歴史の授業
オールセンの上に乗っかった氷の塊を溶かすと、当然水浸しになったのでそれを乾燥させる。肩を貫いたレーザーは、さほど太くなく、傷口も焼いていたので出血は見られなかった。
それを治癒術式で治していると、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り始めたので、オールセンとはほとんど会話も無いままに教室に戻る。
午後の授業は歴史だった。魔術師クラスでも多少の一般教養はある。
始祖の星と呼ばれるこの世界の人類が生まれた星から、長距離転移が確立された事で外宇宙へと飛び出す。
初期開拓民は選抜されたエリート集団で、始祖の星から観測された恒星を目指して旅をする。最も近い星系へと到達するも、居住可能惑星はなく、テラフォーミングしていくか、新たな星系に行くかで意見が分かれ、新たな星系を目指した一派が、帝国の一族と言われている。
新たな星系を発見し、居住可能な惑星を発見した開拓民は、そこを拠点に更に新たな星系を開拓していく。
居住可能な場所を確保した人類は、惑星ごとに国家を樹立。独自の統治機構を作り上げていった。
そんな中でも宇宙を旅する技術は進歩していき、それに伴い恒星間の移動が活発になっていくと、やがて星系を跨ぐ国家もあらわれ始める。
その頃になると、初期開拓の頃にあった同一の目的を持った同志という意識は失われ、個々の国家への帰属意識が高まり、やがて戦国時代へと突入。
複数の星系を確保した国家同士での戦端が開かれるようになり、その中でより強い物が複数の国家を従え、やがてリーダーの血統を中心とした王国や帝国と名乗る国家が出てくる様になる。
俺が現在所属する帝国も、この時代に建国されたうちの一国だ。
元々は3つの王国を統一して、皇帝を名乗ったのが起源とされている。他の2王家は時代が進むにつれて、廃嫡されて公爵家へ降嫁される事で血統自体は残されてはいるらしい。
何にせよ、現状は皇帝が絶対権力者として君臨しており、帝国となってからは300年を数えている。
帝国と言うと侵略国家のイメージがつきまといがちだが、帝国建国以来、外征は行われておらず、版図の拡大は未開拓の星系を増やすことで行ってきたらしい。
まあ、既存の国家があっても「未開拓だった」とすれば、歴史にはそう刻まれてきた可能性も否定はできないが。
魔法科学が進歩して、様々な記録は正確に残せるようになっている反面、宇宙は広く、情報が中央に届くまでの間に、歪みが生じる事も皆無ではない。
空間転移で星系間の移動はできるが、一度に跳べる距離は限られていて、辺境地域から帝国本星へとたどり着くには、何度も魔力補給を行いながら飛ぶ必要がある。
そのために情報ギャップが生じていた。
その上で、ウルバーン星系の様に、あえて技術レベルを制限して、最新情報は伝達しないという領主の思惑なども働けば、帝国全体の歴史というものも、どこまで事実が伝えられているかは怪しかったりするのだ。
それでも軸となる歴史は存在するので、それを元に学生は勉強している。
「とはいえ、やっぱり人名を暗記するのは不毛な気もするな」
帝国の外にも国家は存在し、元々は更に外の共和圏の出である。正直、帝国内の歴史については、流れさえ分かっていればいいじゃんと思わないでもない。
そして帝国の歴史で大きいのは、隣国との戦争だ。名目上、帝国は侵略される被害国であり、定期的に攻勢をかけられているとされている。
隣国は王制を敷いた中規模の国家ではあるのだが、自分達で未開拓の惑星を発展させるより、既にあるものを奪った方が早いと考える侵略国家とされている。
直近では、20年ほど前に大規模な侵攻があり、それを防衛した後も小競り合いレベルで、辺境の星系へと侵略戦争を仕掛ける事はあるらしい。
