魔導騎士訓練の後
「ボクには、向いてない」
「魔力量は関係ないだろう?」
「細かな制御を、練習するにも、魔力はいる、から」
魔導騎士の操縦には多くの魔力は必要ない。それこそ魔術師になれない者でも戦える兵器なのだ。
ただそれを緻密に制御しようとすると、自分を身体強化するような感触が必要になる。とはいえ戦場でそこまでの緻密さが求められる訳でもない。
組み合って背負投げをしようと思ったら、かなりの精度で制御を行う必要があるが、魔導騎士の戦いは白兵武器、剣やポールウェポンを使うのが普通。それでなければ、拳で殴り、足で蹴るくらいだ。
その程度であれば緻密な制御は必要ない。
ただ最低限の立って歩くの段階に進むにも、ある程度の制御能力を要した。今日の授業中では貴族以外、立たせるまではいけても、歩けるまでになる者はでなかった。
「改造できれば戦える……とかは考えてそうな顔だな」
「でも無理。訓練に使う機体、借り物」
訓練で使用した魔導騎士は、魔導騎士クラスの予備として用意されている機体。魔術師クラスに配備されたものではない。ましてや個人で改造するわけにもいかなかった。
自分の魔力に合わせたチューニングを行えるだけでも、制御難易度は下がるかもしれない。
貴族の子供が自分の家にある魔導騎士で練習する際には、それなりの調整を行った上で乗っていると思われた。
そしてある程度コツを掴めていれば、他の機体を動かすこともできるようになるらしい。
「義手、義足の魔道具でも使ってたら、その延長って感じかもしれないけどな」
「魔導騎士に乗るためだけに、手足を付け、替えて、練習できない……」
そう言いながらもオールセンのスイッチが入るのを感じた。自分の手を見つめながらボソボソとなにかを言っている。
ある種のオタク気質というか、専門家というのは、自分の世界に入り込んだ時の集中力が違う。
俺の存在を忘れた様に手を見つめながら握ったり、放したりを繰り返し続けた。俺の言葉はもう届きそうにない。
新たなソース作りは先送りだな。オールセンの成績の方が優先だ。
自分の考えに没頭し始めたオールセンを置いて、俺は工作室を出る。放課後の予定が急に空いてしまったので、教員に他クラスの事を聞きに行く段取りもできていなかった。
図書館という気分でもなかったので、運動場の方へと足を伸ばす。
軍学校に部活動という概念はなく、放課後の過ごし方というのは、自分の長所を伸ばしたり、短所を克服したりという補講に費やす者が多い。
帝国中から集められた生徒の中でもトップグループである二学期以降も残った生徒達は、基本的に向上心が旺盛だ。
運動場では魔導騎士を使った練習なども行われている。放課後となれば学年の垣根もなく、上級生の姿も見ることができた。
そして積み重ねた経験の違いを見せてくてる。
人機一体となった魔導騎士同士の白兵戦は、人間同士のものに比べて、よりスピード感もあり、トリッキーな機動を見せていた。
ヘンドリックにようにスラスターを利用して接近するにせよ、正面からまっすぐなんてありえない。左右はもちろん、上空や地面スレスレでの接近を行える。人間ではありえない動き。身体強化だけではありえない挙動だ。
そして守る方も単に盾で止めるだけではなく、防御結界で軌道をずらしたり、足元へ術式を展開して、躓かせようとしたり、閃光を放ったり、火柱を上げたり。
仕込まれている魔道具で行っているのだろうが、魔術師同士の戦いよりも展開が早い。
放たれた攻撃魔法自体は防御結界に阻まれて、機体自体へのダメージは軽微。しかし、それによって視界を塞がれ、バランスを崩され隙となる。
そこへ本命の武器による一撃を叩き込む。
鉄塊ともいえる大剣であったり、長柄の槍や斧。人間が持つものよりも人型に対して大きめの武器を振り回し、必殺の一撃を打ち合う。
その迫力には周囲で見守る1年生は息を呑んで見つめるだけだ。ルイスの姿も見えた。
俺もそこに混ざるか考えたが、まだ機体を動かせる様になったばかりで、高機動な戦いを見ても基礎が分かってないだけに凄さを感じづらいと思って止めた。
