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オールセン

 初日の授業は基礎の復習がほとんどだったので、新たに得た知識というのはほとんどなかった。それでも学べる内容には期待が持てる。

 俺は別に稀代の魔術師として名声を得たいわけではないが、死なない強さは確保しておきたい。特にこれから死霊術を研究していくにつれて、襲われる危険が増していくからな。

 正義を振りかざす騎士団に負けるわけにはいかない。


 さて地力じりきを付ける方法として、長所を伸ばす方法と短所を消していく方法、どちらが良いのか。

 俺の長所は、前世の知識を活かした威力向上とそれを実現できる魔力量。

 短所は脳裏に刻まれた知識頼りで、しっかりとした理論が足りてないために効率が悪い点。


 長所を伸ばすとすれば、この世界の魔法と物理の関係を確認して、より威力を高める方法を模索する事になるし、短所を埋めるには魔法理論の理解を高めていく必要がある。


「どちらにしても、魔法の理論を理解するのは大事か」


 ショートカットして魔法を使えるようになった俺は、やはり魔法への理解が足りてない。そこを補うのが最終的には近道になるか。

 特に死霊術に関しては、前世の記憶はほとんど役に立たない。この世界には、幽霊も一つの事象として実在している。死霊術はそうした浮遊霊を使役する所から始まったはずだ。

 ただその詳細は封印されている。学びの最高峰として存在する軍学校とはいえ、表の図書室には死霊術に関する本は全く無い。


 極限ごくかぎられた人員にしか閲覧を許されない裏の図書館が存在する可能性はかなり高いが、それを探すのは困難だろう。

 そして少しでも探っていると思われると、後ろに手が回るか、神殿騎士団に襲われるか。いずれにしても楽しくない未来が待っている。


「なのでそっちは封印して、あくまで魔法の理解を深めるのが先だね」


 俺は目的地に向かって歩き始めた。




「ここ、良いかな?」

「え……? ファッ、ファースト!?」

「ファウスト?」


 はて、この世界にもファウスト博士みたいな話があるのだろうか。

 俺が訪れたのは工作室。色々な道具が揃っていてある程度は自由に使わせてもらえる。とはいえ基礎も習っていない初日から、この部屋を利用する人間は限られていた。


「ニック・オールセン、少しお話させてもらってもいいかな?」

「え、いえ、僕は戦いません。実戦向きじゃないんです」

「いや、対戦する気はないよ。単に話をしたいだけだ」

「僕なんか弱いですし、すぐに順位は下がるんでっ」


 どうにも酷く緊張しているのか会話になっていない。元々オドオドと周囲を気にして落ち着きがなかったが、俺が話しかけるとより取り乱した様子になった。

 そんな彼の眼の前で手をパンッと打ち鳴らす。


「ひあっ」

「お話、いいかな?」

「は、はいっ」


 びっくりして一度リセットさせてから、改めて話しかけると、ようやく目が合った。


「オールセンは、魔術具の知識が豊富だよね」

「は、はい……」

「それは魔法全般の知識も豊富だって事だよね?」

「ど、どうでしょう……」


 魔術具を作るには、まずそこに込める機能を考え、その魔法陣を作成する。それは電子回路の様な物で、そこに動力源を繋げ、さらに効率を上げる為の冷却装置や魔力の制御装置、周囲の状況を検知するセンサー類や目標を定める為の照準装置など、様々なパーツを組み合わせて、完成させていく。

