狙われた隠れ家
(今日も、イクスさんは遅いのかな)
湯浴みも終えて、髪の毛を拭ったリーアは、寝間着に着替えてベッドに潜り込んだ。
やっておきたかった調薬はすべてやり終えたし、一人きりの夕食も、湯浴みも済んだ。
あとは寝るだけ、なんだけど、なかなか眠くならない。
普段、家にいるときなら本を読んだりするんだけど、さすがに今回のデートという名の旅には持ってきていない。
(そう言えば、師匠にまだお土産買ってなかった。明日の昼間なら、イクスさん付き合ってくれるかな)
ベッドでゴロゴロしながら考える。
眠気は、全くやってくる気配がない。
(このままイクスさんが帰ってくるまで起きてようかな。おかえりって言ったら、びっくりするかな)
イクスの驚きながらも嬉しそうな顔を思い浮かべて、布団に顔を埋めてくふふと笑う。
その時、異変が起きた。
パリンという、何かが割れるような音。
でも、ガラスが割れたような感じではなくて、だからこれはたぶん……
リーアはさっ、と起き上がると、布団を元通りにしてイクスに教えられていた避難場所に急いで隠れた。
(きっと、イクスさんの張った魔法が破られたんだ)
イクスもリーアも、慎重に行動していた。
隠れ家が見つかるような動きはしなかったし、認識阻害魔法で、隠れ家は文字通り隠れているはずだ。
いや、違う。
イクスは、この隠れ家に張ってあるのは「不可侵魔法」だと言っていた。
つまり、おそらくだけど、認識阻害魔法はかかっていなかったのではないか。
でも。
あんなに用心深いイクスが、隠れ家に、しかもリーアがいるとわかっているのに、認識阻害魔法をかけないなんてありえるだろうか。
避難場所で息を殺して気配を消して、考える。
しかし、答えが出るより先に、侵入者は隠れ家の中に入ってきた。
イクスと同じような、足音を立てない歩き方。
隙間から見える範囲では、男の足だけが見える。
この避難場所は、一度中に入って閉めると、その瞬間にイクスの魔法で中からも外からも開かないようになっているらしい。
つまり、イクスが帰ってくるまで、リーアが外に出ることはない。
もちろん、外から中に入ってくることもできない。
定員一名の設定なのだ。
すごく不思議なんだけど、「鏡魔法」と言う魔法とボックスの応用らしくて、鏡の中から避難場所に移動するようになっている。
もちろん、普通に鏡をのぞき込んだって中には入れないし、避難場所の様子も見ることはできないけれど。
原理を教えてもらったけど、難しすぎてよくわからなかった。
難しいけど、とりあえず、リーアは亜空間みたいな別空間にいるということだ。
リーアからは、鏡の向こう側が見える。
鏡に映る範囲だけだけれど。
一緒に住み始めた森の家は、単純に地下に隠れるものだったけど、この隠れ家は、手が込んでいる。
黒いズボンを履いた足が、あちらこちらとうろうろしている。
リーアの隠れた鏡に気がつく様子はない。
時々、床をトントンと足で蹴っているから、床下の隙間を探しているのかもしれない。
じっと様子をうかがっていると、見えていた足が、二人分に増えた。
顔を確認しなくたってわかる。
増えた一人分の足は、イクスの足だ。
「はぁ、招かざる客。陛下から、撤退命令出てたでしょ?俺の殺害命令も、懸賞も取り消されたはずだよ」
聞こえるのは、やはりイクスの声。
「届く前に殺した、と言えば問題ない」
「ここの不可侵魔法を解いたことは少ぅしだけ褒めてやってもいいけど、なんで急に俺の隠れ家が見つけられたのか、不思議に思わなかった?」
どうやら、認識阻害魔法はわざとかけていなかったようだ。
「お前みたいな奴を誘き寄せるためだよ。ほら、外にも数人気配がある。馬鹿な奴らだね」
「暗殺者数人相手に、余裕だな」
