魔導騎士での対戦
「ユーゴに対戦を申し込む!」
何度目かは忘れたが、定期的に対戦を申し込んでくるのは、ロキシャール侯爵家の五男ヘンドリックだ。
魔法理論を学び、魔導騎士での対戦を重ねる事で、最下位だった彼も、中程にまで順位を上げていた。
偉そうな態度で人を見下している割には、指摘された箇所をしっかり直して来る努力家の面も持っている。
「それは魔導騎士で? 僕は予約がないんだけど……」
「ああ、俺様が1機押さえている。それに乗れ」
胸を張るヘンドリックの偉そうな態度は相変わらずだ。そして、自信に満ちた態度から、また実家からの援助が届いたのかと納得する。
侯爵家ともなれば、五男であっても役割を求められ、それに応じた教育が施されていた。
領地経営については嫡男が引き継ぎ、その他の兄弟は、国政に影響を持てる人材となることが求められる。
ヘンドリックの場合は、軍事面での活躍が期待されていた。
魔道具を使うにも魔力量が多いに越したことはないので、そちらの練習もやってきてはいたのだろう。ただ魔力量はあっても使う方に工夫がなく、初歩魔法で止まっていたので低い順位だったのだ。
そしてヘンドリック自身、家に残っても仕事がないのは理解しているので、軍の中で地位を築くべく努力は怠っていない。
初期の態度は努力してきた自分への自信が、相対的な評価を歪めていた結果だったのだろう。
正しく努力する方向が見えていれば、着実に伸びる事ができる。ただし強くなったと実感すれば、生来の貴族っぽい慢心も再び顔を出す。
性懲りもなく俺へと挑戦してくるのだ。
そして今回は、実家から魔導騎士を送ってもらうという貴族パワーに頼った上で挑まれた。
「安心しろ、スペック的には練習機のレベルに落とされている」
赤一色で塗られて、額から飾り角を生やした機体。部隊を率いる機体として、派手で人目を引く姿だ。
実際の戦場でというよりは、領主の護衛などで威厳を示すためという意味合いが強いだろう。
そしてスペックに制限を掛けているとしても全くフェアでないのは分かりきっている。そう思いながらも俺は対戦を受けて、用意された機体へと乗り込んだ。
魔術師クラスで使う機体は、魔導騎士クラスのスペア機で、整備計画に支障をきたさない物。同じ機体に巡り合うにはかなり低い確率で、最初に機体のクセを掴む必要がある。
魔力タンクの配分やマナ制御回路、各関節の術式回路の整備具合などにばらつきがあった。整備を行うのも整備科の生徒であり、プロの技術者より精度は落ちるのだ。
それを実際に魔力を通してみて感じる必要がある。
それに対してヘンドリックが用意したのは専用機。自分の魔力操作が行き届きやすい調整がなされているはずだ。初動にかかる時間もそうだが、それよりも個々の動作での精度も段違いになるだろう。
過去の魔導騎士操作でヘンドリックが苦労していたのはまさにそこ。自宅の機体と、整備不十分の支給品との差が上手く掴めず、微妙な調整ができなかった点だ。
それが専用機となれば、自分の手足の延長として扱えるはず。気を抜くわけにはいかなかった。
「はじめっ」
審判役の教員によって開始の合図。以前のヘンドリックならそのまま突っ込んで来たが、今回は様子を見ている。
下位で対戦してきた事で、多少は勝負の機微を掴んで来たようだ。魔導騎士での実力は、動きを見ることである程度予測できる。
歩くという一つの動作を見るだけでも、魔力の制御ができているかを伺うことができるのだ。
もちろん、そこにフェイク情報を混ぜて最初はぎこちなく動くという手段もなくはないが、一対一の競技くらいでしか意味がない。
魔導騎士の用途は戦争の主力。多対多の局面で、そんなごまかしは意味がないし、足並みを乱すだけ。
「ならこちらから行く」
足は動かさずスラスターでの移動。これでも重心の置き方、進行の安定性で制御が十分かの情報を与える事になるが、それを観察する時間を減らせる。
腰に履いた片手剣を手に突進していくと、ヘンドリックも大剣を構え直す。その所作を見ても、以前とは段違いにスムーズだ。