 必要なパーツ選びから、さらにそれらをどう繋げていくかによって、術式の精度が大きく変化する。

 その最適解を見つけるには豊富な知識が必要だった。


「実は僕、実技にはそれなり自信はあるんだけど、理論はイマイチでね。君にご教授願えないかなと思ってね」

「え、ええ、ファーストに!?」

「ファーストって、僕の事なのかい?」

「み、皆、そう呼んでるよ。君はこのクラスの一番ファーストだって」

「じゃあ、君はセカンドなのか」

「い、いや、ボクなんかは、全然。話題に上らないよ」


 昨日の今日で俺が一番手だって強く印象付けできたようだ。担任が明確に順位付けをしたとしても、実際に見てみるまでは納得できるものでもない。

 メリッサを圧倒して倒したことで、実力を証明できたようだ。


「実際な所、その全身につけてる魔術具を駆使されたら、僕なんかすぐに倒せるんじゃない?」

「そそそ、そんな、そんな事ない、よ。ボクが持ってるのは、日用品ばかり、だからさ」


 などと謙遜して見せるが、割とヤバい物を持ち歩いている。ライターは火力をかなり上げれるし、水筒は中身に圧縮がかけられていて、小さな穴を開ければウォーターカッターの様な使い方をできそうだ。

 他にも体温調整できるベストは耐火性能を上げる術式が縫い込まれているし、疲労軽減ブーツには、瞬間的に瞬発力を上げる機能がありそうだ。


 俺は魔力感知でそれらの術式が埋め込まれているのは分かるが、なんでそんな術式がその大きさに収まっているのかが分からない。

 俺が使っていた自動生産の魔道具だと一畳分の大きさになりそうな魔道具が、手の平サイズに収まってしまっている。


 折りたたんでいるのは分かるんだが、普通そんな事をしたら魔力が干渉してショートを起こす。絶魔素材でコートすれば、ショートはしなくても効果が落ちるし、かさばりもする。

 折りたたまれている術式を展開してみないと分かりそうもなかった。


「ま、少なくとも僕にはそんな魔術具は作れないからさ。ちょっとでも仕組みを教えてくれたらなって思う。代わりに僕が教えられる事なら模擬戦でも何でもやるからさ」

「え、えっと……」

「僕が昨日、実力を見せて簡単に挑戦できないと見せたら、次に向かうのは誰かな。本当は実力が近い目上を狙うのが正解なんだけど……」


 いつもオドオドして弱そうな人間がいたら普通は狙われる。


「ま、僕と同じ様にはっきりとした実力を見せつけてやれば、しばらくは大人しくはなるだろうけど、オールセンは実戦慣れしてないんじゃない?」

「う、うん……ボクは1人で工作するのが好き、だから」

「不慣れなうちに、一度でも負けると、次々対戦を申し込まれるハメになるよ?」

「う……」


 装備の能力は本物だから、簡単には倒されないと思うけど、それでも傍目に圧倒的と分からせられず、オドオドして不慣れな様子を見せると、なんだかやれそうな気がすると、対戦を申し込まれ続けるだろう。

 対戦を繰り返せば、オールセンも慣れてくるだろうから、挑戦者は減るだろうけど時間は掛かるはず。


「最初に僕と対戦して見せるって手もあるね」


 メリッサを圧倒した僕と、正面から渡り合えるとなれば、他の生徒を警戒させる事もできるだろう。


「嫌な事は早めに終わらせた方が楽だよ?」

「う、うん……」


 よし、言質げんちは取れたな。押しに弱そうだから、ゴリ押しすれば何とかなるだろう。俺としてはオールセンを強くする事で、俺へ挑戦してくるヤツを減らせるメリットもある。

 オールセン自身が俺を狙ってくる可能性もなくはないが、性格的に自分から仕掛けてくる事も少ないだろう。

 対戦で自信がつき始めたらちょっと警戒が必要になるかもしれないが、それまでに観戦して戦い方を把握すれば何とかなる……はず。


 もう一人、要警戒はリアとかいう他人に関心がなさそうな少女……少年かもしれないが。アレは天然系、才能で勝負するタイプと読んでいるので、得意分野を丁寧に潰していく形でまずは対応していく予定。

 ただあの子も自分から積極的に動くタイプではなさそうなので、対戦を申し込まれるのはもう少し先の話だと考えてはいる。


 俺は配属先を有利にするために、折角得たこの順位をしっかりキープできるように、万策積み重ねるつもりだ。

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