調理をするのは、一人でない限り、適材適所で割り振られるので、どうしてもリーアが天幕を張れるようになる必要はない。
これからずっとイクスと一緒なのだから、イクスが張ればいいだけの話だ。
「火はつけたままでいいよ。消すと危ないからね。本当は、野営の時は交代で寝ずの番をするんだけど、リーはまだ子供だし、少なくとも今日は、二人で天幕の中で寝よっか」
そう言って、リーアと一緒に天幕に入る。
二人で座ったり横になったりしたらそれだけでいっぱいになるくらいの広さだ。
でも、野営の時は大抵これくらいの広さの天幕だから、ちょうどいいだろう。
敷き布を敷いて、上から毛布をかける。
「結構、ゴツゴツしてるんだね」
「まぁねぇ。厚めの敷き布にすれば、多少は軽減するけど」
正直、野営に寝心地を期待してはいけない。
「イクスさんが野営する時も、いつもこんな感じ?」
「そうだね。たまに、木の枝の上で寝たりもするけど、蛇に襲われる危険もあるからねぇ」
「そういう時はどうするの?」
「防御魔法を張ったまま、眠るんだよ」
「熟睡出来なさそうだね」
「野営は、そんなものだよ」
夜行性の獣や魔獣に襲われる可能性だってある。
野営中に安眠とか熟睡とかできる奴がいたら、多分ソイツは、すごく危機感がなくて鈍いやつか、相当腕の立つやつだと思う。
「今日は満足できた?」
「うん、ありがとう」
「いい練習になったねぇ」
腕の中にリーアを囲いこんで、イクスはリーアが寝付くのを見届けてから、自分も浅い眠りについた。