王国の侵攻
その一報がもたらされたのは、新年の祝いが催される時期であった。隣国のメルドール王国による国境侵犯。相手の規模が1個師団ということで、近年の小競り合いではなく、30年振りの大侵攻であると判断された。
国境近辺の諸貴族は、防戦に向けた動員をかけている。戦況についての詳細は、民間にまでは届いておらず、国境付近への渡航制限が掛かっている状況だ。
軍学校は冬季休暇に入っており、大半は実家に帰っている。俺のように実家のない者や実家に居場所がない者くらいしか、宿舎に残っていない。
その少ない1人がオールセンだったので、話し相手にはなってくれた。
「今回の侵攻は毛色が違いそうだね」
「う、うん。結構、き、きな臭い、噂があるよ」
オールセンはネット仲間が多いらしく、外の情報が虚実諸々を集めている。その中で確実なのは、侵攻を受けた星系からの情報が完全に途絶えているという点だ。
国境を守備する星系は、軍が常駐できるようにそれなりに発展しているため、民間人の人口も多い。占領されたとはいえ、住民を皆殺しにするような蛮行は海賊王国でもやらないはずだが、そこからの声が途絶えるというのは、ただ事ではない。
星系間通信は空間転移を応用した超光速通信を使用する必要はあるが、民間でも使える技術だ。空間魔法を使うので、ジャミングの影響を受けるが、それは通信が消えてなくなる訳では無い。
俺がジャミング中に無理矢理跳躍できたように、通信魔法自体は目的地からズレるとしても飛びはするのだ。
なので周辺星系での傍受に引っかかるのが普通だった。しかし、それが今回は拾えていない。これは徹底した情報封鎖が行われていると見るべきだろう。
「じょ、情報通が、艦隊到着の報を傍受、してから、通信が、と、途絶えるまで、約半日だったって」
軍の秘匿回線を利用した通信を傍受、暗号解読が平然と行われているのか。帝国のセキュリティに疑問を浮かべつつ、オールセンから一連の情報を聞く。
星系外縁部に王国の師団が到着。8艦隊からなる規模は、星系を制圧するのに十分な戦力ではあった。
ただ攻められたイゼリオン星系は、長大な射程を誇る要塞砲が配備された国防の要とされる星系。外縁部から人が住める様にテラフォーミングされた第四惑星まで侵攻するには、かなりの被害を出すことが予想された。
もちろん、常駐艦隊も3艦隊あり、要塞砲と合わせれば撃退も可能かと思われる。
少なくとも、周辺の星系から援軍が到達するまで持ちこたえられると見られていた。
しかし、半日で音信不通。星系が制圧されたと考えて間違いないだろう。
「そ、それと、要塞砲が効かない、と」
「それは避けられてるとか、弾かれてるとか?」
「す、すり抜けてる、らしい」
「じゃあ、幻影を撃たされてるだけか」
「ふ、複合的な観測機が、騙さないと思うし、着弾時の乱れも、ない」
幻影で座標をごまかすというのは、艦隊戦での基本戦法。当然、対策も取られていて、魔力感知なども含めて、座標を特定する。
また幻影で生み出された投影体の場合、強力な魔力をぶつけられると歪みが生じる。要塞砲はもちろん、戦艦の主砲などでも映像が乱れるのだ。
それらも観測されず、そこにいるはずなのに当たらずすり抜けたと。
「考えられるのは、観測者にダミーデータを見せた……とかか?」
「どう、だろ。距離があるなら、できるの……かも?」
軍の情報部が分析しているだろうから、ここで学生が話し合ってもあまり意味はない。もしかしたら、自由研究のレポートとして提出したら加点があるかもしれないけど。
「星系1個が占領されて、次の一手がどっちに向かうか……」
「よ、予想では、フェリオス星系、かな」
占領されたイゼリオン星系から次の拠点となる星系は2箇所。フェリオス星系とダージニア星系。ダージニア星系は、鉱山系の防衛戦力が手薄な星系だが、その分補給物資も少ないので、占領する価値も薄い。
