薬師への一歩 1
買い物をして帰ってくると、ローブを脱ぐなり、イクスさんは買い物袋の中からいくつかの草や実を取り出した。
「帰ってすぐで悪いけど、夕飯までもう少し勉強しようか。
ごめんね。時間がないんだ」
イクスがたまに言う、「時間がない」の意味は、よくわからないけど、イクスが言うなら、リーアに異存は無い。
「前に、草や木の実を食べてたっていってたけど、この中で食べられるか食べられないかがわかるものはある?」
言われて、見覚えのある草や木の実をしっかり見る。
よく似ていても、食べられるものとそうじゃないものがあって、間違えると大変だったのだ。
まず、食べられるものを左側に置いていく。
次に体が辛くなったものは右に。
そこで、リーアは手を止めた。
「あの、食べられるけどおいしくないものはどこに置きますか?」
「あー、苦いやつとか?じゃあ、それは俺の前に置いて」
食べたら、うぇってなる物はイクスの前に置いていく。体は辛くならなかったけど、まずかったものだ。
最終的に、10個くらいの植物が残った。
「だいぶわかるんだね。いい子。
じゃあ、分からなかったやつは俺が教えてあげる。
一度しか言わないから、しっかり覚えてね。
まずこれ。こっちの草とよく似てるけど、根っこが太くなってるのわかる?球根っていうんだけど」
2つ並べられた草は、確かに片方の根は真っ直ぐなのに対して、よく似たもう片方は根が丸くなっている。
「この、球根のある方が、毒草。食べると死ぬこともある。
次に、この草は─」
一度しか言わない、と言われたが、ゆっくり説明してくれるので、ちゃんと頭に入っていく。
食べても、唇が痺れるだけのものや、息ができなくなって死んでしまうもの。毒々しい色をしているのに、食べても大丈夫なもの。
イクスは、毒の見分け方や、組み合わせたら毒になるものも含めて、丁寧に分かりやすく説明してくれた。
「これで全部。覚えた?」
「はい」
「うん。じゃあ、次は薬になるものを教えるね」
何種類もある草花や木の実。
以前は何気なく口にしていたものが、病気や怪我に効くと聞いて、リーアは驚きながらも、そのすべての性質をしっかり頭に焼き付けていく。
「よし、今日はこれくらいかな。明日は動物や魚とかの毒と薬効について教えてあげるね」
(生き物でも、毒や薬になるものがあるんだ!)
早く教えてほしい気もしたが、イクスが今日はおしまいと言ったのだから、今日はもう教えてもらえないだろうし、さっき覚えたことを忘れてしまいそうな気もする。
教えてもらったことを、頭の中でしっかり復唱した。
「さ、飯にしよっか。今日はシチューだよ」
「シチュー?」
「そう。どんな物かは出来上がるまでのお楽しみ」
知らないことを知るのは楽しい。
リーアは、イクスと暮らすようになってそのことを知った。
今夜も、食事の支度を手伝わせてもらう。
まだ、刃物や火を使うことは手伝わせてもらえないけど、野菜を洗ったり、葉物を千切ったり、食器の用意をするくらいは出来るようになった。
(もっと色々出来るようになったら、また「いい子」って言ってもらえるかな)
リーアは、自分の小さな手を見て、いつかイクスみたいに様々なことが出来るようになる日を想像してみた。
思い浮かべた未来の自分は、なんだかすごく大人っぽくて、素敵な気がした。
(早く大人になりたいな。そうしたら……)
手早く料理を作っているイクスを見上げたら、何だか胸の奥がギュッとした。
それがなんなのか、今のリーアにはまだわからない。
「ん?どしたの?じっと見て」
「なんでも、ない」
「これから少し煮込むけど、そしたら出来上がりだから、もうちょっと待っててねぇ」
どうやら、お腹が空いたのだと思われたみたいだ。
(たしかにお腹は空いてるけど、さっきのは、そういうのとは違う感じがしたんだけどな)
出来上がったシチューと言うものは、暖かくて、具がホロホロで、すごく、すごくおいしかった。
今夜のサラダは、勉強に使った「食べられる草」がたくさん使われていた。
自分で毟って食べていたときよりも、ずっとおいしかった。
食べ終わって、リーアが食器を洗っている間に、イクスが湯浴みの用意をしてくれる。
「はーい、お風呂入れるよー。今夜は少し冷えるから、しっかり温まっておいで。身体と髪を洗うのも忘れないようにね」
リーアが頷いて、服を脱ごうとすると、イクスからストップがかかった。
「リーア?」
(そうだ。人前で裸になっちゃいけないんだった)
たとえそれが、信頼するイクスの前であったとしても、人前で、しかも男の人の前では脱いではいけないのだと、湯浴みをするようになってすぐに教えてもらった。
慌てて、服を着直して浴室のそばで服を脱ぐと、リーアは言われた通りには髪や体を洗って、湯船に沈んだ。
湯浴みは、今のリーアの中で、勉強の次に楽しみなことの一つだ。
温まるし、身体も痒くならない。
風呂から出ると、いつものようにイクスが髪を乾かしてくれる。
生活魔法を教えてもらったから、リーアにも出来ると思うんだけど、イクスは、細かな調整が必要な魔法だからと、まだ自分でやるのは止められている。
イクスも入るのかと思っていたら、どうやら違うようだ。
イクスは、服の上にローブを羽織っている。
お出かけの服だ。
「イクスさん、どっか行くの?」
「んー、ちょっとね。帰りは遅くなるかもしれないから、先に寝ててね。一人で眠れる?」
本当は寂しかったし、夜に置いていかれるのは不安でもあった。
でも、リーアは平気な顔をした。
「大丈夫です」
なんで、そんな強がりを言ってしまったのか。
迷惑をかけたくないという気持ちも確かにあるけれど、それだけでない気がした。
イクスは、リーアの気持ちにどこまで気がついているのか、フッと笑って、額にキスを落とすと、頭を撫でてくれた。
「じゃあ出かけるけど、一人になるときの約束は覚えてる?」
誰が来てもドアを開けない。
気配を消して、物音を立てないようにじっとしている。
イクスに言われたことを思い出して、しっかりと頷いて見せた。
「ん、いい子。じゃあね、おやすみ」
イクスが出ていくと、少し寒くなった気がして、リーアは慌ててベッドに潜り込んだ。
一人のベッドは少しさみしかったけれど、リーアはそのうち、眠りに落ちた。