初めての嫉妬
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イクスと師匠に護身術を教わり始めてから数日。
今夜は、イクスの予定が空いていたので、リーアの取引の為に、いつもとは違うバーに来ていた。
いつもとは違う店とはいえ、個室を借り切るのはいつも通り。
特に困るような注文でもなく、希望通りに媚薬を売ると、店で注文したドリンクを飲むことなく、イクスとリーアは店を後にした。
店を出ると、イクスは店と店の間にある小路にリーアを引きずりこんだ。
何かあったのかと見上げると、イクスは厳しい顔で通りを見ていた。
もちろん、二人とも気配を消したままだ。
しばらくそうして様子を窺っていたが、やがてイクスはふうっと息を吐きだして、また大通りに戻った。
「ごめんね、急に。びっくりした?」
「少しだけ。でも大丈夫」
「そっかー。リー、いい子」
いい子。
前は嬉しかったその言葉も、最近は微妙な気持ちになる。
イクスや師匠に褒められるのは嬉しいのに、イクスに「いい子」と言われると、少しだけ、本当に少しだけ面白くないのだ。
「ん? リー、どうかした?」
「いい子って言われると……なんかやだ」
「んー?前は喜んでたよね?」
「今も嬉しいけど、なんか嫌なの」
「反抗期かなぁ」
反抗期というのが何かはよく分からないけど、反抗しているつもりはない。
ただ、面白くないだけで。
「あらぁ?シュバルツじゃない」
艶めかしい女性の声が聞こえたのは、ちょうどその時だ。
聞いたことのない声。
それも随分と、馴れ馴れしい。
「あ? あー、久しぶり?」
「なによ。もしかして久しぶり過ぎて私の名前も忘れちゃったの?」
女性は随分と素肌を出した派手なドレスを着ていて、髪型も華やかだ。
「別に。元々名前を覚えるほどの仲じゃなかったと思うけど?それより何?忙しいんだけど」
かたや、声をかけられたイクスは冷ややかな態度。
「そんなこと言っちゃって。なぁに?最近ご無沙汰なのは、そこのお嬢さんが理由かしら?」
リーアに視線が向けられる。
リーアは、今も大人に見える魔法をかけているけれど、その女性に比べれば、若くは見えるかもしれない。
でも、お嬢さん扱いされるのは、腹が立つ。
「アンタには塵ほども関係ない。行くよ」
イクスはリーアの肩をだいて歩きだそうとしたが、それを止めるように、女性は後ろから声をかけてきた。
「そんなスレてないようなお嬢さんじゃ、物足りないでしょ?シュバルツなら、いつでも相手するわよ」
「大きなお世話。それと、彼女より魅力があって、俺をその気にさせる女はいないよ。アンタなんてお呼びじゃない」
「あら。お嬢さん、シュバルツのこと満足させられてる?」
今度はリーアに声をかけてくる。
随分しつこい人だ。
リーアは、ため息をついて、師匠を思い浮かべた。
(師匠みたいに。師匠みたいに)
「しつこい人ね。そんなに男に困ってるのかしら?」
「なっ……!」
「さっきも言われてたと思うけど、あなたなんて必要ないのよ。わかったら、もう声かけてこないでくれる?」
「生意気なっ」
「生意気なのはお前だよ。これ以上しつこくするなら、俺、何するかわかんないよ?」
とどめにイクスに凍りつくような視線と殺気を向けられて、女性は悔しそうに立ち去った。
「やれやれ。敵を釣るつもりが、変なのが引っかかっちゃったな」
イクスは疲れたように言うけれど、リーアは心の中のモヤモヤが晴れなかった。
「さっきの人……どんな関係だったの?」
「リー?」
「すごく、馴れ馴れしかったけど」
キョトンとしたイクスの顔が、ふっ、と柔らかくなる。
「あれ?もしかして、妬いてくれてる?」
「なにが?」
やく、といわれてもなんのことだかわからない。
「あれー?俺の勘違い?てっきりリーが嫉妬してくれたのかと思ったのに」
「嫉妬?」
これが?
この、ドロドロして汚い感情が、嫉妬?
恋愛小説にも出てきた。
でも、こんな醜い感情じゃなかった気がする。
「んー。リーは、あの女が俺に馴れ馴れしくしてたのが、気に入らなかったんでしょ?」
「うん」
「俺と特別な関係だったのかもって、面白くなかったんだよね?」
心情を言い当てられて、リーアはいいようのない気分になる。
「それはねぇ、あの女に嫉妬したってことだよ。でもね、リー。大丈夫。俺には、特別な関係の女なんていないよ。そりゃ、身体の関係があった奴はいるけど。でも、それも商売女だけだよ。心なんて、これっぽっちもない」
信じたくて、でも何か足りなくて、リーアは続きを促すようにイクスを見つめる。
「俺にとって特別な女の子は、今も昔も、それからこれからもずっと、リーだけだよ」
(特別な女の子は私だけ)
それは、ほんの少しリーアの心を明るくした。
「もう、他の女の人に触れたり、親しくしたりしない?」
「しないしない。いいねぇ、リーの独占欲。俺に向けられてると思うと、ゾクゾクする」
そう言って、イクスはリーアの顎を指先でクイッと上げた。
「証明しようか。俺が、どれだけリーに夢中か」
(これは、あれだ。あの、おかしくなっちゃうやつをする時のイクスさんの目だ)
少し悩んで、それでもリーアは頷いた。
「うん。証明、して?」
「いいの?知らないよ?」
「イクスさんから言い出したのに?」
「ははっ。違いない。ここじゃちょっとアレだから、家に帰ったら、ね」
家に帰ったら、また、気絶させられちゃうかもしれない。それでも、いい。
今は、イクスがリーアを特別な相手として見ているという確かな証拠が欲しかった。
「じゃ。今夜はもう釣れなさそうだし、このままさっさと帰ろうねぇ」
イクスが再び気配を消したのを感じて、リーアも気配を消す。
さっ、と空気が変わって、イクスが認識阻害魔法をかけたのがわかった。
「今夜は、イクスさんを狙う人は現れなかったの?」
「うん。そうみたい。余程、気配を消すのが上手いやつなら気づかなくても仕方ないけど、俺があれだけ隙を見せたのに何もしてこなかったからね」
「私の名前を言わなかったのも、それが理由?」
「そうだよー。リーも俺の名前は言わなかったね。
いい……いい女」
たぶん。
いい子、と言おうとしたのを言い直した。
それが分かっていても、「いい子」じゃなくて、「いい女」と言ってもらえて、リーアは満足した。
ほんとは、まだまだ「女」と言ってもらえるような年齢じゃなくて、子供なのはわかってる。
身体も、それからたぶん精神的にも、リーアはまだ子供だ。
それでも。
10歳という年の差がいつまでも埋まらないからこそ、イクスにだけは子供扱いされたくなかった。
「いい子」と言われて面白くなかった理由が、今ならストンと理解できる。
(そうか。私ずっと、イクスさんに一人前の女性として扱ってもらいたかったんだ)
イクスがリーアと夜を過ごすたび、リーアには決して言えない懊悩を抱えていることなど何も知らないリーアは、今夜初めて、「嫉妬」と「独占欲」と言うものを自覚した。