対するフェリオス星系は物資の集まるジャンクション星系、制圧すれば補給拠点として使いやすく、また相応の戦力が常駐しているので、スルーして進むと挟撃される。
「まあ、順当に行けばそうなる……が、それは軍上層部も分かってるので、戦力を集める」
「物資も、引き上げてる、かも?」
「そこは時間との勝負かな」
奪われるくらいなら物資を廃棄するのも歴史の常套手段。とはいえ来なかったら大損だし、物資の場所もバラバラ。特に惑星上の物資は簡単には処理しづらい。
もったいないからと廃棄せずに運び出そうとすると、かなりの時間が掛かるだろう。
ならば戦力を集中して守るのが一番。
ただ周辺星系から戦力を集めると、他が手薄になる危険もある。戦略的にこの星系をスルーする事はないと思うが、選択権は侵略側にあった。
星系の情報が入って来ないのも難点だな。侵略艦隊がイゼリオン星系を出たかどうかも分からない。
「情報を早く入手しないと苦戦するかもな」
王国の侵略から1週間ほどが経過して、三学期が開始される。しかし、一部の生徒は戻ってきていない。王国の侵略により、戦時下となったため、地元に残る選択をした者がいるためだ。
ヘンドリックもその1人で、万一の侵攻に備えて領地の防衛軍に加わっているらしい。
そちらでみっちり鍛えられていれば、軍学校の単位にも繋がるそうだが、それよりも自領を守りたいという貴族の責務なのだろう。
20人ほどになった教室で改めて歴史の授業を受けていると、緊急速報が入った。新たに星系が侵略を受けたという報である。
それは予想されていたフェリオスやダージニアではなく、もっと帝国領内部に位置するジョーリン星系であった。
「じょ、ジョーリンというと」
「海賊被害が多発していた地域の1つだな」
元々組織立って行動していた海賊は、王国からの工作だと予想はされていたが、それが証明されたようなものだ。
「そういえば海賊ってどうなっていたんだ?」
以前、電波を使った通報システムを構築して、手伝いをしていたのだが、普及に時間が掛かるとあって、その後の展開を聞いていなかった。
「な、何回か、海賊の拠点を、潰せていた、らしい、よ」
通信装置の開発責任者だったオールセンは、その後の動向もチェックしていたらしい。
海賊達が貨物船を襲って集めた物資を、侵略軍が使用する算段だろう。
「となると、他の海賊が暴れていた地域も狙われるかもな」
「そ、そう、思わせて、別の所を狙う、かも」
広い宇宙では、居住可能な惑星のある星系だけの情報では、進軍ルートを絞り込みずらい。とはいえ、敵領内で長時間活動していれば、周辺星系から軍が集まってきて動きを封じられる。
退路を確保しながら、外縁部から侵略を進めるのが王道だったが、王国の侵略は飛び石の様な海賊が暴れた星系を狙うとなると、帝国が防衛しにくい面はあるが、王国軍が逃げ場を失う危険もある諸刃の戦略である。
「領土を切り取るというより、帝国全体の弱体化を狙っているのかもしれないな」
「い、今までと、違う?」
王国は周辺諸国の星系を奪って国力を拡大するという侵略国家だった。それは王国領と隣接する星系に侵攻し、一つ一つを占領してそこの物資や生産設備を奪って増強を図るという乱暴な性質のものだった。
しかし、今回の帝国への侵攻では、今までの攻め方と明らかに違っている。より深く内部へと侵略し、また情報統制を徹底して侵攻ルートを絞らせない工夫までしていた。
「国王が代わって考え方が変わったとかかな?」
「う、う〜ん、そういう話は、き、聞いてないけど……」
一気に危機感が上昇した事を感じる。このまま後手後手に回っていると、思わぬ大打撃を受ける可能性が出てきた。




