戦況の趨勢
光の奔流により戦場が洗い流されて、一瞬の静寂が訪れた。戦場に響いていた戦歌も伝える媒体を流されて途切れている。
戦場の中でいち早く復帰したのは、防御結界が堅牢な戦艦からだ。ヴェルグリード公爵の旗艦も艦橋内の各担当官が被害状況を確認していく。
「要塞砲による一掃にて周辺に展開されていた歌伝達システムの破壊に成功しています」
「本陣に向かっていた敵魔導騎士の動き、止まりました」
「敵駆逐艦、巡洋艦も要塞砲により、航行不能状態と思われます」
まずは敵軍の様子が確認された。旗艦の安全を確保するためには、襲来していた魔導騎士の無力化こそが第一優先事項である。
「味方戦艦とのリンクが回復、各艦の損傷軽微。周辺空域の情報収集を開始しています」
「巡洋艦、駆逐艦クラスは一時航行不能に陥る艦もあり、復旧作業が開始されています」
「魔導騎士部隊も多くは戦艦の庇護下に逃れており、継戦可能との事です」
魔力を拡散させた要塞砲は、駆逐艦クラスの船殻を貫通する事はなく、深刻なダメージは負っていなかった。
その分だと、魔導騎士単体で砲撃を受けても撃墜までは至らない可能性もある。敵味方の区別なく放った要塞砲は、敵の勢いを殺す事に重点を置いており、それは周辺の戦歌が止まった事で達成されたと見ていいだろう。
「砲撃可能となった艦から、敵艦隊の殲滅を行え。敵魔導騎士の動きも正確に捉えよ」
参謀官の指示が飛ぶ。こちらの駆逐艦に深刻なダメージはなかったので、相手もまた生きている可能性が高い。叩けるうちに叩くのが鉄則だ。
敵が動き出す前に、極力戦力を削る必要がある。相手が機動力重視で戦艦を同伴しなかった分の優位をしっかりと確保しなければならない。
戦艦の主砲が機動力を失い慣性航行不能にする巡洋艦に火力を集中、防御結界を飽和させて大破させていく。
巡洋艦がなくなれば、魔導騎士達も戻る母船がなくなり、魔力切れを起こせば補給も受けられない状況となる。
本陣防衛の目処は立った。
一方で敵戦艦へと攻めた部隊の状況を見て、俺は少し動揺する。最初に攻めた1団は、戦艦からの一斉射により壊滅していた。
公爵は俺が伝えた次元回避の使い所を、前線の部隊には伝えなかったようだ。しかし、即座に2団目を派遣した事により、敵陣の突破に成功し、敵船へと迫っていた。
俺の提案を完全は信じていなかった公爵は、保険として第1団目に主力ではなく、血気に逸る弱小貴族の集団を使用したらしい。
次元回避を知らされていなかった先鋒は、敵との乱戦中に戦艦からの砲撃を受けて半壊。そこへ本命である公爵麾下の主力部隊を投入。敵魔導騎士の制圧に成功したらしい。
被害を抑えるためには良い判断なのかもしれないが、無用の生命を散らした様に見えてしまう。
公爵の魔導騎士部隊は敵戦艦への突入を成功させて、壊滅的なダメージを与える事に成功したようだ。
2個師団を失った時点で、王国艦隊は転進を開始。殿に戦歌で高揚させた死兵を配置し、追撃を阻止する事で被害を抑えて逃げて行った。
追撃はそこそこに、本星周辺の奪還を優先させた公爵達は、星系内を掌握に成功し本星の奪還という栄誉を得るに至る。
これで公爵と共にあった皇太子がそのまま皇帝へと押し上げられる事になるのだろう。
「何にせよ、僕の仕事はここまででいいよね」
軍議室に留め置かれた俺は、戦況をモニターで確認して、これ以上大きな波乱は起こらないだろうと予測をつけて、ソファへと身体を沈める。
しかし、その反動で身体が天井に向かって浮き始めた。
「何だ、重力発生術式の故障か?」
そう思って姿勢を制御しようと、風の術式を起動しようとして魔法阻害結界の中に囚われている事に気づいた。
「装置の誤作動……だったらいいんだが」
あらゆる魔法術式が阻害され、部屋の照明やモニターなども次々に消えていき、部屋は真っ暗になってしまった。
