城の外へ
その日は、朝から外が賑やかだった。
園遊会でもしているのか、はたまた王族の茶会なのか。
なんにせよ、このような時は姿を隠していたほうがいい。
それは、物心ついてからこれまでの経験で、フィリアの身に染み付いたことだった。
すきま風の入る納屋の片隅で、身体を丸めていたフィリアは、外から聞こえる物音が、いつもとは違うことに気がついた。
いつもなら、甲高い笑い声や、楽しそうな音楽が聞こえるのに、今日は、怒鳴り声のような野太い男の人の声や、悲鳴が聞こえてくるのだ。
何が起こっているのか、気になりはするが、もう、外のことを教えてくれる下働きのマーサはいない。
マーサが泣きながら別れを告げてから、どれくらいの月日が経ったのかも、フィリアにはわからない。
それは数ヶ月のような気もしたし、数年のような気もする。
時折食べ物を運んでくれていたマーサがいなくなってから、フィリアは時折、夜中にこっそり納屋を抜け出しては、台所の勝手口の外にある屑入れの中を漁って、飢えを凌いできた。
見つかれば酷い折檻が待っているのはわかっていたから、フィリアは気配を消し、足音を忍ばせ、屑入れと納屋を行き来していた。
納屋を出て、外の世界で暮らしてみたいと思ったことはない。
外に出たからと言って、自分が生きていけるとは思えなかったからだ。
(私はいらない子で、人に憎まれる存在だから)
納屋を出て裏庭を歩いているのが見つかっただけで、石を投げられ、殴られ、罵られた。
猟犬をけしかけられたこともある。
外の世界になんて行ったら、殺されるだろう。
殴られなかったとしても、マーサがいつだか言っていたように、奴隷として酷い扱いを受けるだろう。
それなら、今の生活の方がマシな気がした。
ぼんやりしているうちに、外の物音は段々と大きくなっていたようだ。
金属のぶつかるような音に加えて、何かが崩れるような音も聞こえる。よくわからない地響きと共に、轟音が聞こえた。
フィリアの潜む納屋の中に煙が入り込んできたのは、それから間もなくだった。
「ゴホッ、ゴホッ…」
喉を焼くような煙に、慌てて口元を覆いながら、フィリアは密やかに納屋の戸を少しだけ開けた。
視界に入ったのは、赤。
よくわからないままもう少し開けてみると、外の世界は炎で覆われていた。
襲い来る熱気に、無意識に顔を覆う。
納屋を隠すようにある裏庭も、そびえ立っていた城も、何もかもが燃えていた。
混乱しながら辺りを見回して、初めて周囲の異様さに気がついた。
累々と転がる死体。
崩れ落ちた城壁。
燃え盛る園庭。
遠くに見える、剣を構えた見慣れぬ鎧の兵士たち。
(何が、起こったの…)
煙に包まれて、咳込み、涙を流しながら、フィリアはその場に立ち竦んだ
「君、誰?そんな所で何してるの?」
どこかから若い男の声が聞こえたが、自分に話しかけるものなどいないのでそのまま放っておく。
「おーい。聞こえてる?」
後ろからトントンと肩を叩かれて、フィリアはビクッとして身を竦めた。
「すみません!すみません!」
条件反射で謝罪をするが、その声は煙でまともな声にならなかった。
いや、煙がなくてもはっきりした声は出せなかっただろう。
何しろ、もう随分と長い間、まともに人と話していないのだから。
(ああ、また殴られる)
衝撃に備えて身体を固くするフィリアの顎に、指が当てられ、クイッと上を向かされた。
そこにいたのは、黒衣に身を包んだ黒髪の、見知らぬ隻眼の男。
その赤い目には、怒りや蔑みは浮かんでおらず、フィリアは戸惑った。
「かなり汚れてるけど…金の髪に、金の瞳。
え、もしかして、実在してたのか?『存在を消された王女』…」
男の言っていることはよく分からないが、確かにフィリアの髪は、くすんだ金色だ。
でも、王女だというのは違うと思う。
だって、本当のお姫様なら、自分に石を投げた彼女らのように、美しく着飾っているはずだから。
「うーん。どうしたもんかな。
とりあえず、連れて帰るか。
君も、このまま炎にまかれて死ぬのは嫌でしょ?」
どこかのんびりした男の言葉に、フィリアはただ、コクリと頷いた。
なぜかはわからないけれど、この人は信じても大丈夫だと、ぼんやりと思った。
フィリアはその日。
城に、国に、何が起こったのか何も知らないまま、生まれて初めて城外へ出た。
初対面の男に、荷物のように肩に担がれて。
その出会いが、フィリアの人生を大きく変えることになるとは、まだ知らぬまま。
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