魔法と魔道具と炊き出しと
この世界の魔法というのは、体内の魔力を使って術式を行使するのが一般的だ。なので、個人の魔力量というのが、術者の力量に強く現れる。
その点で俺は両親からの遺伝で、かなりの魔力量を保持していた。まあ、それでも魂の魔力を加味できる兄妹達には全く敵わなかったのだが。
で、魔法科学が進歩した現代においては、術者が術式を構築して魔法を使用することはかなり減っている。
魔道具に魔力を注げば、そこに刻まれた魔法陣により、自動的かつ精密に魔法が発動するからだ。
もちろん、自分で術式を構築するほうが、より使用用途を設定できて、目的に合わせた調整ができるが、無駄な部分が多くできて魔力消費が跳ね上がる。
ガスコンロやIHヒーターと薪を使う竈や木炭を使う七輪との差みたいな感じだ。
それぞれに良さはあるだろうが、コンロやヒーターの方が圧倒的に便利だから、多く使われる。そして、それに慣れてしまえば、竈や七輪などの使い方が分からない人がほとんどになってしまう。
万事がそんな感じで、魔道具に頼るために術式をしらない人が多い。それがこの世界だ。
なので術式をいろはから刷り込まれている天然の魔術師は、かなり珍しい存在ではある。
「寸胴に水を満たして……」
俺が水の術式を起動して、水を生成すると、子供達がそれを不思議そうに見ている。コンロは魔道具なので、魔力を注ぐだけで済む。
まな板を準備して、鶏の骨を適当な大きさに切って鍋に入れていく。
食生活が乏しいというなら、下手な固形物よりもスープを主体に作った方が良いだろう。刺激物もあまり使わず鶏ガラベースに、塩と野菜の旨味で勝負だ。
元採掘場で栽培していたキャベツや人参、ジャガイモ、玉ねぎ辺りを取り出して一口大に切っていく。
そうこうするうちに出汁が出ているので、アクを丁寧に掬い、塩、生姜、ニンニクなどで味を整え、野菜も投入。コトコトと弱火で煮込みながら、アクを掬っていく頃には、周囲に子供が集まっていた。
「スープをよそう器はあるかな?」
「持ってくるー」
5、6歳くらいの子供達は自分達の器を持ち寄ってきた。欠けた茶碗や木のボウル、ヒビの入った皿など、かなり汚れが目立っている。
「流石に味が濁るな……ワッシュ」
食器洗い用術式を起動して、彼らの器を洗浄してやる。その変化に子供達は目を丸くした。
「ま、魔法だ」
「魔法?」
「魔法だよ!」
脱出艇にいる頃は、食器洗浄機の魔道具があったから使うことはなかったが、食器や衣類なんかを洗える便利魔法というやつも、俺の脳には刻まれていた。
そういえば記憶を刷り込むのは脳なんだよな。だけど魂にも記憶がある。この辺も少し謎ではあるな。
などと考えているうちに、子供達もキレイになった食器類を不思議に見つめていたが、鼻腔をくすぐる香りに再起動を果たし、俺に向かって食器を突き出してきた。
「順番にな。割り込みするようなヤツは後回しにするぞ」
ここにいる子供は素直なのか、特に混乱もなく行列になって配給を待っていた。炊き出し文化が根付いているのか、割り込みやらで列が乱れると、最終的に獲物にありつく時間が遅くなる事を知っているのかもしれない。
「あつっ、けど、うめー」
「うめー」
「なにこれ、すごい」
「ガツガツ」
スプーンなどは無いのだろう。お椀などに直接口を付けてスープを啜り、旨味の溶けた出汁に興奮している。汁を吸いきると、手で野菜を掴んで食べていた。
折角食器をキレイにしたのに、手が汚れたままで食べているから、衛生上は良くない。でも手を洗えと言ったところで、あの井戸水では変わらないだろう。
「何もかもカツカツだな……」
スープをよそってやりながら、状況の改善ができないか思考を巡らす。秋口に入って少し肌寒い季節に突入しはじめているが、ボロをまとった子供達の姿は、とても防寒ができているとはいいがたい。
