戦闘指導
「3人で囲うなら、タイミングを合わせなきゃ」
死角を含め、三方から迫るうちの一人にこちらから近づき接敵。相手の攻撃を受ける。
「足技はリーチの面でも威力の面でも優れているが、拳よりも当てにくく、自身のバランスも危うくする」
蹴りを放ってきた男の間合いを外し、懐へと飛び込んで軸足を攻める。膝裏を軽く蹴ってやれば、カックンと崩れ落ちた。
「てめぇっ」
追いかけてきた一人が背後から殴りかかってくる。
「折角背後を取ってるのに、声を出したらタイミングがバレるだろう」
そう言いながら拳を払う。背丈の違いから、どうしても前のめりになっているので、通り過ぎざまに尻を蹴飛ばすと転倒した。
「まあ、あまり背丈の違う相手とやり合うことも少ないと思うけど、打ち下ろそうとすると上半身が前に出て転びやすい」
ブベッと突っ伏す。
「転倒した状態というのはかなりの不利になる。なので、転ぶと思ったら、自分から回転するのも一つの回避策になる」
「何を偉そうに言ってやがるっ」
そう言いつつも前のめりにならないように軸足に重心を残しつつ拳を繰り出してくる。ただ慣れていないのだろう、重心が後ろに下がり過ぎである。
すっと間合いの内側に入ると、足を払いながらトンと腹を押して尻もちをつかせた。
「こうやって3人がバラバラに対処されたら、3人で囲んだ意味がないんだよ」
ベルゴの連中と対した時と違って意識までは奪っていない。単にすっ転ばせただけだ。腰に手を当てながら男達に言う。
「個々の戦力という意味では、ベルゴと大差ないと思うよ。ならば戦術を工夫するなり、技術を伸ばすなりすれば、有利に立ち会えるはずだ」
10歳の子供にいいようにやられて呆然とした男達は、互いに目配せして立ち上がる。
「い、今のはちょっと油断しただけだ。本気でいかせてもらう」
「お、おうっ」
最初に投げ飛ばした男を含めた4人が周囲を囲んで迫ってきた。本気とやらはよくわからないが、人の話を聞く耳は持っているのか、こっちから近づこうとしたら、間合いを調整して攻撃のタイミングを揃えようとしてきた。
「学習能力があるというのはいいんだけど、さっきと違う点があるよね?」
互いに等間隔、4方向から攻めた場合に、タイミングを揃えすぎるとどうなるか。俺がばっと地面に伏せると、互いに正面のヤツを殴ろうとしてしまい、慌てて手を止める。
急制動をかけるとどうしても次の一手が遅くなってしまった。
足の止まった男達の間をすり抜けると、一人の背中をトンと押す。
「ふべっ」
バランスを崩した男は正面の男へ抱きつくような形で押し倒す羽目になる。そこからロマンスが始まるかはさておき、動きを止めた4人に向き直る。
「十字砲火というのは、4方から攻撃することじゃない。そんな事をしたら、外れた弾は味方に撃ち込まれる事になるからね。さっきは3人で3方からだったから、攻撃を外してもかち合うことはなかったけど、これが偶数になると避けられた時に問題が生じる」
言われたことを素直に行動に活かせるというのは、悪いことじゃないけど、その意味まで考えないと、本領を発揮できない。
「4人で囲むなら、攻撃するのは2人でいいわけだ。背後も気にしながら2人に攻撃されたら、防御は難しくなる。連携というのも同時に攻撃すればいいというものじゃなく、相手が避けた所に追い打ちするやり方もあるんだ」
尤も1人を4人で囲ってる時点で、かなり要領は悪い。少人数での戦いならそういう場面もあるだろうけど、グループ同士の戦いで人数が偏る事なんてほとんどないから、こういう限られた状況の話をしても、戦力アップには繋がらない。
ただ根本的な考え方を仕込むには、どうしてそうなったかを知らしめる必要がある。
俺もまたアイネに叩き込まれた事。一時の恥を忍べるかが、成長への鍵だ。その点でコイツラは口では文句を言いつつ、俺が言ったことを素直に反映させてくる。