もっとスラスターなどを制御するのに何が必要か、コックピットからの視点でどう見えるのか、ある程度想像できるようになってからでないと、単にすげーっで終わりそうだ。
俺は喧騒の運動場を離れて校舎の外を囲うように作られた林へと向かうことにした。
サバイバル学習で降りた惑星の原生林とは違って、人の手が入った林だ。歩道もちゃんと用意されている。緑地公園といった雰囲気だが、この林も授業に使われたりした。
主に森林地の踏破訓練とかだな。その時はあえて歩道を外れた道を歩かされ、帰りだけ歩道で楽させてもらえるとか、そんな感じ。
そして魔術師クラスとしては、天然の魔力を感じる場としても開放されている。植物などは魔力循環の要点とも言われ、土に立ち、水を吸い上げ、光で育ち、風を運ぶ。
森林浴をしながら、魔力の巡りを感知するのが、一つの授業として行われる。
林の中にも魔力の濃い薄いがあるので、それらを見極めたり、日々の変化などを感じるテストなど、用途は多肢に渡る。
「ま、単に散歩するのに丁度いいってのもあるけど」
魔導騎士の操縦でやや荒ぶった感情を落ち着かせるにも良かった。
そうやって魔力の流れを感じながら進んでいると、先客がいることに気づいた。
風の魔力が渦巻くように、それでいてつむじ風とも言えない様なそよ風で動かされている。その中心に立つのは、クラス3位のリアだ。
こうやってしっかりと観察すれば、やはり少女の様に思えた。服装はチュニックに短パンというかキュロットといった膝上のズボンという姿。外見年齢は10〜12歳といった雰囲気。
巻き毛の茶髪はショートカットで、そよ風に毛先が揺れている。閉じられた瞳の色は分からないが、小さな鼻と薄い唇。肌は透き通るように白い。どこか天使っぽい雰囲気があった。
覗きをしているのも変なので、そのまま近づいていく。魔力の邪魔はしないようにしつつ、足音には気を使わない。カサカサという下草を踏み分ける音に気づいたのか、リアがすっと目を開けてこちらを見た。
若葉の様な明るい緑の瞳だった。
「何?」
「魔力が流れてるのを感知したから、その源へと吸い寄せられてきた」
「そう」
呟くと再び瞳を閉じて魔力を操る訓練に没頭していく。俺が側にいても気にしないみたいだな。
邪魔するのは悪いから去ろうと思うのだが、他人の制御する魔力を見るというのは、俺にとっても訓練になる。
気にしていないみたいだし、俺も訓練させてもらうか。
風の魔力自体は、風の吹く場所であればどこでも集められる。風が強ければ魔力量も上がるし、内包物があると干渉して魔力を得にくくなったりする。
例えば、雨や霧の時は水の魔力に邪魔され、砂塵が舞っていれば土に邪魔され、高温過ぎると火に邪魔されるといった具合だ。
なので良質の魔力を得るために、魔力を制御して純度を上げていく方法がある。湿気を減らして、気温の差を埋めて均一になるように。
しかし、風の強さというのは気圧の差。気圧の差は上昇気流、下降気流、つまりは気温差によって生じる。
均し過ぎれば風が止み、魔力も滞る。その絶妙な間合いで純度の高い魔力が生まれた。
僅かな時間に訪れる最も効率よく魔力を抽出できるタイミング。それを掴んで集めて魔力庫に蓄える。そんな作業をリアは行っていた。
その手腕を見事としか言いようのない。俺は自分の中にある魔力を扱う事にかけては、かなりの自信を持っているが、リアは自然の中にある魔力を扱える。
自然の魔力は扱いが難しく、それを取り出して自由に使うために、繊細な技術と集中を要して、使用したい術式に乗せるまでが大変だった。
自分の魔力を使うだけなら、そのまま術式に流し込めば良いので簡単だ。
しかし、個人で持ってる魔力量には限界があるので、自然から魔力を供給できるとすれば、惑星まるごと自分の魔力と言えるかもしれない。
そのアドバンテージは無視できない。
ああやって使いやすい形で魔力庫に蓄えていれば、俺の魔力を凌駕されるだろう。
即応性には欠けるが魔力を扱う技術という意味では俺を既に超えられているかもしれない。クラス3位の評価も、蓄えられた魔力量次第では一気にひっくり返されるかもしれないな。




