王国軍の攻勢
いよいよ互いの先陣が重なり、魔導騎士による攻防が開始された。交戦距離まで近づけば、ほぼ戦場でのタイムラグはなくなり、リアルタイムの映像が届く。
何百という光の点が入り乱れての攻防となっていく。射撃武器が防御結界に防がれる魔導騎士戦は、白兵武器による攻撃がメインとなる。
それは三国志などの騎馬部隊の動きに近いのかもしれない。長物を構えた先鋒の魔導騎士同士がすれ違いざまに攻撃しあい、そのまま後方の防衛部隊、戦艦に向けて特攻を掛ける。
やがて先鋒が防衛部隊へと到達すると、守りを固めた所へ、進軍してきた勢いのままに特攻していく。
まずは勢いのままに敵陣を切り裂き、防衛部隊を分断、連携を乱して戦力を削いでいく。
そんな特攻を掛ける部隊は猛者揃いだろう。防衛部隊が数で勝っていたとしても、恐れずに向かっていく。
「相手の押し込みが強い?」
「いや、敢えて亀裂を入れさせて、左右から締め上げるつもりでしょう」
敵の一団が防衛部隊の中心を見事に割きながら進んでいるのを見て聞いてみると、情報分析官は防衛部隊の戦術だと見ていた。
近接武器は速度がそのまま威力に繋がる。待ち受ける防衛部隊が正直に盾を構えていても不利。なれば勢いを殺しつつ、向きをコントロールして陣の中程で止まるような事になれば、包囲して叩く事ができる。
なのでいかに勢いを保ったまま攻撃を続けられるかが攻め手の肝だ。
「む、締付けが浅いですね」
情報分析官が眉を寄せて呟くと、敵軍は防衛部隊を突き切り反対側へと抜けていた。ただ防衛部隊は多層に展開しており、戦艦まではまだ幾つかの陣を抜けなければ辿り着かない。
それまでに勢いを減じる事ができるかと見守っていると、敵軍は反転して最初の陣へと再び切り込んでいった。
敵の狙いは戦艦ではなく、魔導騎士の部隊を減らすことなのだろうか。
「乱戦を作り出そうとしている様にも思いますが、こちら側には敵の艦砲射撃は届かないはず……」
次元回避でダメージを狙うには、敵艦の砲撃範囲にいないと使えない手だ。敵陣に切り込んでいる部隊は自力で敵を撃破するしかない。
確かに攻め手の部隊は精強で、守備隊は弱兵が多い。ただ数は守備隊の方が多く被弾しても交代しやすいので、倒し切るのは難しい。
攻め手は補給もままならないので、一撃離脱で戦果を上げるために戦艦を狙うのがセオリーだ。しかし、相手は魔導騎士同士の戦闘を狙っている。
「戦場に敵の目を引き付けておいての奇襲狙い?」
「無灯火の艦影を確認! 本陣に向かっています!」
俺がその可能性に気づいた時、索敵班から報告の声が上がった。機動性を重視した巡洋艦と駆逐艦で編成された4個艦隊が、危惧していた主戦平面より天頂寄りの方向から接近してくる。
気づいていなければ危険な奇襲だが、相手が攻撃してくる前にこちらが先に気づけた。相手は魔力反応を絞るために、防御結界も最低限の展開。
「引き付けて一斉射で仕留めよ!」
艦長の号令で艦内の空気が引き締まる。
その時、戦場に歌声が響いた。
その翼は 傷ついた戦士の前 舞い降りる幻想の守り人
その魂を導くために 闇の橋を駆ける
「対呪歌ジャミングを徹底させろ!」
「自軍への被害は今のところありません。ジャミングに成功しています!」
「奇襲に呪歌、対策できていればどうという事もない。敵艦隊へ砲撃開始!」
運命に背いても 涙を引き裂いても
夜明け前に 命を輝かせる
「敵艦より魔導騎士が発艦、接近してきます」
「艦砲は敵艦に集中。防衛隊を向かわせろ!」