ならば戦えるように導くだけだ。
こっそりと身体強化で体力面をフォローしつつ、短時間でもみっちりと動きを叩き込めば経験値は貯まる。もはや動くことも叶わない男達へと野菜スープを振る舞う。
「う、動けねぇ」
鼻をヒクヒクさせながらも指一本動かせない様子にニヤリと笑みを浮かべつつ、魔法を発動させる。
「スタミナリカバリー」
体力を回復する魔法に、男達は徐々に動けるようにはなる。ただ治癒魔法ではないので、傷は癒えないので、体を動かすとあちこちが痛むだろう。
そして、明日には筋肉痛に苦しむ羽目になる。ただそうしないと筋力はつかないから我慢してもらおう。
「う、うめぇ……けど、染みる」
口の中も切っているのだろう。呻くように呟いていた。
「兄ちゃん、すげー」
「つよいー」
「ぴゅーでどすんて」
「すげー」
既にスープを平らげていた子供達は、男達を特訓する様子を見ていたのだろう。尊敬の眼差しで俺を見てきた。
「まあ、あんなものはコツだな」
適当に答えつつ、寸胴へと戻った。スタルクの男どもによそった分で底をついている。空になった寸胴を魔法で洗浄してから空間魔法で収納。
その他の調理器具も片付けた。
「兄ちゃん、また飯作って」
「作ってー」
「またそのうちな」
「やったー」
素直に喜ぶ子供達は5歳前後だな。もう少し上の連中になってくると、得体の知れない者として警戒の色が濃い。
まあ、俺が普通の子供なら、大人をコテンパンにする奴とお近づきになりたいかと言われれば、否だろう。
「そういえば……」
自分の分を確保するのを忘れていた。結局、俺はバラック小屋に戻って、作りおきのパンを噛じるのであった。
バラック小屋は隙間風が入り放題だったので、風の結界を張って中の気温を快適に保ち、侵入者がいれば反応するセンサーを仕掛けて眠る。
夜の間に接触する者はなく、朝になったら情報屋が入ってきた事でセンサーが働き、起きることとなった。
「早速やらかしたらしいな」
「子供達が腹を空かせてたんだ。美味いものを食わせてやりたいじゃないか」
「そっちは感謝してるぜ。それよりも若い衆をのしたそうじゃねえか」
「鍛えてやっただけだ。スカウトもいいけど、底上げした方が早いぞ?」
戦闘の基礎も知らない様子で突っ込んでくるだけの奴らだった。そいつらに戦術の基礎を教え込む方が、新たに有力者を探すよりよっぽど早くて安上がりだろう。
「おめぇさんみたいにちゃんと訓練を受けた奴なんてここにゃあいねぇよ。元は中層から落とされた平民の子供達で、まともに戦ったことなんてないんだからよ」
「それでよく反抗しようと思うな……って今の中層連中も大差ないのか」
「そういうこった。魔道具で快適に暮らしてる分、体力がなくて、その点で俺達が有利って訳だ」
ただ中層の奴らは多少なりと武器を持っている。初級魔法を撃ち出せる程度のシンプルな銃らしいが、それでも無手との差は歴然だ。近づくまでに数を減らし、傷を負ってしまう。
「だから武器さえ手に入れれば、勝機はあるさ。ベルゴ相手でもな」
「いや今のままじゃ、背中を撃たれて自滅する未来しかないと思うぞ」
拳での殴り合いですら、フレンドリーファイアしかけてたからな。武器を与えたら相手より、味方への被害が甚大になりそうだ。
「今日明日で揃うわけじゃねぇ、順次訓練させていくさ」
この辺が割と大きな認識の差だな。昨日の特訓の様子を見せてやればよかった。武器があれば戦いは楽になるが、それは絶対じゃない。武器を奪われれば、優劣がなくなる程度では、数に劣るほうが一気に不利になる。
有無を言わせぬ強力な武器じゃあ、魔力不足で動かせないだろうしな。
「やれやれだ」
スタルクを勝たせるには、色々と計画を練らないと駄目そうだった。