薬師への一歩 2
朝起きると、ご飯のいい匂いがしていた。
(イクスさん、いつ戻ってきたんだろう)
日はすっかり昇っているみたいだ。
どうやら、昨晩はあのままぐっすり眠ってしまったらしい。
「あれ、起きた?もうすぐ朝飯だから、顔洗っておいで」
イクスに言われて、素直に顔を洗いに行く。
昨晩どこへ行っていたのかは、教えてくれないみたいだ。
夜中に帰ってきたのか、それとも早朝に帰ってきたのかも、リーアにはわからない。
イクスも、わざわざ言うつもりはないのかもしれない。
いつものように、イクスの膝の上に乗せられてテーブルの上を見ると、玉子を焼いたものや、この間市場で買ったソーセージと、サラダとスープが乗っていた。
イクスは、いつも沢山食べる。
朝も、昼も、晩も。
リーアは食べすぎるとお腹が痛くなるのでそんなに食べられないけど、そのうち沢山食べられるようになるとイクスが言っていた。
(沢山食べられるようになったら、もう少し大きくなるかな)
リーアの目下の悩みは、体が小さいことと、手伝えることがあまりないことだ。
掃除は、教えてもらった生活魔法で出来るようになったけど、食事の支度や湯浴みの準備はまだ一人では出来ない。
一度、やってみたいと言ったことがあるけど、その時は、イクスに、まだダメと言われてしまった。
朝ご飯をゆっくり食べ終わって、食器も洗い終えると、イクスは床の上に敷き布を敷いて、魚とか、赤黒い何かを並べ始めた。
「昨日言ったとおり、今日は動物の毒と薬について教えるよ。これとかこれは、動物の内臓。新鮮なものほどいい。
本当は動物を解体して採取するところからやった方が良いんだけど、リーアにはまだ危ないし、時間もないからねぇ」
(また、「時間がない」だ)
どうやら、リーアには早めに覚えなければいけないことが沢山あるらしい。
たぶん、早ければ早いほどいい。
でもそれがなぜなのかは、リーアにはわからない。
昨日と同じように、それぞれの特性をイクスは分かりやすく説明してくれる。
魚は、目の前で解体してくれた。
魚は、市場で見たことがあるだけだったけど、身体の中に毒のあるものがいるなんて思わなかった。
知らないで食べて、死んでしまう人もいるらしい。
動物の内臓は、薬になることが多いみたいだった。
すり潰したり、乾燥させたりして使うらしい。
お酒に漬け込んで置くものもあった。
そういうのは、出来上がるまでに時間がかかるという。
「イクスさんは、何でそんなに詳しいの?」
「俺は薬師ではないけどー、必要に迫られて覚えたって感じかな」
リーアは、自分がイクスのことをほとんど知らないことに気がついた。
会ったときに言っていた、「隠密騎士」というのについては、少しだけ教えてもらえた。
表立った仕事より、こっそりする仕事が多くて、あまり人に見つかってはいけないんだって。
リーアを助けて、一緒に暮らしていることも秘密らしい。
たぶん。
人を殺したりすることもあるんだと思う。
何となくだけど、そんな気配がする。
「じゃあ、午前はここまでにして、とりあえず昼飯食べよっか。何が食べたい?」
聞かれて、今まで作ってもらったもののうち、特に美味しかったものを考える。
「えっと、ジャガイモ茹でたやつと、ベーコンとパンがいい」
「たまには、芋とベーコンをパンに挟んでみる?
チーズも入れるとおいしいよ」
(おいしそう!)
チーズは、1回だけ食べさせてもらったことがある。
すごくおいしかったのを、リーアは覚えたいた。
「それが食べたい!」
イクスに言われて、リーアはイクスに対しては極力砕けた言葉で話すようになった。
まだこどもなのだから、適当な話し方でいい、と。
最初こそ困惑したが、今はもう慣れた。
でも、これから先、今までのような丁寧な話し方も必要になると言われている。
これから先、と言われても、それがいつなのか、どんな時なのかはまだ分からないけど。
イクスは、すぐにわかると言っていた。
「ほら、出来たよ。葉物野菜も挟んでるから、シャキシャキしておいしいよ。これは、普通のパンみたいに手で掴んで噛みつけばいいよ」
今日は、イクスは椅子に座らず、窓際の桟に腰掛けている。
リーアは、頑張って椅子に座り、パンにむしゃぶりついた。
(ほんとはお膝の上が良かったけど、わがままは言っちゃだめだから)
リーアが三口食べる間に、イクスはもう食べ終わっていた。
(お口が大きいからかな)
「あー、そんなに慌てて食べなくてもいいよ。ゆっくり食べなー」
イクスは、果実水を飲んでいるようだ。
果実水も、初めて飲ませてもらったときは感激した。
一人で生きていたときは、雨水くらいしか飲めなかったから。
井戸水を汲むには、リーアでは力が足りなかったからだ。
イクスからだいぶ遅れてパンを食べ終わったリーアは、テーブルの上の果実水を飲んだ。
やっぱりおいしい。
「さ、食べ終わったら、次の勉強を始めようか」
「うん」
午後からの勉強は、実際の薬作りだった。
とは言え、まだ簡単なものだけだけれど。
「じゃ、この草の効能は覚えてる?
うん、じゃあ、この草と合わせて、水をスプーン一杯、入れられた?じゃ、このすり鉢で潰して全部混ぜてみようか。順番も大事だから覚えてね」
言われた通りの順番で、言われたとおりの薬草を言われた通りにすり潰して混ぜていく。
独特の苦い臭いがしたが、問題ないらしい。
いくつかの配合と、手順を教えてもらって、しっかり覚えたところで、早くも夕ごはんの時間になった。
「リーア。夕飯は何が食べたい?」
(今日は、なんでこんなにも食べたいものを聞いてくれるんだろう)
「シチュー」
「ふっ、また?いいよ、少し時間かかるから、今日は手伝わなくていいから、俺が教えたことのおさらいしててねぇ」
(今日は、お手伝い出来ないんだ……)
それでも、イクスがおさらいしろと言ったのだから、今日習ったことだけでなくて、魔法や文章のおさらいもした。
夕ごはんの後、いつものように湯浴みをする。
今日も、お出かけするのかなと、じっと見ていたらパチっと目があった。
それだけで、イクスはリーアの言いたいことを理解してくれたみたいだった。
「今日は出かけないから、一緒に寝ようねぇ」
(よかった!)
リーアは頷いて、イクスが湯浴みをしている間に、見様見真似でベッドのシーツや毛布を整えた。
その時、枕の下にナイフがあるのを見つけたけど、見なかったことにして、そのままにしておいた。
イクスはベッドを見て、優しく頭を撫でてくれた。
「ベッドメイキングしてくれたんだね。いい子」
それ以上は特に何も言わず、二人でベッドに入ると、イクスはリーアを抱き寄せるように背中に手を回して、トントンとあやすように背中を叩いてくれた。
(これだめ。これされるとすぐに眠くなっちゃう。
もっと、お話したいのに)
頑張って起きてようとする意志に反して、リーアはすぐに眠りに引き込まれていった。