メリッサの技術
探査する範囲はそれなりに広い。隠れる場所も結構ある。その上で魔道具も使って隠れる事もできる。
それだけ聞くと隠れる方が優利に思われるが、偵察科と諜報科の合計60人で、見つからずにいられるのは一桁というところらしい。
制限時間の3時間、じっとしている方が良いのか、移動する方が良いのか。その辺りも駆け引きだ。動くというのは当然、見つかるリスクがある。しかし、一度探された場所へ移動すると、見つかる率は低くなりがち。
見つからないように移動できるなら、移動した方が逃げやすい。実際、見つからずに残る人数は、移動した者の方が多いらしい。
しかし、移動中に見つかる人数も多いのだ。
移動を考える者は、探査チームの動向を確認している。これは偵察兵や諜報員にしても同様で、ただ隠れるだけでは仕事はできない。情報を集めるのが仕事なのだ。
そしてある種の情報伝達方法を使って、仲間内で情報を共有する手段もあるらしい。情報端末を使用したり、術式をしようしたりすれば、魔力感知に引っかかりやすいので、視覚情報を使う事が多い。例えば石を並べて置いたり、木に印を付けたりといった原始的な方法なら、魔力感知には引っかからない。
それでどこから探査チームが入って、どれくらいの速度で、どちらに向かっているかを共有される。移動する者はそれらの情報を駆使して逃げるだろうし、隠れる者はより警戒して見つからないように息を殺すのだろう。
「それを考えれば、単独行動でこちらも見つからないようにしながら探すのも手だ」
といって隠蔽の魔道具を使ってると、探査チームに絡まれてややこしい事になるので、人とは違うルートを通って進む事にした。主に木の上を枝を伝いながら移動する。
残念ながら林の木は落葉樹が多いので、姿が完全に隠れる事はないが、その分、探査チームに見つかっても潜伏チームでは無いことが分かるだろう。
「後は林の中心から人の少ない方へ探そう」
メリッサは外周部から攻めると言っていた。彼女の探査方法はあまり詳しく聞いていない。ただケルンに魔力感知による周辺把握を教えたくらいだ。かなりの感知精度を持っているのは確実だった。
「うおっと」
「ぐえっ」
林の中心にたどり着き、周囲を見渡そうと木の幹に手をついて、体を支えようとしたら手をついた部分が陥没した。
どうやら木の幹の虚に隠れていた生徒のカモフラージュシートに手をついてしまったようだ。全く気づいていなかったので、バランスを崩して、半身が虚に入り込むように体重をかけてしまった。
「これはまあ、ラッキーだったな」
「早くどいてくれ……」
改めて周囲を確認する。早く移動する事に重点を置いたので、周りに探査チームの生徒はいない。じっと魔力感知を試みる。
地面で姿を隠している生徒を感じた。光学迷彩の魔道具を使っているらしい。そちらを見ても姿は見えなかった。動いていないと背景との齟齬も生じず見つけるのは困難だろう。
俺は木の枝を伝って直上へと移動し、飛び降りて確保した。
「むっ」
1人を確保したタイミングで、周囲で動く気配を感じた。俺を中心にして、距離を取ろうとさっと散開していく。
隠れている生徒同士で状況を確認しあい、誰かが見つかった際に被害を抑える連携が取られていたようだ。
移動している間は、より魔力感知に引っかかりやすい。位置を把握するのは簡単になるが、それぞれが離れるように移動されると、1人捕まえる間に再び隠れられてしまう。
「とはいえ、手をこまねいて1人も押さえられないのが一番の愚策か」
俺は一番近い生徒1人をマークして追いかける。しかし、偵察科にしろ諜報科にしろ逃げるのも任務のうち。純粋な移動速度は速い。身体強化で追いかけても追いつけない。空飛ぶスケートボードみたいなので逃げているらしい。
捕縛陣を仕掛けて、そこへ追い込む様に移動し、何とか捕まえた時には、10分以上かかっていた。