「だって、俺強いから」
その言葉とともに、ヒュンっと何かが飛ぶ音がして、そのまま、イクスと話していた男が倒れた。
勝負は一撃で決まったようだ。
でも、まだ外にも敵はいる。
(どうするのかな)
リーアは少しだけワクワクしながら様子をうかがった。
イクスの足音が遠ざかり、ふわっ、と魔法の気配がした。
この感覚は覚えがある。
イクスの魔法の範囲指定だ。
それが、いろいろな方向に指定されていくのがわかる。
「風よ」
イクスの声が聞こえた。
何をしたのかはわからないけど、外でバタバタと人が落ちたりするような音がした。
イクスは、滅多に魔法で相手を倒すことはないと聞いたことがある。
確実に仕留めるために、常時何本も持ち歩いているナイフで急所を貫くのだと。
すごく切れ味がいいことと、毒を塗ったナイフもあることから、イクスの許可なしには、リーアもナイフには触らないように言われている。
ということは、ナイフの飛ぶ速度を、風魔法で底上げしたのだろうか。
鏡の中では、気配を感じる事ができないから、外にどれだけ敵がいて、どれだけ倒したのかがわからない。
コツコツと、イクスの足音がまた近づいてきて、避難場所の魔法が解除された。
鏡をくぐって、部屋の中へ戻ってみると、足元に額が割られた男が一人。
外からはなんの気配も物音もしない。
「ごめんねぇ、リー。怖くなかった?」
「全然。イクスさんがカッコよかった」
「ほんとう?なら良かった」
ちょっとゴミを片付けちゃうね、とイクスが男の死体を外へと引き摺っていく。
ついていってみると、外は暗闇だったけれど、月の光で何人か倒れているのが見えた。
「燃やす?それとも魔獣に喰わせる?」
なぜか、リーアは死体の処理の選択を迫られた。
「魔獣に食べさせたら、骨も残らない?」
「残らないよ」
「死体でも食べるかな」
「あー……」
どうやら、魔獣は死肉は食べないようだ。
「残しておいてスケルトンになったりしたら嫌だし、やっぱり燃やそっか」
スケルトンは、確か、骸骨みたいな魔物だったはず。
またここに来るかもしれないのに、そんなのがウロウロしていたら嫌だ。
「燃やそう」
「だねー。一気に燃やしたいけど、ちょっとそれぞれ離れてるから面倒だなあ」
広範囲に炎を拡げるのは、あまり効率が良くない。
無駄に魔力を消費してしまう。
「風よ」
リーアが詠唱すると、あちこちに散らばっていた死体が、一か所にまとめられた。
風で押し出してきたような感じだ。
「リー、ありがとねぇ。じゃ、危ないからちょっと離れてて」
リーアが小屋の中まで入ったのを確認して、イクスは右手を翳した。
「すべてを燃やしつくせ『黒炎』」
火魔法の『黒炎』は、確か最上級魔法だったはず。
この魔法で燃やされれば、それこそ骨も残らず灰塵と化す。
真っ黒な炎がイクスの手のひらから放たれて、リーアが集めた死体を飲み込んだ。
燃え尽きるまで、数秒しかかからなかった。
(『黒炎』すごい。イクスさんカッコイイ)
思わずパチパチと拍手をすると、振り向いたイクスが可笑しそうに笑った。
「リーは、肝が据わってるねぇ」
言われている意味がよくわからなくて。
いや、言葉の意味はわかるけど、なぜその言葉がいま自分に向けられるのかが分からなくて、小首を傾げると、イクスは苦笑した。
「わかんないなら、わかんないままでいいよ。そのままのリーでいて」
「うん」
やっぱりよく分からなかったけど、分からなくていいとイクスが言ったから、それ以上考えるのをやめた。
それから二人で念の為清め魔法をかけて、ベッドに潜り込んだ。
「追手は、もういなくなると思うよー」
「そっか。スッキリするね」
「ははっ。そうだねぇ」
リーアはそれから少しして、眠りについた。




