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施設の制圧

 この牢獄はクローズド・ネットワークとなっていて、外部との通信はほとんど行われていない。表向きの刑務所とは役割が違い、政治犯やら敵国のスパイ、捕虜など存在自体を外部に秘しておきたい者達の牢なのだ。

 そのため人員も少なく、施設の規模もそこまで大きくはない。

 それらをセキュリティホールから確認していた俺は、まずはネットワーク越しに外部への扉を閉鎖。施設内の魔力を供給している発魔施設をオーバーロードさせて、機能不全へと追い込んだ。


 施設内の照明が落ち、情報端末なども使えなくなる。非常灯などは点いているが全体的に薄暗い状況となった。

 俺は魔力感知をベースにした心眼で周囲を確認し、人の気配を追っていく。彼らも仕事で俺を痛めつけていたとは思うが、無力化させてもらおう。


 この施設の人間は、情報を引き出す拷問官と施設の警備員、後は囚われている囚人で構成されている。食料などの雑務は自動化されていて、民間人がいないというのは、心理的ハードルを下げてくれた。


「先に警備員に対処したかったが……」


 さすがプロである。既に武器庫周辺にかなりの人数が集まっていた。施設内なので魔導騎士は置いてない様だが、人が着込むレベルのパワードスーツはあるらしい。

 銃器に対する防御結界と、白兵武器を振るう腕力を上げる仕様は、生身で戦う相手ではない。


「戦えなくはないが、魔力を無駄に使いたくもないな」


 味方のいない状況、頼れるのは自身の能力だけ。その根幹である魔力量が脱出への鍵となる。

 パワードスーツに対抗する身体強化や防御結界を張ってたらキリがない。スニークミッションを行うべきだろう。

 パワードスーツはそれ自体がかなりの魔力量なので、位置を特定するのは容易だ。逆にそれらに隠れてスナイパーなどが配されている可能性を考えた方が良いだろう。


「クラス対抗のかくれんぼが役に立つな」


 施設の警備隊がそうした潜伏に慣れているとは思わないが、拷問官は元々諜報部員である事が多い。現地で素早く情報を得るには尋問などのスキルが必要で、囚人から情報を聞き出すのにも応用が効くからだ。

 潜伏に慣れているプロは、その気配を断つのが上手いだろう。俺の魔力感知が通じない可能性も考慮に入れて目的地を目指す。


 最終目的地は宇宙へ飛び出せる飛翔艇が置いてある格納庫だ。しかし、そのまま向かったとしても警備が厳重で無事に飛び立てるとは思えない。

 それに宇宙へと出てからの脱出路も確認していかないといけなかった。空間転移ができる艦艇を入手しないと、帝国からは逃げられない。


 ただこの施設は特殊な事情を抱えている。

 まともな渡航記録に残らないように運行される船で、囚人を連れてくる必要があった。政府公認の密航船というややこしい船を持っている。

 普段は休眠状態で衛星軌道上を周回しているので、それを拾って星系外へ出られれば簡単には追跡されないはず。

 それだけに専用の起動コードが必要なのだが、それは所長室にあるらしい。俺はそちらへ向かうことにした。




 所長室の前にはパワードスーツを着た警備兵が2人立っていた。俺は囚人服に素足という姿である。

 攻撃手段は術式と空間収納に入れておいた幾つかの物質。武器として使えそうなのは、液体窒素だな。直接肌に触れれば凍傷を起こすだろう。空気中の水分が凍れば、視界が白く閉ざされる。

 パワードスーツにはフェイスプレートがないので、後はタイミングを合わせて2人同時に浴びせられるかだな。


 俺は光学迷彩の術式で姿を消し、正面から近づいていく。素足なので音を立てずに歩きやすい。ただ視界の中で動くと、輪郭がブレやすいので警備兵の視線が逸れている間にするすると近づく。

