帝国の対応
王国が帝国の外縁部から順番に占領する作戦を取らず、より深い位置へ侵略を開始。そのニュースで帝国内は、かなり混乱をきたす事になった。
セオリー無視の浸透攻撃は、どこも安全じゃないという意識を植え付けた。
そのため、領地持ちの貴族は臨戦態勢で自領を守ろうと軍を集中。各星系の交通がかなり制限された。
さすがの軍学校も臨時休校。戦時体制へと移行されることになった。
とはいえ渡航制限もある中なので、校舎の外に出ることはできず、教員を中心にクラス単位での行動を取ることとなる。
「さて、どう思う?」
「戦力分散、各個撃破?」
オールセンと戦況を分析する。確認された敵艦隊は1個師団だったが、それは最初のイゼリオン星系で確認されたというだけ。
海賊が暴れていた星系で補給を考えていたら、星系の防衛施設を相手にしなくても補給可能。ならば目立たぬように帝国領内に侵入していても不思議はない。
そうやって国境の防衛戦の内側へと入った敵艦隊は何を狙うのか……勝てる所から潰して、戦力を削ぐか……一気に本丸まで攻めるか。
帝国の各貴族は私兵を自領を守る為に固めている。そのため、帝国貴族の戦力は分散している状況で、帝国軍の主力は首都星であるこの星から動けずにいた。
「イゼリオン星系の奪還は?」
「まだ戦力の召集中」
周辺星系から戦力を集める予定だったが、周辺貴族は自領を守るために、兵を動かしたくないため、集まりが悪いらしい。
要塞砲を擁してイゼリオン星系軍が敗れた事から、それなりの戦力を集めないと仕掛けられないとの判断。何度か偵察機を向かわせたものの情報を拾えない事から、まだ星系内には留まっているという分析らしい。
「民間、で、飛ばした無人機も、ダメ」
「そこまで徹底して妨害できるものなのか?」
星系内は空間ジャミングして転移不可能なのは仕方ないとして、星系の外縁部に転移して無人機を散布。星系の中心へ向けて情報を集めようとした。
しかし、早々に音信不通状態。予測では、無人機の母艦の方に対処したとみられている。
とはいえ星系の外縁部というのはかなり広い範囲だ。そこに出現した船へとすぐにアプローチなんてできないはず。
星系内では転移できないので、外縁部に船を見つけたとしても、通常航行で接近する必要がある。攻撃可能距離まで近づくには、かなりの時間を要するはずなのだ。
「ジャマーの外に、攻撃機を待機」
なるほど、星系外縁部に転移可能な船を置いておけば、外から転移してきた地点へ、転移可能か。
飛んできた船は、情報を集めた後で離脱しなければならないので、ジャマーを使う事ができない。そして、星系外へ情報だけを送るにしても、空間転移の技術で超光速通信を確立しなければならないので、ジャマーは使えないのだ。
「あ、そうか。空間転移ジャマーを維持していれば、通信は届かないのか」
「そ、そうだった」
かつて電波通信を送るのに苦労したのに、すっかり忘れていた。王国軍としてもジャマーを維持している間は、他星系へと飛べない。
ジャマーを切るか、圏外に出てから空間転移する必要がある。とはいえ、星系に配備されているジャマーも制圧されているはずなので、出ようと思えばすぐに移動できるし、星系を制圧したままと見せて、拠点を移す事もできるだろう。
「まあ、俺達が知れる範囲じゃ後手後手に見えるだろうけど、軍の上層部ならもっと把握してる事も多いだろう」
「だ、だと、いいけど……」
オールセンとの危惧は徐々に形となって現れる事となる。帝国内部の各所で、王国の艦隊が見られるようになり、帝国軍も貴族の私兵団もかき回される羽目になっている。
イゼリオン星系を取り戻す為の軍を集めようにも上手くいかず、貴族間の連携も乱れていく。
中に入り込んだ艦隊の足取りが掴めず、かといって探索に出す余力があるなら、自領を守る方に戦力を振り分ける貴族がほとんどだ。