大型艦船を揃えた艦隊で侵略してくる事から海賊王国と帝国では呼ばれていた。
「定期的に侵攻してくる相手がいるから、軍学校を最高学府として優秀な人材を集めないといけない訳だよな」
いっそ帝国から攻めればと思わなくもないが、相手は大型艦船の中に統治機構を構え、その拠点を移しながら支配する形態を取っており、艦隊自体が巨大な政府であり、その軍事力も集中されている。
また不利になれば、艦隊を切り離して逃げて立て直しを図るので、艦隊を包囲して殲滅できるだけの軍備を整えなければ、倒しきれない。
一度、帝国内部へと引き入れて、包囲殲滅を試みた事があったが、一角に戦力を集中されて突破、逃走を許してしまっていた。
そのため、帝国側からの侵略はままならないというのが現状。諜報部が政府旗艦へと潜入しようとしているが、上手くいっていれば長々と侵略され続ける事もないはずなので、失敗続きという事なのだろう。
大規模な戦争が起こって、前線に送り込まれるような自体になる前に、帝国を脱出できればと考えてはいる。
授業が終わるとオールセンの下へと向かう。彼としてはそそくさと逃げようとしていたようだが、魔力感知でロックオンしておけば教室の外へ出た後も、追跡は余裕で行えた。
『終盤のプログラムを変えた事は気にしてない。というか、評価しているよ』
と、情報端末へメッセージを送っておいたが、本人にしてみると裏切ったのに失敗したとの認識なのかもしれない。
いつもの工作室ではなく、図書室の方へと向かっているようだ。
俺はそのまま二人で話せる場所に移動するまで、追跡を続けた。
図書室のキャレルへと落ち着いたオールセンの隣へと腰を下ろす。オールセンも振り切れるとは思ってはいなかったのだろう、覚悟を決めた様子で俺を見た。
「ご、ごめ、ん、なさい」
「だから謝る必要はないよ。対戦をする以上、勝利を目指すのは当然の事だからね」
罪悪感の滲む表情を見ながら、俺は諭すように言った。力量を考えれば現時点で俺が勝つのは当然の結果。だけどそれを素直に受け入れるようだと逆に困る。2番でいいと思うような奴だと、すぐに3番手と入れ替わられる可能性が高いからだ。
自分の力に自信がないと、向上心を持てないと、順位を維持するのは難しい。特に3番手のリアは感情に乏しく、何を考えているのか読めない様な相手。正直、あまり対戦したい相手ではなかった。
1番手として狙われる立場なのは仕方ないとして、その防波堤として君臨して貰うには、オールセンの存在は貴重なのだ。
「僕が利用するためには、向上心を持って僕の立場を狙うくらいの気概は持っててもらいたいんだよ」
「……」
あけすけに話す俺に対して、悔しさをにじませつつ睨んでくるオールセン。
「ただ不意をついた程度で、覆せると思われるのも困る。できれば、実力で僕を倒すくらいの覚悟は欲しいかな」
「……余裕、だね」
「現状は……ね。その程度にはまだ差があるから。本当に僕の地位を狙えるようになったら、もっと厳しくあたる可能性はあるけど、そこまでは引き上げたいと考えてる」
くっと息を詰まらせるオールセン。
「だからそんな傲慢なヤツを倒すために、僕の持ってる知識を利用するくらいの意気込みで挑んでくれていいよ」
「……」
「ま、完敗して悔しいと思ってる間は、素直に聞けない言葉かもしれないから、今日のところはこれで引き上げる。僕達の目的は学内の順位じゃなく、もっと先だって思うから、その辺を考えてみて欲しい」
そう言葉を残して、俺は図書室を出た。
実際、15歳で同級生に言われたら腹立つ事この上ないって思うしね。前世の記憶を持つ俺は、思春期って訳でもないから自分以上の存在は当然いると考えられるし、別にそれに勝つ必要もないって割り切れるんだけど。
良きライバルとして、俺の今後に役立って欲しいものだ。




