王国の呪歌
加速が落ち着き、Gが下方向へと移行する。船速が一定に達すると、空間に漂うゴミが銃弾となって船体に向かってくるので、防御結界の強度を上げていかなければならない。
そこで魔力を使いすぎると、空間転移に必要な魔力が不足する事になるので、一定速度までで留めるのだ。
そのため、転移可能なポイントまでは半日以上かかる事になる。
追加ブースターを使えば、加速の魔力分を防御結界に回せるので、もう少し速度を上げられるという感じだが、装着していないので現状では使えない。
加速区間が終わった事で、発進時の緊張感も緩みはじめ、私語の声が大きくなっていく。
そんな時、艦内放送が流れ始めた。
『羽根をなくして、墜ちてゆく。やっと自由になれるわ……』
それは軍学校の船、星系からの緊急脱出を図る中には似つかわしくない歌だった。
そしてそれは俺に最大級の警告を与える。急いで術式を発動、周囲の音を遮断した。急な対応だったので、範囲に含められたのは魔術師クラスの座席だけだ。
遮音した範囲を確定して、内部では声を出せる様に調整。
「あ、ああーっ。ど、どうしたの、ユーゴ」
いきなりの遮音で声を封じられていたオールセンは、発声練習をしてから、俺に話しかけてきた。魔術師クラスの生徒なら術式を発動したのが俺だと分かるだろう。
「さっきの歌は聞いちゃダメな奴だったんだ」
「う、歌?」
「普通の術式とは違って、声と歌詞とを相手に認識させた事で、魔法的な効果を表す呪歌という技術……のはずだ」
俺の脳裏には、研究所で歌う少女の姿が思い出される。亡国の姫を前世に持つという少女は、この世界とは違う系統の魔法を使っていた。
この世界の魔法は、魔力を特定の術式に乗せる事で発動するのだが、彼女の呪歌は聞いた者の中で魔法を成立させるという厄介なものだ。
声の時点では魔法ではないので、防御結界にも魔力感知にも引っかからない。この世界の技術では防ぎようのない攻撃だった。
呪歌を使えば反撃する間もなく、クリティカルに相手を攻撃できてしまう。
「ただ防ぐだけなら、声を聞こえなくするだけで対処できる。この防音結界の中にいれば影響はない」
逆を言えば、結界の外では影響が出ていた。生徒達は座ったまま意識を失っている。聞く者の魔力を強制的に消費させて、仮死状態へと落としていた。
「俺は艦橋にいって、操船を行う。ここの結界の維持は、リアお願い」
「ん、わかった」
「情報端末の通信は使えるから、何かあったら連絡してくれ」
「ぼ、ボクも、行く」
「ああ、頼む」
一人称が俺になってる事にも気づかず、俺は行動を開始した。
『始まるデストロイ 終焉の音が
鳴り響く 邪魔はさせない』
艦橋へとたどり着くと、教員達が倒れ伏していた。呪歌の影響下にあるのたろう。
「ま、魔力を、回復で、治療できる?」
「いや、体内に形成された魔法陣を消去しないとダメだ」
耳から聞いた声で体内に魔力を消費する術式が作られている。それを破壊しない事には、魔力を外部から供給しても、その術式に吸われるだけだ。
治療するためには、周囲の遮音を徹底した上で、体内の術式を破壊した後、魔力を供給してやらないと意識の回復までいかない。
体内の魔力を術式の維持に使っているので、術式が完全に消えるにはかなりの時間を要するだろう。
「これを食らったら、帝国艦隊も対抗しようがないな……」
「ぜ、全員が、ほぼ、同時に、倒れる」
「問題はどこから声が聞こえているのか……だけど」
ふとモニターが視界に入る。巡洋艦クラスの船から、少女のホログラム映像が浮かび上がっていた。その途端、体内の魔力がかき乱される感触がある。
『細胞の奥から 叫ぶように歌え 破滅を』
脳裏に音が響き、慌てて視界を逸らす。呪歌を映像に入れ込める様になってたか。体内で術式ができようとするのを、魔力が使われる前に解呪した。
過去に実験させられた記憶が役に立つとは、人生分からないものである。
「オールセン、モニターを見るなっ……て、遅かったか」
オールセンが膝から崩れ落ちる。そこへ駆け寄り、解呪を試みた。呪歌の厄介なのは、歌に沿って術式も変動していく点にもある。多くのフレーズを聞いてしまうと、どんどん体内の術式が複雑になり、解呪するのが難しくなっていくのだ。
オールセンが俺と同じ画面を見たなら、フレーズもほぼ同じはずなので、俺が行った解呪を流用できるはずだった。
消音の魔道具を使っているので、気絶しても歌を聞かずに済んでいるのも助かる。
それほど時間を掛けずに解呪を終えて、消費された魔力を携帯タンクから供給してやると、オールセンは意識を取り戻した。
「も、モニターを、見たら、声が、聞こえて……」
「そうみたいだな。映像の中に音声データを仕込んでいたって事なんだろうけど」
前世でのサブリミナル効果とかに近いんだろうか。普通の映像の中に、1フレームだけ炭酸飲料の画像を混ぜて見せると、無性に飲みたくなって売上が伸びる的な。
それともQRコードみたいに特定の点の配置で、別種の文字情報を表現するような感じか。
声から術式を生成する方法を、映像から声を生成する方法に転用できたのかもしれない。
人が目で見るだけではなく、カメラが映像を捉えた時に、音声データへの変換が行われる様な細工もされているようだ。
自分から攻撃するのではなく、受け取った側が勝手にダメージを受ける。
なんとも理不尽な攻撃であった。
「か、カメラは、フィルターを、かければ、問題ない」
「対応が早いな。助かる」
オールセンがカメラの設定をいじって画像を歪めると、艦内で鳴り響いていた歌が止む。効果が分かっていれば対応も難しくないが、初見でそれに気づくのは無理に近い。
俺も過去に体験していなければ、対応できなかっただろう。
国境星系からの情報が届かなかったのも、初撃で全員が一度に倒されてしまったからなのだ。
その後の情報管理が徹底されていたのも、少しでも漏れれば対応される可能性があったからか。
声は止んだが、解呪できなければ意識までは回復しない。解呪するにはどのフレーズから生成された術式かを分析しないと無理だ。
そっちに詳しい生徒が魔術師クラスにいたはずなので、任せようと思う。
「それよりも進行方向に敵艦がいるって事だな」
亡国の姫であろう映像を映す巡洋艦。まだ距離はあるものの30分ほどで交戦距離に入ってしまう。
こちらの乗員が全部倒れているとして無視してくれる可能性もあるが、叩けるうちに叩いてしまう方針だと一方的に攻撃される可能性もあった。
この船は兵員輸送船なので大した武装はなく、装甲や防御結界が特別厚い訳でもない。正面から巡洋艦と戦ったら、一方的に沈められるだろう。
「進行方向をズラして交戦距離に入らないようにするか?」
「進路を変えると、こちらに向かってくる、かも」
進路を変えるという事は、中の乗員が生きている証拠になる。情報封鎖をしたい敵としては、追いかけてでも沈めようとしてくるだろう。
船の基準からして、巡洋艦の方が輸送船よりも機動力は高い。進路を変えただけで空間転移できる位置まで逃げ切れる気はしなかった。
「となると、小細工は必要で……」
「だ、だったら」
オールセンが逃亡方法を提案してくれた。どうしたって賭けにはなるが、このまま死んだふりを続けるよりも勝算はありそうに思えた。