結果として後手後手に回っている印象が強くなっている。
直接戦闘は無いにもかかわらず、星系外縁に王国軍が現れたとなると、対応に動かざるを得ず、それを嘲笑うように王国艦隊は姿を消す。
それがいつくもの星系で見られる動きだ。
結果として連携が取れずに、帝国本星を守る艦隊も動けないままでいた。
軍学校も授業はないままに、動きを拘束される状態。生徒の間でも様々な意見が出ている。多いのは、実家に帰りたいという話だ。
渡航制限が掛かる中、民間の船は出せないので、軍学校の持つ船で送り届けてくれないかと掛け合う生徒が増えている。
学校側としては、多数の艦隊に守られる首都星が一番安全だとして退けてはいるが、生徒達の不安は家族の安否なのだ。不満が募っている。
「でも王国の狙いを考えると……」
戦争の早期終決を望む生徒は、何か打開策はないかと話し合う場面も増えている。
魔術師クラスでは、貴族の中心であったヘンドリックが地元に残った事で、その取り巻きになっていた貴族も軍学校から地元へ帰ろうという意識が強い。
市民階層の生徒は諦めている者が多い。身分社会が色濃い帝国では、上に言われたらどうにもならないというのが骨身に染みているのだろう。
かといって何かしないと落ち着かないのも事実なので、頭を突き合わせて戦況のシミュレーションを行ったりしていた。
ネットで情報を集めていたオールセンも、星系間通信が制限されるようになって、新たな情報を得るのが難しくなっている。
流石に帝国軍の情報を盗む事もできないので、報道ベースの情報を集めるしかない。
「そ、それでも、本星の人達の、意見は貴重」
校内だけでなく、首都星系で生活する人にとっても、現在の状況は問題だ。首都星はその役割から、物資を輸入に頼る部分が多い。
総人口に対して、主に食料の自給率が低めなのだ。上流貴族になるほど食料プラントで生産された食材は避けて、ちゃんと農家が作った食材にこだわる。
本星に暮らす様な者はそうした者が多いのだ。
そして防衛のために集めた艦隊にも兵糧が必要となり、食糧危機が噂される様になっていた。暴徒になるような者はいなくても、食料を抱え込もうと買い付ける者は多い。途端に市場からは食品が消えてしまっているらしい。
軍学校は食堂で在庫の管理が行われているが、いつまでもつか分からない。不安を煽らないように秘されているのだろうが、かえって不安に思う生徒が増えている。
「籠城できる雰囲気ではないよな」
「で、でも……」
ネットの意見でも王国の狙いは首都である帝国本星の制圧ではないかというものだ。自分のいる場所が襲われるという被害妄想というだけではなく、ちゃんと理論立てて考察している者もいた。
帝国領内へ深く侵攻した王国艦隊は、位置を把握されれば逃げるのも難しい。本来なら退路を確保する意味でも、国境から削り取る様に版図を広げていくのが定石。
しかし、それを無視して内部まで入り込んでいる。つまりは退路を気にしなくても良い状況まで攻め込む予定と思われた。
「いよいよ脱出方法を確保しないとだな」
「ぐ、軍学校の、船は、武装が乏しい」
軍学校にあるのは生徒を運ぶための人員輸送船なのだ。教育だけならシミュレーターでもできるので、維持コストだけでも馬鹿にならない軍艦を購入できるほど、予算は下りていなかった。
「まあ、見つからないように移動するべきだろうね」
「も、もしくは、想像以上の、加速か」
「敵が来る前に星系外に出ておくのが理想だけど、上はここが安全だと思ってそうだよね」
帝国の最新鋭戦艦で編成された艦隊に守られた本星。防衛要塞も3箇所に設置されていて、望みうる最大の防衛力だろう。
ただ重要拠点だけに狙われやすくもある。
その時に向けて、やれる事をやっておくしかないか。




