ウルバーン星の情勢
情報屋に連れて行かれたのはバラック小屋の一つ。四畳半もない大きさの家が多い。入口には鍵もなく、中は寝るだけの場所という感じだった。
食事などは外で炊き出し、みんなが集まって何とか生活している。自給自足で生活していた脱出艇よりもずっと貧しい。
「下町はこんなもんだな。中央に連なる者は街の中心部でそれなりの生活を送り、より下に人がいるってことで安心させて、帝国本土より貧しいと気づかせないって寸法だな」
「どうしてそんな事を知ってるんです?」
「たまに落ちてくるヤツがいてな、そいつ等から聞いた」
情報屋は上を指しながら言う。
「中央の連中は宇宙戦力をほとんど持たねーから、落ちてくるのはスルーして、出ていくヤツは許さないってスタンスだな」
「外からの情報を遮断するのが大事なのでは?」
「奴らは奴らで一杯一杯なんだろうさ」
入ってくるのを防ぐために惑星全土を防衛するには戦力が足りない。宇宙に出るにはそれなりの設備、装備が必要になるので、出ようとする気配はわかりやすい。そこをピンポイントに叩くと。
でも外からの情報が広まる方が支配者にとってはマズイはずなんだが、そっちはスルー。
何かいびつな状況を感じるな。
「外に希望があれば、それに向かって生きようとするってことかね」
中層階級には下がいることで安心感を与え、最底辺にはその生活から脱出できる方法を与えて生かす。上層部は帝国本土からの技術で、下を抑え込む。
それがここでの支配構造って事か。
「なんかかなり危ないバランスな気がしますが」
「ま、下の人間が反抗してきたら、上の連中は脱出できるんだろうな。残されるのは、そこそこの生活で満足してた中層の人間。下を抑えられなくなったら、中層と下層が入れ替わるって事だろう」
「もしかして、既に入れ替わりがあったんですか?」
「まあ、ワシが生まれた頃にあったみたいだな。両親はずっと愚痴ってたが、自分じゃ何もできない人達だったさ」
中層だった人は、下層に落とされても、それまで危機感なくやってきただけに、そこからどうすればいいか分からず、下層だった者達は中層に上がって生活が安定すれば、そこで一旦は不満が収まる。
ほとぼりが冷めた所で、圧倒的な力を持つ上層は、中層の連中と交渉して支配下に置く。
下層に落とされた後の世代が、やがて中層へ反抗する力を蓄えていき、中層の奴らはかつての気概をなくして、安定した生活に堕落する。
敢えて壊れやすい均衡を用意することで、本当に壊れて欲しくない上層部の支配構造だけは死守する……なるほど。
「宇宙へ脱出できれば、中層を無視して外に逃げればいい。それを許すと中層は下がいなくなって不満のはけ口が上層部へと向かうから、脱出は許さない……と」
「そんなとこなんだろうな」
「その構造を理解したスタルクは、宇宙へ活路を見出すと?」
「いや、その辺を考えてるのは少数だな。大半は、宇宙の武器があれば、上を潰せると考えてる程度だ」
ベルゴもスタルクも下層の支配権を巡って争っているが、最終目的は悠々と暮らしているように見える中層への反抗。下層の住人全てを宇宙へ逃がすなんて事はできないからだろうな。
「ま、その日暮らしの人間としては、今より真っ当な生活が待ってると思う程度が限界なわけさ」
情報屋は肩を竦めてそう言った。
「さて坊主。おめぇの身の上も少し聞かせてくれねぇか。どこまでやれる?」
さて、どこまで手の内を晒せるのか。情報屋が欲してるのは、宇宙への伝手。宇宙船を修理できるかどうかと、後は無事に外へ出てから武器の算段を立てる事なんだろうな。
ベルゴとの一戦も見てたらしいから、戦闘力の面でも期待してる箇所は多そうだ。
生産用魔道具を見せる時点で、共和国に縁があるのはバレてしまう。ただ上層の帝国支配を良しとしていない下町の人には、共和国に抵抗はないかと思う。
「僕は共和国の研究機関で刷り込み教育を受けてきたエリート候補生だ。ただ5歳の頃に研究機関が襲撃に遭い、転移事故でこの星に来た」
前世うんぬんは触れる必要はないので省く。
「それから5年ほどかけて、記憶にある知識を使って体を鍛えて、都市部へとやってきたんだ」
「ご、5歳から一人で5年間も……」
アイネの事も話す必要はないな。
「だから僕が目指すのは共和国だ。正直なところ、この星で外との繋ぎをする事はできない」
「む……」
「その代わり、生産用魔道具にある武器製造のデータを開放しよう。それで元々の要件は果たせるはずだ」
「……」
情報屋は俺の話に目をつぶり、考えを巡るせている。
「情報屋さんも宇宙へ行きたかった?」
「いや、ワシは外へでるには年を取りすぎた。しがらみが山程ある。ただ……そうだな、一つ条件を追加してくれ」
俺の問いかけに情報屋の考えがまとまったようだ。
「ガキを何人か連れて行ってくれ」
「あんたの子供?」
「いや、孤児だな。ベルゴとのいざこざで親を失ったヤツなんかだ」
「宇宙に出れたとしてもここより危険だぞ。まずは駆逐艦が待ってるんだろ?」
「それでも……だ。ここに残って、中層の奴らを倒せたとしても、待ってるのは籠の中の平和だ。本当の意味での自由はねぇ」
「それは宇宙も一緒だ。帝国領と共和国領ってだけでも柵はついて回るよ」
俺の言葉に情報屋は首を振る。
「それでも……だ。知ってるのと、知らないまま飼われるのは違う。奴らに世界を見せたいんだ」
「知らないほうが幸せって事もあるが……まあ、いいか。本人に確認を取って、それでも行くというなら連れて行ってもいい」
「……頼む」
情報屋として様々な情報に触れ、外への憧れが強いんだろう。それでも自分では飛び立てない、自分ができない事を子供に託す。
それはよくある話だ。
俺は共和国出身で、帝国に流れ着いて、更には前世の記憶まである。それだけ知っていると、住めば都という言葉が一つの真理の様にも感じるが、まだ見ぬ世界へ飛び出したいというのも分からんでもない。
「ま、何にせよ、宇宙船が動かせるかどうかだな」
「ちと距離もあるから明日だ。足も用意しておく。今日はここで休んでくれ」
「料理をしても良いか?」
「この辺の奴らはみんな飢えてる。匂いを外に出さないようにできるなら……」
「炊き出し文化なんだろ。ある程度、量を作って振る舞うならどうだ?」
元々料理は嫌いではない。仕事の関係で、給食などの知識もあるので、多人数への料理もある程度はこなせる。
「……あまり派手にはして欲しくないが、できるんなら頼む」
「おう」
情報屋は足を確保してくると、バラック小屋を出ていった。俺は空間収納から寸胴と、食材を取り出しつつ、小屋に囲まれた少し広場になった場所へ出ていく。
地面には焚き火の跡があるものの、竈のようなものはない。仕方なくコンロを取り出し、火の術式に魔力を込める。
炎が上がることはないが、十分に加熱されるそれの上に寸胴を置く。
「水は……井戸があるよな」
広場の外れにある井戸に近づいてみる。ロープが括られた桶を落として汲み上げるタイプのかなり古い井戸だった。
「むう……」
汲み上げた水はお世辞にもキレイとは言い難い。泥水とまでは言わないが、茶色に染まっていて、不純物が浮いていて、アメンボも走っていた。
煮沸して使う前提なんだろうが、それにしても雑味が酷いだろう。
「仕方ない、自分で用意するか」