星系からの脱出
歌姫の映像を映し出している巡洋艦を前に、俺達は行動を開始する。動けるのは魔術師クラスの面々だけなので、それぞれに役割を振っていく。
館内放送が途切れたので、リアの遮音結界は解除してもらい、倒れている生徒や教員の解呪を何人かにやってもらう。
体力もありそうな男子生徒を集めて、追加ブースターを稼働できるようにする。格納庫に保管されていたそれをタイミングを合わせて射出して、囮として使うことにした。
輸送船の外観データから、幻影術式を被せてそれっぽく見せつつ打ち出すのだ。
それに合わせてオールセンが用意していた隠蔽魔道具を起動し、この船の存在を誤魔化す。
これがオールセンが提案した逃亡案だ。明確な動きを見せることになるので、俺達が生きて動いている事は巡洋艦にバレてしまうが、囮を追尾してくれたら生存率は上がる。
「後はタイミングだが、そこもオールセンに任せるよ」
「タイマーを仕掛けるから、大丈夫」
幻影術式の確認をしているオールセンに後は任せて、俺は艦橋へと戻る。オールセンが追加ブースターを発射するのに合わせて、巡洋艦から離れる方向に軌道を修正する予定だ。
合図を待つ間に、帝国本星からの通信を確認してみるが、1時間ほど前の通信からパタリと途絶えてしまっていた。呪歌にやられたとすると、本格的にまずいな。
呪歌の効果は、体内で術式を無理矢理稼働させる事で、その者の魔力を強制的に浪費させる。魔力が枯渇すると意識を失うので、放置すればそのまま衰弱死するしかないだろう。
ただ海賊王国と揶揄されるメルドール王国は、占領した惑星の民を奴隷化する事も多いらしい。無力化して確保したなら、殺さずに使役させるだろう。
こうなると校舎に残ったマットやローガンが気になってくるが、ここから戻ったところでどうしようもない。
他の学年の輸送船も途中で呪歌に捕まっていたとすると、敵艦に会わなかったとしても星系外へと直進していき、やがてロストされる事となるだろう。
予定航路は記録されているが、俺達が迎えに行く事はできない。
俺達にできるのは、貴族領に逃げ込んで呪歌対策や輸送船の航路を伝える事だ。それでどれだけ救えるかは分からないが、やれるだけしかできない。
『じゅ、準備、完了』
「了解。そっちの発射に合わせて、軌道を変える」
オールセンからの通信に返答すと、カウントダウンが開始された。
『3、2、1、分離』
「転舵、右方1度」
追加ブースターが輸送船から切り離され、それに合わせて進路を右にずらす。切り離されたブースターは、一拍置いてから点火され、輸送船の軌道に沿う形で進んでいく。
幻術により輸送船が投影されて、光学観測では見破れず、魔力感知ではまだ遠くて判別はできないはず。
あと20分で交戦距離に入る進路から右に進路をズラしたので、それなりに距離を稼げる計算だが、巡洋艦も止まったままとは限らない。
そこで2つ目の追加ブースターが、左舷方向へと進路を取って加速を開始する。これで巡洋艦の目標物は2つになる訳だ。片方に接近すると、もう片方はかなりの確率で逃す事となってしまう。
先に見えた方を追うか、後から見えた方を追うか、それなりのジレンマを抱える事になるだろう。そして、本命は隠蔽状態で慣性航行をして離れる様に移動する。
一本目に急接近されれば、観測される危険もあるが、星の前を通るなど僅かな差異に気づくかどうかなので、可能性は低いはず。
観測しながら数分、巡洋艦は2本目のブースターに向かって舵を切ってくれたのが確認できた。これで俺達に追いつくのは不可能と言えるだろう。
しかし、ほっとしたのも束の間、巡洋艦から数個の輝点が飛び出していたのが確認できた。
「せ、戦闘機、だね」
