新たな授業
魔道具を食堂に届けた翌日、楽しみにしていた授業の日だった。それは魔導騎士への搭乗訓練。
魔導騎士は現代の戦争の主力となっている兵装。5m超の人型兵器だ。
俺が開拓船で見つけたパワードスーツはあくまで着て操作する鎧の延長の様な装備だったが、魔導騎士は乗って操縦するタイプ。
魔術師クラスは魔導騎士に乗って前線に出るわけではないが、一通りの操作を教わる事になっている。
オールセンなどは魔導騎士の改良などに関わる技師になるだろうし、ヘンドリックなどの貴族家であれば、領地を統治するために魔導騎士を使用するらしい。
もちろん、俺が目指す偵察や諜報で宇宙を飛び回れる部隊でも、魔導騎士を使う機会はあるので、ある程度の習熟を求められる。
ルームメイトのルイスなどは、魔導騎士を集団で運用する訓練を受けているだろうが、魔術師クラスでは単独行動がある程度行えたら合格がもらえるはずだ。
「各員、搭乗」
教官の号令の下、それぞれの魔導騎士へと乗り込んでいく。膝を付いた状態で静止した人型兵器の、腹の辺りにコックピットがある。
そこの座席へと座り、両手を魔導デバイスに乗せて魔力を流すと、コックピットが閉鎖され感覚が魔導騎士へと接続されていく。
視覚が魔導騎士のカメラにリンクし、聴覚がマイクへ、触覚が全身へと緩やかに繋がる。自分の身体が一回り大きくなった様な感覚で、周囲の様子がわかるようになってきた。
「感覚のリンクが終わったら、ゆっくりと立ち上がれ」
マイクを通して教官の声が聞こえてくる。ややノイズ混じりなのはまだ上手くつながってない証拠か。
聴覚とマイクのリンクを調節して、音がクリアになるようにしていく。その細かな調整を行ったおかげで、視界や触覚の感覚もクリアになっていた。
「シンクロ率が上がった……みたいな」
前世のアニメを思い出しながら周囲への知覚を広げていく。運動場に並べられた魔導騎士が徐々に動き出している。
『ふん、型落ちはやはり鈍いなっ』
いち早く立ち上がり、移動を開始していたのは侯爵の息子であるヘンドリックだった。実家の魔導騎士を操作した経験があったようだ。ぎこちなさはありつつもしっかりと歩き始めている。
やはり貴族連中には他にも経験者がいたらしく、動き出せる者が多かった。
「ま、焦っても仕方ないよな」
手足の感触がリンクして、自分の身体として感じられる様に、魔力の制御を進めていく。本来の身体は座席に座った状態なのに、魔導騎士の跪いた姿勢を強く感じられる様になってきた。
「そろそろいけるか……」
膝を付いた状態から体を起こしていく。激しい運動をした直後の疲労した体の様な重さを感じながら、両足で立ち上がっていく。
膝が笑いそうなプルプルする感触はなんだ。魔力が足りてないのか。上半身より、下半身へと魔力を流す様に意識を集中する。
魔導騎士の動作はタンクに蓄えられた魔力を使って行う。操縦者が使用するのはあくまで制御のためだ。自分の魔力でパワードスーツを動かした時とは違って、タンクから導線を制御して、不足箇所へと補っていくのは、いつもの感覚と違ってスムーズには行えない。
「自分の魔力じゃないってのが、割と面倒な感じだな」
いや、違うか。タンクと感じてる部分を自分の魔力で置き換える感触にするのか。魔導騎士を操縦すると考えるんじゃなくて、自分の身体が大きくなったと感じる様にリンクできれば……。
ぐっと視界が上がって立ち上がる事ができた。ただ貧血を起こした様に、クラっと視界が揺れそうになる。
下半身に魔力を集めすぎて、上半身の魔力が足りてないのか。まさに立ち眩みって感じだな。
となると対処法としては、一旦目を閉じて平衡感覚へ意識を集中して……グワングワン視界が回りそうな感覚。
大地を踏みしめる感触を確かめつつ、倒れてない、倒れないと下手に動こうとせずに魔力が落ち着くのを待つ。
やがて血が巡っていく様に、平衡感覚のぐらつきが収まっていき、目を開ける事ができた。
「何とか立ったままでいられたか」
