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初めての嫉妬

ブクマ、いいね、評価ありがとうございます!

とてもうれしいです!

今後ともよろしくお願いします


では、どうぞ!

イクスと師匠に護身術を教わり始めてから数日。

今夜は、イクスの予定が空いていたので、リーアの取引の為に、いつもとは違うバーに来ていた。


いつもとは違う店とはいえ、個室を借り切るのはいつも通り。

特に困るような注文でもなく、希望通りに媚薬を売ると、店で注文したドリンクを飲むことなく、イクスとリーアは店を後にした。


店を出ると、イクスは店と店の間にある小路にリーアを引きずりこんだ。

何かあったのかと見上げると、イクスは厳しい顔で通りを見ていた。

もちろん、二人とも気配を消したままだ。


しばらくそうして様子を窺っていたが、やがてイクスはふうっと息を吐きだして、また大通りに戻った。



「ごめんね、急に。びっくりした?」


「少しだけ。でも大丈夫」


「そっかー。リー、いい子」



いい子。

前は嬉しかったその言葉も、最近は微妙な気持ちになる。

イクスや師匠に褒められるのは嬉しいのに、イクスに「いい子」と言われると、少しだけ、本当に少しだけ面白くないのだ。



「ん? リー、どうかした?」


「いい子って言われると……なんかやだ」


「んー?前は喜んでたよね?」


「今も嬉しいけど、なんか嫌なの」


「反抗期かなぁ」



反抗期というのが何かはよく分からないけど、反抗しているつもりはない。

ただ、面白くないだけで。



「あらぁ?シュバルツじゃない」



艶めかしい女性の声が聞こえたのは、ちょうどその時だ。

聞いたことのない声。

それも随分と、馴れ馴れしい。



「あ? あー、久しぶり?」


「なによ。もしかして久しぶり過ぎて私の名前も忘れちゃったの?」



女性は随分と素肌を出した派手なドレスを着ていて、髪型も華やかだ。



「別に。元々名前を覚えるほどの仲じゃなかったと思うけど?それより何?忙しいんだけど」



かたや、声をかけられたイクスは冷ややかな態度。



「そんなこと言っちゃって。なぁに?最近ご無沙汰なのは、そこのお嬢さんが理由かしら?」



リーアに視線が向けられる。

リーアは、今も大人に見える魔法をかけているけれど、その女性に比べれば、若くは見えるかもしれない。

でも、お嬢さん扱いされるのは、腹が立つ。



「アンタには塵ほども関係ない。行くよ」



イクスはリーアの肩をだいて歩きだそうとしたが、それを止めるように、女性は後ろから声をかけてきた。



「そんなスレてないようなお嬢さんじゃ、物足りないでしょ?シュバルツなら、いつでも相手するわよ」


「大きなお世話。それと、彼女より魅力があって、俺をその気にさせる女はいないよ。アンタなんてお呼びじゃない」


「あら。お嬢さん、シュバルツのこと満足させられてる?」



今度はリーアに声をかけてくる。

随分しつこい人だ。

リーアは、ため息をついて、師匠を思い浮かべた。


(師匠みたいに。師匠みたいに)



「しつこい人ね。そんなに男に困ってるのかしら?」


「なっ……!」


「さっきも言われてたと思うけど、あなたなんて必要ないのよ。わかったら、もう声かけてこないでくれる?」


「生意気なっ」


「生意気なのはお前だよ。これ以上しつこくするなら、俺、何するかわかんないよ?」



とどめにイクスに凍りつくような視線と殺気を向けられて、女性は悔しそうに立ち去った。



「やれやれ。敵を釣るつもりが、変なのが引っかかっちゃったな」



イクスは疲れたように言うけれど、リーアは心の中のモヤモヤが晴れなかった。



「さっきの人……どんな関係だったの?」


「リー?」


「すごく、馴れ馴れしかったけど」



キョトンとしたイクスの顔が、ふっ、と柔らかくなる。



「あれ?もしかして、妬いてくれてる?」


「なにが?」



やく、といわれてもなんのことだかわからない。



「あれー?俺の勘違い?てっきりリーが嫉妬してくれたのかと思ったのに」


「嫉妬?」



これが?

この、ドロドロして汚い感情が、嫉妬?

恋愛小説にも出てきた。

でも、こんな醜い感情じゃなかった気がする。



「んー。リーは、あの女が俺に馴れ馴れしくしてたのが、気に入らなかったんでしょ?」


「うん」


「俺と特別な関係だったのかもって、面白くなかったんだよね?」



心情を言い当てられて、リーアはいいようのない気分になる。



「それはねぇ、あの女に嫉妬したってことだよ。でもね、リー。大丈夫。俺には、特別な関係の女なんていないよ。そりゃ、身体の関係があった奴はいるけど。でも、それも商売女だけだよ。心なんて、これっぽっちもない」



信じたくて、でも何か足りなくて、リーアは続きを促すようにイクスを見つめる。



「俺にとって特別な女の子は、今も昔も、それからこれからもずっと、リーだけだよ」



(特別な女の子は私だけ)


それは、ほんの少しリーアの心を明るくした。



「もう、他の女の人に触れたり、親しくしたりしない?」


「しないしない。いいねぇ、リーの独占欲。俺に向けられてると思うと、ゾクゾクする」



そう言って、イクスはリーアの顎を指先でクイッと上げた。



「証明しようか。俺が、どれだけリーに夢中か」



(これは、あれだ。あの、おかしくなっちゃうやつをする時のイクスさんの目だ)


少し悩んで、それでもリーアは頷いた。



「うん。証明、して?」


「いいの?知らないよ?」


「イクスさんから言い出したのに?」


「ははっ。違いない。ここじゃちょっとアレだから、家に帰ったら、ね」



家に帰ったら、また、気絶させられちゃうかもしれない。それでも、いい。

今は、イクスがリーアを特別な相手として見ているという確かな証拠が欲しかった。



「じゃ。今夜はもう釣れなさそうだし、このままさっさと帰ろうねぇ」



イクスが再び気配を消したのを感じて、リーアも気配を消す。

さっ、と空気が変わって、イクスが認識阻害魔法をかけたのがわかった。



「今夜は、イクスさんを狙う人は現れなかったの?」


「うん。そうみたい。余程、気配を消すのが上手いやつなら気づかなくても仕方ないけど、俺があれだけ隙を見せたのに何もしてこなかったからね」


「私の名前を言わなかったのも、それが理由?」


「そうだよー。リーも俺の名前は言わなかったね。

いい……いい女」



たぶん。

いい子、と言おうとしたのを言い直した。

それが分かっていても、「いい子」じゃなくて、「いい女」と言ってもらえて、リーアは満足した。

ほんとは、まだまだ「女」と言ってもらえるような年齢じゃなくて、子供なのはわかってる。

身体も、それからたぶん精神的にも、リーアはまだ子供だ。

それでも。

10歳という年の差がいつまでも埋まらないからこそ、イクスにだけは子供扱いされたくなかった。


「いい子」と言われて面白くなかった理由が、今ならストンと理解できる。


(そうか。私ずっと、イクスさんに一人前の女性として扱ってもらいたかったんだ)



イクスがリーアと夜を過ごすたび、リーアには決して言えない懊悩を抱えていることなど何も知らないリーアは、今夜初めて、「嫉妬」と「独占欲」と言うものを自覚した。


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