「しまったなぁ。散開された時点で、僕も姿を隠すのが正解だったか……」
アクティブに追いかけている間はどうしても魔力感知の精度が下がる。逃げていった気配がどこに隠れたのか追跡できていなかった。
また1から探査を進めないといけない。
そして探査チームの方もフィールドに広がり始めていて、探査用魔道具の雑音が気になる範囲が拡大している。
「これはまずいな……」
俺は気配を消して、枝伝いに移動を開始した。
その間、メリッサはというと、着実に成果を上げていた。彼女の得意な技術というのは、リモコン操作。小型の人形を周囲に派遣し、そこから得られた情報を集積、怪しい場所を的確に炙り出していった。
魔力量が少ないメリッサは、同時に動かせる人形の数も距離も心許ない状況だったらしいが、丹田の魔力溜まりを使えるようになったおかげで、自由度が格段に上がったらしい。
人形を通して魔力感知できるらしく、また人形は30cmほどで見つかり難いため、隠れている生徒も接近されるまで気付かなかったりしていた。
ドローンで広域探査するようにローラー作戦で虱潰しにしていくのだが、それでも他の生徒より効率的に発見していった。
これだけ精度高く人形を操作できるなら、魔導騎士でも活躍できそうなものだが、自分の魔力を浸透させた人形と、タンクの魔力で動かす魔導騎士では勝手が違うらしい。
また俺との初対戦で見せた様に、攻撃魔法の制御も甘い。本来は攻撃性の乏しい性格だったようだ。
しかし、舐められてはいけないと高校デビューの様に軍学校へ入る際に、貴族っぽいプライドを振りかざす様に演じてみたが、見事に空振り。
気づいた時には魔術師クラスで孤立する立場となっていたらしい。
この辺はケルンからの情報だ。
人形の制御が上手いのも、男爵家の娘という立場で、貴族内では目立たぬように、それでいて庶民には舐められないようにプライドを持てと教育された結果、インドアで1人遊びを続けた結果であるらしい。
幼年学校にも通わず、家庭教師を付けられていた辺り、徹底されている。
おかげでかなりのコミュニケーション下手なのだ。天性の人誑しであるケルンだからその懐に飛び込めたが、俺だったら真意を汲み取れずに適当に利用するだけで終わっただろう。
人形を使った情報収集も、自宅内の様子を探る為に磨いた技術で、メイド達の陰口を拾い集めた結果、性格が捻れてしまっている訳で、中々に不憫。
しかし、その能力をこの探査競技では遺憾なく発揮できる。
「僕は要らなかったかな……」
木を伝いながら、広範囲を捜索して5人を見つけるだけだった俺に対して、メリッサは21人の生徒を見つけて捕縛していた。
他に二桁を記録した生徒はおらず、ダントツ1位である。
「そうですわね。私だけで十分でしたわ」
ツンと顔を反らして去っていく。ケルンから色々と聞いたのに、打ち解ける事は難しそうだった。
魔導騎士の対戦は、魔導騎士クラス1位が軍務科の傭兵と素晴らしい剣術を見せながら勝利。
魔術師クラスがトップを取れたのは、探査競技だけだったが、様々な競技で点数を稼ぐことに成功し、総合優勝を勝ち取れていた。
器用貧乏な魔術師クラスが優勝できてしまう結果に、他の専門クラスとしては不満もあるそうだが、優勝までできる年は稀なのでスルーされているらしい。
クラス対抗の終了をもって、二学期も終わりを迎える。クラス対抗の成績が、そのまま二学期の成績にも繋がり、長所、短所を教員達が精査し、それぞれに宿題が出される。
俺の場合は魔術師としてのスキルは優秀だが、応用力に改善の余地があるとの評価で、チェスの立体版の様な遊戯で戦術を鍛えろという課題が出されていた。
前世でもその手の遊びはルールを知ってる程度なので、本格的に取り組む必要がありそうだ。
図書館で詰将棋の様な問題と取り組むうちに、帝国を揺るがす一報がもたらされた。