魔導騎士の膂力だと片手剣も両手持ちの大剣も十全に使える。片手剣はリーチが短い分、至近距離での取り回しがし易いが、大剣の攻撃を受け止めるなんて真似はできない。
リーチの分、先手はヘンドリック。その初手を避けなければ懐へは飛び込めない。
そのヘンドリックの初手は横薙ぎの一撃。胸の高さを狙っている。片手剣では止められないので、避けるなら上か下か。
俺はあえて更に加速し片手剣を盾代わりに当てながら、左から押される力を右に流れる事で受け流す。ギャリギャリと剣が削られる音を感じながら、右前へと滑り込んだ。
人間であれば大剣もインパクトの瞬間に力を込めるが、魔導騎士の場合は同じ力で振り続ける事ができる。
相手の右側へと回り込んだ時点でこっちのターンにできそうな所が、腕を振って攻撃するのではなく、スラスターを吹かす事で回転してきて攻撃の終わりを引き伸ばしてきていた。
しかし、正面で左からの一撃を受けるのと違って、相手の横まで移動した事で、俺の移動を大剣が追いかけてくる軌道となる。そうなると、力のベクトルを変えてやる時の抵抗がかなり抑えられた。
地面に向かって力の向きを変えて、大剣に乗る形で飛び越える。大剣は大きく大地を削り、動きを止めた。
着地した俺は一気に間合いを詰めて斬りかかる。するとヘンドリックは大剣を刺さった点を支点に柄の方を跳ね上げ、一撃を受け止めた。
俺が左の拳を繰り出せば、ヘンドリックも柄を掴んでいた右手を放して殴り返してくる。拳同士がぶつかり合って、俺は後方へと押されて後退。
ヘンドリックは、大剣を手放し片手剣を抜く。
そこからは剣術の勝負。そこで気付かされたのは、貴族で軍人になるべく育てられたヘンドリックの経験量。真っ当な剣術を習得していた。
俺は共和圏の人間なので詳しくは知らないが、帝国式の剣術なのだろう。剣を持つ手を前に半身になりながらの構えは、前世のフェンシングを思わせる。
片手剣で最もリーチを出せる構えだ。
対する俺は体の正面に剣を構える剣道に近いスタイル。両手で柄を掴んでいないだけで、剣の使い方は大差ない。中段に構えて、上中下のいずれにも攻撃できる。
突き主体のヘンドリックの切っ先を、払っていくが、無理に踏み込んでこないので、カウンターも狙えない。
そのくせ攻めのパターンが豊富で、フェイントに釣られると、体勢を崩されそうになる。するとすかさず鋭い一撃が腕を狙って来るのだ。
機体のチューニングが合っただけでここまで変わるかという洗練された動きに、俺は攻め手を失わされる。
正直、剣術で勝てる筋が見えなかった。
「でもこれは魔導騎士の対戦なのよね」
剣術やロッドの試合であれば邪道とされる戦術も魔導騎士同士の戦いでは正道。戦うことに特化された魔道具は、様々な機構が組み入れられている。
左腕を前へと出して、閃光を放つ。カメラアイは即座に光量を落とすフィルターを被せてくれるが、それでも一瞬は怯む。
そこを剣を払いながら間合いを詰める。
『甘いなっ』
こちらが突っ込むのを予測していたヘンドリックは、胸元に仕込んでいた爆裂術式を発動。今度はこちらの視界が爆風に覆われる。
ここで正面からの敵に対応すべく拳を振るったヘンドリックと、あくまで邪道に徹してスライディングを敢行した俺とで明暗が分かれた。
相手の股下を抜けるようなスライディングで、相手の両足を刈り背後へと抜ける。対してヘンドリックは拳を振るったが為に重心が前へと流れた所へ、足払いを受けてまともに転倒してしまう。
すれ違いざまに右足を抱え込みながら立ち上がった俺は、スラスターを吹かして前へと逃げようとしたヘンドリックの背中を踏んでそれを阻止。
剣を相手のコックピットがある腹部へと向けると、勝利の判定を得ることに成功した。
「次は負けるかもな……」
魔術師クラスでここまでの実技を修めている人間がいるとは考えていなかった。稽古で培われた剣術は本物で、俺が勝てたのは実戦経験の差。
アイネとの訓練やウルバーンでの戦い、ケルンとの稽古など多彩な経験を積んできたのが活きた形。
しかし、天賦の才ではヘンドリックの方に分がありそうだ。格上との対戦を繰り返していけば、ヘンドリックの方が伸び代は多そうだった。