無重力で真っ暗な中を漂い、たまに天井か壁か床かにぶつかって、逆方向へと跳ね返るを繰り返す。そのうちに意識が混濁していくのを感じた。
部屋の酸素濃度が下がったか、二酸化炭素中毒か……徐々に思考能力が落ちていき、俺は意識を失った。
次に目を覚ました時は重力が戻っていた。しかし、視界は暗闇に閉ざされたまま。アイマスクを付けられているのだろう。
身体は座った状態で後ろ手に手首を固定されている。足も何やら重しが付いている様で動かしにくい。
身体強化で拘束を解けるか試そうとしたが、魔力が上手く働かない。心臓や丹田で練った魔力を脳の術式へと運ぼうとすると、首の辺りで魔力が消えてしまう。
何らかの封印が施されていた。
額の魔力溜まりを使って身体強化をしようとしたら、また首の辺りで術式が途切れ、手足までは魔力が流れそうにない。
となると、下手に魔力は使わずに温存するのが吉だろうな。すぐに殺されていないという事は、俺を捕らえた奴にとってまだ利用価値があると言うことだ。
公爵の旗艦で軍議室を丸々捕獲装置として使用したのだ、犯人は公爵自身で間違いないだろう。
では何が目的で俺を捕縛した?
「目が覚めたようだな、ユーゴ・タマイ」
男の声が聞こえる。聞き覚えはないな。
「貴様にはスパイ容疑が掛けられている」
「はぁ?」
男の言葉に俺は思わず間抜けな声をあげてしまった。
「帝国諜報部も掴んでいなかった呪歌や次元回避という技術をなぜ知っていた?」
「か、過去に文献で読んっ」
手首の辺りから痛みが全身を走った。
「軍学校にも帝国図書館にもない技術だ。過去にその様なものが存在したという記録すらない。なぜそれを知っている?」
「だ、だから、昔読んっっ」
俺が声を発しようとすると、また痛みが走る。電流でも流されているみたいだ。
「ふむ、読み取り装置までジャミングしているか。スパイなら当然だな。しかし、何度も繰り返して、サンプルを取っていけば、いずれプロテクトを破る事はできる。それは何度も苦痛を味わう事と同義だ。楽になりたければ、自分でプロテクトを外す事だな」
「ひぐっっっ」
再度、全身に痛みが走る。身をよじって逃げようとするが、完全に椅子へと固定されていた。
痛みを与えて、その反応を拾って何かをしようとしているみたいだ。
痛覚を遮断するだけなら、首から上の魔力と術式で可能だが、そうしたら別の手段を用いるだけだろう。
「なぁに、帝国本星が奪還された今、情報を引き出す時間は幾らでもある。精々抵抗してみるんだな」
全身に走る痛みで耳鳴りがする中、男はやや愉しそうに言った。
どれだけの時間が経っただろうか。椅子からは解放されたらしいが、手足は拘束されたまま地面に転がされている。
アイマスクに視界は閉ざされたまま。不快な臭いは俺自身が吐き出した体液やらの臭いなのだろう。
散々に痛めつけられ、もがく体力も気力もない。動かせるのは頭の中だけか。何やら読み取り装置とか言ってたが、人の頭の中を覗く魔道具でもあるんだろう。
微弱な魔力が頭にチリチリと干渉しようとしてくる気配を感じている。しかし生まれた時に刻まれた複雑な術式の数々がその入り込んでくる魔力を遮断しているらしい。これらを解析しきらない事には、俺の脳内を覗くことはできないだろう。
相手は俺の言葉なんてアテにしていない。嘘をつくだろうとの予測か、読み取り装置を絶対だと思っているか、何にせよ俺が話そうとしてもそれを遮って、痛みを与えて来ていた。
話そうとして脳裏に浮かべた言葉を読むというのが、帝国の拷問なのだろう。
「面倒くせぇ」
読み取り装置が働かない理由を奴らが見つけるまでは、何度も痛みを食らうんだろう。先の見えない暗闇に、俺は思考が溶けていくままに眠りに落ちていく。




