魔法の授業
授業で魔法の技術について学んでいく。脳裏に浮かぶ図形の意味が分かっていく。術式の基礎となる属性を示す図形と、それを補強する図、そこからどんな動作をするか、その制御と図を足していって、一つの魔法として仕上げられていく。
図形はまさに電子回路の様に絵のような模様とそれに繋がる線が複雑に組み合わさった物になっていく。その線の太さによっても出力が変わり、線が細くなりすぎると魔力詰まりが起こって、先の回路に魔力が回らなくなったり、逆に線が太くて魔力が広がって濃度が足りずに、回路が起動しなくなったりする。
既存の図形をアレンジするにはその辺の出力にも気を付けて、役割をつけていかないといけない。
俺が今まで勝手に組み替えてきた部分は、あくまで既存のパーツを状況に合わせて付け替えたり、並べ替えたりすることで行ってきていた。
なので本当の意味で新たな機能をつけようとすると、どうすれば良いのか分からない。もちろん、脳裏に刻まれた術式の数々は豊富で、その組み合わせだけでアレンジは十分だ。
例えば、青白い炎で熱量を上げる術式を作るとなった時に、火の魔力だけに魔力を多く入れるのではなく、風の魔力を加える事で酸素の供給量を増やして、燃焼効率を上げるといったアレンジは可能だった。
しかし、料理魔法を進化させようとしても、細かな料理技術がほとんど発展していないこの世界では、その方法がない。
下ごしらえで余分な血を抜くというのは、毛細血管まで水魔法を行き渡らせる水魔法の操作で行う事ができるが、出汁を染み込ませるといった概念がないので、下味を付ける魔法というのを作ることができない。
どうしても表層にスパイスを添加するといった術式止まりになってしまう。
そのため、噛み締めた時に溢れる味はどうしても淡白というか、浅い味になってしまうので、出汁を作ってそれに浸し、空間収納で実際に時間を置いておくといった調理法になってしまう。
この世界は治療を魔法で行う世界なので、毒の技術というのも即死系しかない。体調不良があれば魔法で『元の状態に戻す』という治し方のため、遅効性の概念がない。
そのため、体にじっくり浸透させるといった概念も育たなかったので、旨味成分を染み込ませる魔法というものもなかった。
それを一から作ろうとすると、まず細胞といった体を構成する要素を観測する魔法から自作していかなければならず、その作り方が分からない。
「オールセンに協力して貰えれば作れるのだろうか……」
自分のアイデアを魔道具に反映させる能力に長けたオールセンは、魔法を構成する要素を分析して、それを組み上げる技術が卓越している。
それは既存のパーツを組み上げる能力かもしれないが、自然現象を魔法に落とし込む技術も高い可能性はあった。
ただ彼からの連絡はまだない。情報端末のアドレスは教えているので、彼の心の準備ができるまでは待つ姿勢だ。
「調理魔法ねぇ……」
担任に魔法技術の習得に関して相談といって、調理魔法について聞いてみることにした。自分でクラス1位に指名した俺の質問に、期待するような視線を向けていたが、その質問が調理魔法だったので、あからさまにがっかりして見せる。
「はい、今の調理魔法は焼く事についてはかなり細かな調整ができますが、味付けの面が弱いと思います。改良する余地があると思うのです」
この世界の料理はシンプルだが、そのためか焼き加減はかなりこだわりが詰まっていた。焼き加減のレア、ミディアム、ウェルダンももっと細分化されているし、表面をカリッと仕上げたり、中から温める、均一に温める、逆に偏らせて調理するなど、制御が複雑に構築されている。
その反面、味付けは外から塩コショウを振りかけるだけのような、シンプルさだ。スパイスの種類こそ多様で、からし系、わさび系、胡椒系、唐辛子系などそれぞれに辛さの段階まで指定はできた。
ただどうしても表面だけの味付けなので、出汁の文化で育った前世を持つ俺にとって、深みのなさを実感してしまうのだ。
食材についても鮮度を保つ事には注力しているが、逆に発酵という概念には乏しく。寝かせることで味が引き立つといった調理法がない。
「確かに未開拓のジャンルで、開発する余地はまだまだあるのかもしれないが……」
軍学校であり、仮想敵国がいつ侵略してくるかも分からない情勢で、どうしても魔法の研究は戦争に偏りがちだ。
俺は戦時こそ食が大事だと思っているが、前線を知る人間には、目の前の敵を倒すことに注力したいというのは分からないでもない。
担任が渋るのも当然。というか、本人にはその方面の知識もないのだろう。
「寮の食堂の調理人と話す許可を頂けますか?」
「う〜む……まあ、良いだろう。探究心があるのは良いことだ。リクエストを出しておく」
「ありがとうございます」
俺の出した妥協案に渋々ながら了承してくれた。今の濃い味付けだけの食卓を豊かにしてやるぞ。
面会の許可が出るまでは時間が掛かるので、俺は図書館へと向かった。今日の授業で術式の基礎を習ったので、理解できる範囲が増えている。
いきなり上位の魔法を開発したりはできないが、術式の組み立て方が見えてきた分、新たな術式を考える素地は広がった。
「新たな術式を考えるためには……」
調理魔法の開発もそうだが、今までにないジャンルを開拓していくためには、情報が必要だった。
過去の魔術師達も、情報収集から新たな魔法の開発を行ったはず。
俺が調理魔法をベースに考えているのは、最終目標であるアイネの復活へ繋げる部分。人体錬成、ホムンクルスの作成だ。
帝国でもホムンクルスの作成自体は行われているが、そこに自我は認めていない。あくまでも生体ロボットとしての運用だ。
そのため、頭部に制御素子を組み込み、思考能力を限定する処置が行われている。それは倫理的にどうなのか。前世でもクローンの作成については、倫理観から制止が掛かっていたかと思う。
じゃあ、電子頭脳、AIの作成についてはどうなのか。使用の限定などの話は聞くが、より自由な思考能力を持たせてあげるべきだという論はあっただろうか?
人類に魂があるとすれば、電子頭脳で思考能力を得た存在に魂は宿るのか……異世界で転生した俺は、魂というモノが存在し、死後その体を離れるというのを体験している。
電子頭脳で再現されたAIが十分な思考能力を持った時、そこに魂は宿るのか。その能力を縛るために、制限を掛ける事は電脳の自由を奪う、電脳権の侵害となっていくのだろうか。
この世界ではコンピューターの代わりに、ホムンクルスなどの生体パーツを用いた開発が進んでいる。
情報端末などに組み込まれている魔法陣なども、精霊を用いて代わりに思考させている部品があるという。
より生物に近い機構を使っているが、そちらが何らかの権利侵害とはなっていないらしい。ホムンクルスなどの人造的な生物には、権利がないとされているという事だ。
あの研究所で作られたホムンクルスであるアイネは、単に命令をこなす人形なだけではなく、自我も持っていたと思う。
これは倫理観の薄い研究所の魔導士が、ホムンクルスの自我の封印をあえてしなかったという可能性もあるし、アイネもまた誰かの魂を入れて作られたホムンクルスであった可能性もある。
アイネの死亡時に魂を取り出して、水晶に封じられたはずなので、彼女は魂を持っていたという事になる。
魂は自我に宿るのか、それともホムンクルスであっても魂を得てこの世に生まれているのか。色々と闇の深い分野であろうことは予測できる。
アイネの魂をホムンクルスに憑依させるとしても、ホムンクルス自体の研究も必要になってきそうだった。