旗艦は本陣の2個師団によって守られている。見えている奇襲4個艦隊では、びくともしないはずだ。
しかし、敵の魔導騎士部隊は最精鋭だったのだろう。防衛戦を次々に貫いて迫ってくる。
光の鎧を身にまとい 宇宙を駆ける 最強の翼
「これは戦歌かっ」
「何ですか、それは」
「味方の戦意を高揚させる歌です。身体強化などの魔法に近いですが、主に精神を強靭にします」
かつて研究所で見たのは、チーム戦での歌。仲間の士気を高めるというよりは、恐怖を忘れさせる様な急き立てる声だった。
それは窮地に追い込まれた死兵の様に、前へ前へと進んでくる。
「ただ戦法は単純になりがちです。厚い弾幕を張って、数を減らして下さい」
まっすぐに突っ込んでくるだけ。連携もなく、前へ前へと我先に。しかし死を恐れない特攻というのは、簡単に止まるものではない。
異常に研ぎ澄まされた感覚で、砲撃を避け、魔導騎士をすり抜け、旗艦へと迫ってくる。
旗艦に被さる様に戦艦が盾となり、奇襲部隊を受け止める。敵の魔導騎士は戦艦に突撃すると、全身から光を放ちながら自爆した。魔導騎士の魔力タンクにある全魔力を1つの破壊魔法へと昇華した一撃は、戦艦の装甲をも貫き船体をへし折る。
「リーングランデ撃沈! ウェルグエン中破!」
「防衛部隊は何をやっている!」
「弾幕薄いぞ、何やってんの!?」
「旗艦を下げろ、駆逐艦でいい、盾に使え!」
悠然と構えていたはずの旗艦艦橋が、阿鼻叫喚に包まれていく。それほどに勢いのある特攻を見せてくる。
そこへ横手から砲撃が走った。本陣の危機を察した艦隊が、援軍に来てくれたようだ。
「ルーデリッヒ伯の艦隊が来ました!」
「よし、時間を稼がせろ。本陣の艦隊を立て直す!」
ルーデリッヒ伯爵艦隊が旗艦と敵奇襲艦隊の横から割り込む形で防衛に入り、魔導騎士を新たに吐き出して敵の魔導騎士を押さえにかかる。
新兵のケルンが出陣する事はないと思いたいが、戦力を出し惜しみできる状況でもない。
俺ができる事を探す。刻々と変わる戦場の様子に介入するほどの知識はない。魔導騎士を借りて出陣するのも余ってる機体などないだろうし無理だろう。
となればやはり相手の歌を止めるのが一番か。
呪歌をジャミングする技術を応用して、戦歌への干渉ができないか探る。呪歌や戦歌などの魔歌はその構造上、かなり繊細なチューニングがされている。聞いたものの体内で術式を起動し、直接的に効果を発揮させるのは簡単ではない。
その旋律を乱してやれば、まともな術にはならないはず。
敵の船の上に浮かぶ歌姫の姿は例の音声データを含む幻影になっているだろう。通信を通しても声を届けているはず。
それを断ち切るには……。
「要塞砲を使って、魔力を押し流しましょう」
「何だと!?」
「歌の伝達言はあくまで魔法です。幻影は光術式、音声は風魔法でしょうから、そこへ干渉する形で要塞砲の術式を放てば、旋律を狂わせられるはずです!」
要塞砲の術式を短時間で書き換えるのは難しいだろうから、収束率を極力さげて広範囲に弱めの砲撃を放つ形で戦場の魔力をかき乱させる。
「拡散した砲の威力なら、戦艦1隻の防御結界で防げるでしょうから、魔導騎士は戦艦の影に入れる形で、とにかく広く薄く魔力を放って下さい」
「くそっ、やれる手は試していくしかないな。衛星要塞に伝達、狙いはいらんからぶっ放せ」
情報分析官が叫ぶ。敵味方が入り乱れる中、最速で実行された要塞砲による広範囲攻撃は、光の奔流で戦場を染め上げていった。