オールセンの分析に頷く。巡洋艦は進路を変える前に、戦闘機を発進させてどちらも撃沈できる方法を取っていたようだ。
「で、でも、戦闘機が来たなら、大丈夫」
「一本目の位置から俺達を見つけても、途中で燃料切れ……だな」
追加ブースターを破壊して、それが輸送船でなかったと確認後、周囲を観測して俺達を見つけられたとしても、戦闘機は航続距離が短い。
通信されたとしても、巡洋艦が向きを変えて迫ってくるまでに転移できるだろう。
「ひとまず、脱出成功……だな」
「う、うん」
俺はオールセンとハイタッチして、成功を喜んだ。
巡洋艦の回避に成功して数時間、転移可能ポイントまで到達。それまでに教員の何人かの解呪にも成功し、何とか意識を取り戻していた。
教員代表たる参謀科担当教員に、転移先を教えてもらう。
「候補は幾つかあるが……」
戦力的に充実しているのは、公爵か侯爵だがそれなりに距離がある。何回か魔力を補給しながら飛ばないとたどり着かない。
それよりも距離的に近い貴族領へ飛んで、呪歌などの情報を伝える方が優先だろう。
「ルーデリッヒ伯爵領なら一回で飛べますね」
「ふむ、軍務閥の貴族領だな。ここからなら各貴族へも通信しやすいだろう」
代々帝国軍へも血族を送り込んでいるルーデリッヒ伯爵は、緊急通信網を繋げる相手が多いはず。
参謀科の教員の許可も得たので、伯爵領へ向けて転移する事となった。
「歩兵科のケルン・ルーデリッヒを呼んでも良いですか?」
「ん? ああ、ルーデリッヒ伯の血族が乗っているのか。なら交渉しやすいだろう。構わんよ」
教員の承諾を得て、俺はケルンを呼びに向かった。
友達だからと治療を優先するのは反感を買うかなと、理由を付けてケルンの下へと出向いてみれば、既にメリッサが解呪を行っていた。
魔力感知や操作を得意とする彼女なら、解呪もしっかりと行えるだろう。
ただ複雑に絡みついた呪歌の術式は、金庫の錠前みたいなもので、魔力を流しながら回路を読み解く必要がある。
自分の体内なら魔力も豊富で、流れも掴みやすいが、他人の解呪はかなり難しい。
しかし、メリッサは普段から訓練としてケルンに魔力を流していたので、解呪もしやすかったのだろう。
「具合はどう?」
「解呪はできたけど、魔力が枯渇していたから意識までは戻っていませんわ」
「ならいつもの奴をやってみればいいんじゃないか?」
「いつもの?」
魔導騎士の対戦前もやっていた魔力を循環させる訓練だ。ケルンの中の魔力が尽きた状態で、体内の魔力が巡っていないために、意識を失っている。
ならば外から入れて、巡らせてやれば回復が早まるだろう。
まあ、普段から訓練していなければ、他人の魔力を巡らせるのは難しいが、ケルンとメリッサなら問題ない。
「わ、わかりましたわ」
ケルンの手を取り、魔力を流していく。他人の魔力が流れるというのは、結構不快感を伴う。血流や呼吸を他人の手で早くされたり、遅くされたりする様な、自分の体が勝手に反応させられる様な感覚で、それがよりダイレクトに神経を刺激する。
訓練ではその他人の流れを自分の制御下に置くように自分の魔力を使っていく。
現在は眠っているので、メリッサの魔力が抑制される事なく、勝手に巡っている。
「ぬくっ、ぬっ、はうっ」
「だ、大丈夫ですの?」
ケルンの表情が険しく歪み、うめき声が漏れる。その様子に戸惑ったメリッサはこちらを向いて問うてくる。
「一気にやってしまった方が、彼にとっても楽だよ。いつもより多く流すくらいでいい」
「わかりましたわ」
神妙な顔つきでケルンを見つめながら、更に魔力を込めていく。魔力による気付けなので、ある程度のインパクトはあった方が良い。
するとケルンの体が跳ねるように起き上がり、メリッサの体を抱きしめた。
「メリッサッ」
「ふぁ、ふぁいっ!?」