 警備兵の間、3mほどの位置に来た時、おもむろに柏手を打った。瞬間的に武器を構えて視線を合わせてきたのはさすがだが、その眼前に空間収納から液体窒素が詰まったカプセルが出現。1つを空中で破裂させ、周囲が白く染まる。


「うおっ」


 思わず顔を手で覆って声を上げた警備兵のそれぞれの口にカプセルを念動によって放り込む。後は物理法則に従って、カプセルが体温によって温められて一気に気化。体積が膨張して内側から破壊する。

 量がそれほどでもないので、致命傷ではないだろうが食道か胃が破れかねない威力を発揮した。


「ぐげぇーっぷ」


 口から気化した窒素を吹き出しながら倒れる警備兵を尻目に、俺は所長室へと入っていく。魔力探知で気配を掴んでいるので、扉が開いた瞬間に放たれた銃弾を防御結界で弾く。

 所長も諜報部上がりだとは思われたが、現役ではない。身体強化で速度を上げた俺の動きには対応しきれなかった。


 デスクを飛び越えながら側頭部への蹴り。それを辛うじて腕でブロックするが、そのまま足を振り抜いて壁まで吹き飛ばす。そのまま追いかけて背中からキャビネットへと突っ込んだ所長を捕まえ、床へと叩きつけた。

 両肩へと膝を乗せ、馬乗りの体勢で聞く。


「はじめましてか、拷問官の1人だったかは知らないが、俺の事は知ってるよな」


 組み伏された所長は渋々頷く。


「なら俺の欲しい物もある程度検討はつくよな。帝国保有の密航船を1つ譲って欲しい」

「……」

「俺が呪歌について教えてなければ、既に帝国はなかったと思うんだが、その恩を返そうと思わないかね」


 所長は黙して語らない。


「さて、俺も非道ではないので、命まではいらないんだ。密航船の起動コードを教えてくれ」

「誰が教えっ」


 反論しようとした所長の鼻面に拳を振り下ろす。それと共に電流を流し込んでやる。びくびくと所長の身体が跳ねるのを、膝に力を入れて押さえ込む。


「お、これが起動コードか。なるほど、拷問官の読み取り技術というのは確からしい」


 何度も読み取り装置に掛けられた結果、その術式の解析は終わっている。質問に対して浮かび上がる記憶を読み取る事ができた。


「後は具体的な密航船の座標だが……」

「……」


 目を逸らして黙る所長。脳裏に浮かぶのは正しい座標か、それを誤魔化せるのか。一応、読み取ってはみたが、正解なのかは行ってみてだな。


「本当は俺が味わったのと同じくらい痛みを与えたい所だが時間がねぇ。後は音楽鑑賞を楽しんでくれ」


 俺は記録していた呪歌を所長の耳元で再生してやる。ほどなく魔力を奪われ、所長の意識は刈り取られた。


「まだまだ優しいね、俺は」


 ま、ここで死ぬのと、俺の脱走を阻めなかった責任を追求されるのと、どっちが辛いかは分からないが。


「それにしても呪歌か。帝国がこの一年でどれだけ対策を進めたか確認してやろう」


 呪歌の発動は低コストだ。歌を流すだけだからな。その歌を歌うのが難しい訳だが、録音した呪歌を流すだけならさして難しくはない。

 可聴域を外れた音も含まれるので、一般的な録音機材では取りこぼす部分もあるが、俺はそれらも含めて記録してある。


「Hey,everybody It's show time!」


 まさかとは思うがあの歌にだけ対応した訳じゃないよな……と思いつつ、あの研究所で聞かされた亡国の歌姫のレパートリーから呪歌を引っ張りだして再生していく。


ここに Hey go now

破滅へRock Rock!

Yeah 何時でも Just be cool.


 施設の魔力源を落としてしまったので、館内スピーカーが使えないのが難点だが、多少なりと効果があれば御の字だろう。

 単純にテンション上げるには良い曲だしな。

液体窒素を使ったカクテルを飲んで、胃が破裂した事例があるそうな……恐ろしい

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