発信機の開発
1週間ほどを電波の研究で費やし、オールセンは発信機を作り上げていた。情報量の不足については、情報端末などで使用されている圧縮方法などを取り入れ、発信方法にもパルス式で極短時間に送れる情報量を増やしていた。
電源として風の魔力タンクを使用し、電撃を電流のみに限定して無駄を排除、発信時間の確保を行っている。
発信時に必要な情報の面で俺は多少の貢献ができた。放課後の課外学習で習得していた位置情報の把握術をその方面の知識に不足のあったオールセンに共有。現在地の確定に必要な情報を集めた。
盗まれたコンテナは当然、船内に格納されていて、外の情報を得ることはできない。しかし、運んでいる海賊船自体も航行の為に情報を集めている。
それを拝借できないかと他の課の教員に確認を取った。
しかし、基本的に位置情報というのは受動的な情報で確認する。どこかと通信して誘導して貰う場合は、自分がどこにいるか確認する必要はなく、ここにいるという通信を行って、引っ張って貰う形になる。
そのため、現在地の情報を運んでいる船から得るのは困難だ。コンテナから船へハッキングを行い、情報を引っ張り出す必要がある。
単なる犯罪者であれば、セキュリティの観念も低く、自動解析で済む可能性もあるが、俺達が相手にするのは、隣国が送り込んだ可能性が高い海賊。潜入工作しているプロの軍人である可能性も高い。
そうなれば、セキュリティは高く、自動解析なぞしようものなら、アクセスログからハッキング元を割り出されてアウト。
ではどうしたものか……と航海士の教員に相談してみると、光学観測なしに自分の位置を確認する魔道具がある事を教えてもらった。
船が遭難した際に、外部モニターが死ぬ可能性もあるので、外を見られない状況でも、周囲の状況を確認できるように作られた魔道具らしい。
宇宙空間で重宝される光の魔力は、恒星から発せられている。その魔力の中には、目に見えない成分もあるのではないかと疑問を持った研究者によって、光を遮った状態でも魔力が通り抜けている事実を見つけたらしい。
紫外線なのか、ガンマ線なのか、その他の電磁波なのか分からないが、何らかの魔力を伴っているのだろう。
電磁波も光も同じ速度なので、光が届いているなら魔力も届く。そして光が遮られた空間であっても、外壁を貫通する電磁波から得られる魔力を検知する装置が開発されていた。
その方向はもちろん、魔力量から距離も計測できるとか。
それらは受動的な計測で判断できるので、海賊達にもバレないだろう。装置自体を見つけたとしても、それが何の魔道具なのかは細かく調べないと分からないだろうし、海賊達、隣国の軍人としては、情報を発信していなければ気に止める事もないはず。
魔法ではなく、電波によって情報を発信すれば、魔力感知には引っかからない。
「これでいけるかもしれない」
電波の速度は、海賊船が跳躍する空間転移の術式に便乗する事で補い、跳躍先の位置は、観測機により取得、それを電波に乗せて発信すれば、気付かれることなく、海賊船の位置を知ることができる。
「次の問題は、電波を受信する方法か」
電波が少ないラグで到達できるのは、襲撃を受けた星系のみ。コンテナを奪われる際に、それまで運んでいた船で受信できるのが一番だ。
しかし、海賊達もバカではないので、通信装置を優先的に壊していく。援軍を呼ばれるのを防ぐ為だ。
海賊の襲撃の手順としては、ジャミングを掛けて跳躍できなくし、それと同時に通信も途絶えさせ、航行能力を奪って外部の通信装置を破壊してから、コンテナの強奪に入る。
コンテナを奪った後で輸送船を破壊する様な事はない。人死にを出すと捜索が厳しくなるし、現場で手間をかけるくらいなら、さっさと逃亡する方が良いからだ。
ジャミングが晴れた後は救難信号を出すことしかできない。そこに救助が来て、ようやく海賊の被害だと分かり、捜索しようにも手がかりはなくなっている。
撃破される事はないので電波を輸送船で受信する事はできるだろうが、そこから発信するのが難しい。襲われるのは居住可能な惑星のない星系が多いので、代わりに通信してもらう事もできない。
海賊によるジャミングが晴れて、救難信号を飛ばす際に、一緒に転移先の情報も飛ばしてもらうのが最速か。
「この方法だと2回跳躍されるとどうしようもないけど……まずは機能するかの確認からだな」
普通は跳躍するのに多くの魔力を使うから、二度目の跳躍までは時間がある。その間に追いつくことができれば、捕らえる事ができるかもしれない。
ただ追跡を巻くために複数回跳躍するために魔力を分けて使われると追跡できなくなる。現状、追跡されないから一気に距離を稼ごうとしてくるはずだが、いずれはそうした対策は取られるだろう。
ただ未来の回避策も今の対策がちゃんと効果を発揮しての前提。今回の対策がちゃんと機能する所を目指さないとな。
航海士の教員にテストの協力を申し出て、何とか空間跳躍でちゃんと装置が機能するかを確認する段取りができた。
軍学校に配備されている練習用の船は数に限りがあるし、跳躍だってタダではない。光の魔力は恒星より降り注ぐので原価はかからないが、魔力を集めるための集魔帆は、広げていると小さなデブリに破られたりするので、メンテナンスが欠かせない。
航行船自体も様々なメンテナンスが必要だった。個人の希望でホイホイと動かして貰うわけにはいかない。
そのため、授業で行う跳躍実習の際に、コンテナに付ける発信機と、受信機で確認してもらう手はずだ。
幸いそれほど先の話ではなく3日後。
それまでに精度を上げるべく調整を行って過ごした。
結果としては成功と言える。座標算出に必要な情報を電波に乗せて発信、転移元で受信する事ができた。
一つ懸念が出たとすれば、電波を発信する際に電力を確保するために風の魔力をかなり消費したこと。
一般的な通信に使う魔力とは違うので、即座に何があったかは分からないだろうが、警戒される危険は残っている。
討伐隊が向かった時に、待ち受けていたら少々厄介だ。転移した先を狙い撃ちされると被害が出る。
「その辺りはプロに任せな。こうして追跡する手段を提供しただけで学生としては十分だ」
航海士の教員は即座に上層部に提案してくれるらしい。それだけ海賊への対抗策というのは求められていたようだ。
オールセンが設計図を起こして提出してくれたので、量産も可能。ただ新たな対抗策ができた事を知られるわけにはいかないので、極秘裏に生産、コンテナへの積み込み、救難信号装置への組み込みが行われる事になる。
実際に稼働するにはもうしばらくの時間が必要になるだろう。
「電波、面白い、どこで知った、の?」
「え、えーっと、生まれた所……かな」
海賊被害を抑えるために、思わず前世の知識を使ったが、電波という概念を安易に提供しすぎたかもしれない。
「資料、は?」
「ないね。襲撃を受けて追い出されたから」
オールセンの探究心を考えると、下手な言い訳をするよりも、もう手に入らないという事実を突きつけた方が大事にしなくて済むと考えた。
俺がとある研究所の出身で、そこには色々と知識が蓄えられてたが、何者かの襲撃で緊急脱出して持ち出せる物はほとんどなかったと。
「それは……ごめん」
「もう昔の話だから。ただ詳しい資料なんかは手に入らないんだ」
「自分で、調べるから、いいよ」