バラック小屋も隙間だらけだろうし、冬を越えるだけでも命を落とす者がいるんじゃないかと危惧する。
生産用魔道具を使っていけば、服の類も作っていけるが、一つの魔道具でやれる作業量は限られる。優先順位をどう付けるのか、宇宙船の修理もあるからな。
「防風ドーム結界を作って、中だけでも気温を保持するか。それなら魔力さえあれば、寒さをしのげるかもしれない」
魔法を知らなくても、魔道具があれば魔法は発動させられる。ただ、魔道具を使うだけだった人は、魔力を鍛えるという概念が乏しく、魔力量が総じて少ない傾向にあるので、結界を維持する魔力を集められるかに疑問はでる。
エアコンは電力消費が大きいのと同様に、魔力も食いやすいのだ。
「おう、美味そうな匂いをさせてるじゃねぇか。俺達にも食わせろや」
今後について思考を巡らせていると、いかにもといったガタイのいい男達が割り込んできた。
「子供でもできる列に並ぶということをできないのかね」
「なんだとぉ、こっちは働いてんだ。先に食う権利があんだよ」
「子供達を食わせてやる義務が大人にはあんだろうがよ」
「生意気だぞ、このガキがぁ」
すぐに暴力に訴えてくる男の拳を軽くいなして、寸胴に絡まないように転がす。
「これ、分配を任せていいかな」
「う、うん、でも……」
「ちゃんと約束を守る人から順番ね」
近くで食べ終わっていた子供にオタマを渡すと、俺は割り込んできた男達へと向き直る。
「て、てめぇ……」
地面に転がったヤツが立ち上がってくる。
「ここはスタルクが仕切ってる場だそ。そこの俺に手ぇ出してただで済むと思うなよ」
「手を出したのはそっちでしょうに。僕から仕掛けるなんて事はしませんよ」
「黙って殴られろと言ってんだよ」
「嫌ですよ、そんなの」
「生意気言うなっ」
再び殴りかかってくる男。さっきの一撃とは違って、足運びからしっかり軸を作っての一撃だ。軽くいなした程度では転倒しないし、2撃目、3撃目を意識した、かなりケンカ慣れした動きと言える。
ただレベルとしてはベルゴの連中と大差ない。
すっと重心を下げて、伸ばしてきた拳の下をくぐり、背負って投げる。受け身はあまり練習していないのか、背中からモロに落ちて力を分散しきれていなかった。
「げはっ」
「力でねじ伏せようとすると、より強い力を持つものにねじ伏せられるよ。もっと考えて行動しないと」
「な、何モンだ、てめぇ」
「そうそう。まず、相手が誰なのかもわからず、攻撃するのが悪手なんだよ。僕は情報屋さんにスカウトされて来た新入りで、敵じゃないんだから」
「新入りなら先輩を敬いやがれ」
「僕からしたら子供達も先輩だからね。そこに優劣をつけるなんて、おこがましいじゃないか」
やれやれといった感じで肩を竦めて見せる。もちろん、挑発的な笑みを浮かべながら。下っ端ーズの忍耐を測っておかないと、大事な局面で致命的な事になりかねないからな。
「新入りの教育も大人の仕事だからな、その生意気な態度を改めろって言ってんだよ」
あっさりとブチ切れた男達が、3人がかりで殴りかかってくる。やっぱり、ベルゴとレベルは変わらない。勢力的に劣っていて、人員のレベルが大差なかったら、押される一方なんじゃないか。
それを情報屋みたいな知者が制御して、何とか崩壊を防いでるって所か。
暴力でねじ伏せるのを自由だと履き違えてる連中こそ教育が必要だと思うんだよね。それこそ力で負けたらそこで終わる可能性もあるんだから。
スタルクにつくと決めた以上、下っ端ーズだろうが、簡単にやられてもらっても困る。それこそ子供達まで巻き添えになる可能性があるのだ。
「よし、教育的指導といきますか」