自分の魔力で身体強化を行う様に、手足へと魔力が巡る感触を掴めてきた。するとパチンとスイッチが切り替わる様に、感触がリンクする。
「よっし、把握。なるほど、これが中央演算に接続できた感触か」
人機一体とまではいかないだろうが、今までズレ続けていた様な感触が落ち着き、身体強化した体に近い感触を得ることができた。
『ファースト、俺様が稽古をつけてやるっ』
俺が何とか立ち上がったのを見て、ヘンドリックが近づいてきた。ちなみに機体番号はクラス内順位と一致しているので、俺の乗っている機体をマークしていたらしい。
「僕は一人でやれるからいいよ」
『経験者たる俺様が指導してやった方が、習熟は早くなるぞ、感謝しろっ』
聞く耳を持たないヘンドリックは、経験値の差によるアドバンテージを活かして、優位に立ちたいというのがあからさまだ。
そして教官もそれを止める気配はない。多少じゃれ合う方が習熟が早いというのは本当なのかもしれない。
『俺様も兄者に指導されてコツを掴んだのだ』
そう言いながら手を伸ばし、俺の胸を押してくる。重心のバランスを崩されたのか、生身よりも強く後方へと引き倒されそうな感覚に襲われた。
ただその感触には覚えがある。
「重力場戦闘させられた時の感覚か」
アイネとの戦闘訓練の中で、重力を変えた状況での訓練というのがあった。惑星によって重力環境は異なってくるので、軽い時、重い時をそれぞれ想定しての訓練だ。
自分の体が重くなった感触と、魔導騎士の体の感触に近いものを感じた。
重力が違っても、人が立つというのはバランスが大事だ。全体が重くなったとしても、重心さえ制御できれば簡単には転ばない。
胸を押されて頭部が後方に流れると、全身の重心がズレて転ぶ。なので重心を安定させるために半歩引く。普段は無意識に反応できる事も、体が重いと反応が遅れて転ぶのだ。
なので意識して自分から動くことでバランスを確保する。
『ぬっ』
俺が転倒することを期待していたらしいヘンドリックの悔しそうな呻きが聞こえた。機体を動かすきっかけを教えてもらえたことは確かなので、こちらからもお礼をしないとな。
半歩下がったところから重心を意識しつつ前へ出る。あまり足は上げすにすり足の意識で重心を前に動かし、後ろ足を蹴り出して体を前へ。
すっと距離を詰めて、ヘンドリックの寸前に立つ。
『うおっ』
やや仰け反ったところへ、少し腕で押してやると、踵が動かずに上半身だけが後方へ。そのままバターンと倒れた。
しかし、そこからバーニアを吹かす形で地面を滑りながら立ち上がる。なるほど、そういう装置もあるのか。移動手段が歩くだけだと遅く感じるものな。
『なるほどっ十分に動かせるようなら手加減はいらないなっ』
無様に転倒させられた事でプライドを傷つけられたヘンドリックが、加速しながら向かってくる。
自分の優位があるうちに勝負を仕掛けようとか器が小さいぞ。しかし、直線的な動きは分かりやすい。後はタイミングを合わせてやれば捌くのは容易だ。
身体強化の要領で魔力を制御して、加速しながら殴りかかってくるヘンドリック機の拳を軽く外へと流し、体を反転させる様に腕を抱え、足を払うように蹴りを放つ。
一本背負いとまではいかないが、バランスを失ったヘンドリック機は回転しながら飛んでいく。
「まだまだ思った様には動かせないか」
本来なら腰に乗せて跳ね上げる所を足を掛けて転ばせる程度しかできない。地面に叩きつけてダメージを最大化する投げが、中途半端に抜けてしまって地面をゴロゴロと転がっていくので、機体へのダメージは大したことないだろう。
ただ視界と距離感にズレはなかったので、格闘戦も問題なく行えそうだ。
防御結界が常備され、射撃魔法は無効化される魔導騎士同士の戦いは、白兵戦がメインになる。自分の身体を使った格闘術を、いかに再現できるかが強さに直結するのだ。
腕や足の動きを確認しながら授業時間を過ごした。
ちなみに投げ飛ばされたヘンドリックは、転がるうちに意識を飛ばしてしまっていたらしい。




