魔術師の授業
翌日から真っ当な授業が始まる。一学期は一般教養くらいで、魔術師としての授業はなかったが、クラス編成後の二学期はいきなり専門的な話が増えていた。
このクラスにまとめられた人間は、ある程度魔法の基礎は叩き込まれているが、それでも知識は色々だった。
俺のように基礎理論から刷り込まれて術式が発動する仕組みを知る者の方が少ない。
貴族の多くは記号を図形として丸暗記して、そこへ魔力を流し込む方法を教えられ、発動ができるようになったというマニュアル型。
一方で庶民に多いのは、精霊と親しくして自然の中から魔法を発動できるようになった感覚型。
現在は庶民の方が、魔力の流れや魔法の属性について感覚で知ってる分、リードしている状況だが、物事を覚えて魔法を習得している貴族の方が伸び代は大きいかも知れない。
長い歴史の中で積み上げられてきた魔法科学の理論は、感覚で魔法を使ってる者からすると難解な部分が多い。
その点、幼い頃から教育を受けてきた貴族の子女は教育という概念に慣れている。順序だった説明から、理解していく事ができる土壌は持っていた。
「順位付けは貴族が上るためのモノ……あの令嬢の言葉はあながちズレた認識でもないのかもな」
貴族の一部には魔力量や魔術師としての技量を誇る一族もまだ残ってるらしいし、魔法の腕にプライドを持つ貴族も多いかもしれないな。
感覚で魔法を使ってる人はある程度で頭打ちになるのが科学の進んだ世界の常。
前世でもスポーツなどで天才と持て囃される人間が、実は進んだトレーニングで技術を磨いた結果だという事はままある。
1人の人間がほんの数十年で掴める真実よりも、何万人の人々が何百年と積み上げた知識の方が優れているのは当然の帰結ではある。
その上に自分なりの才能を重ねられる人が、その時代の先駆者となれるのだ。
まあ、何がいいたいかと言うと、庶民は学ぶ姿勢ができてなかった。まともな授業、初日にして集中力に欠け、知識を吸収しようという姿勢になっていない。
実技さえできればいいという認識なんだろう。
居眠り程度ならまだしも、貧乏ゆすりとか、パリパリとおやつを食べる音とか、雑音を撒き散らすのは止めて欲しい。
俺はクラス分け直後と同様に一番前の席を陣取って集中しようと思っていたのに、雑音が気になる。
まあ、前世の俺も中学、高校の授業態度を考えたら似たようなものだったかもしれないが。
一度、社会人になった記憶もあると、この学ぶ時間というのは意外と面白いものだ。学生時代は早く過ぎろとしか思ってなかったのにな。
後方に遮音結界を張れば良いと気づいてからは、授業中に常設するようになった。
授業内容は魔法の基礎知識から始まっている。魔力を魔法に昇華する為に用いられる術式。その歴史として、詠唱により魔法を実現していた時代があり、それを記号図形に置き換えて、底に魔力を流すことで発動した時代。
それを脳裏に描く事ができるようになった現代。記号図形の意味を理解することで、より発動が早く、威力を増すことができ、また自分なりにアレンジできるようになるので、記号図形を覚えていくようにという感じ。
俺は生まれた時に施術で脳裏に術式を刻まれているので、今授業を受けてる生徒からすれば常時カンニングしていると言われても否定はできない。
ただちゃんと理解して記憶と知識を繋ぎ合わせないとスムーズに取り出すこともできないので、勉強しなくても良い訳じゃない。
それでも図形を曖昧な形ではなく、くっきりと呼び出せてしまうのはやはりチートくさいけど。
術式として脳裏に描く図形と、魔道具に魔法陣として刻む図形はかなり違っている。これは魔力の通し方の違いであったり、脳裏では発生しない起動ロスなどが、魔法陣では発生するため、効率の良い配置が必要となるためだ。
この辺り、俺はそこまで詳しくないので、魔法陣を構築するとややロスが目立ち、強引に魔力を流すことで起動させていたりしていて、他人には使いにくい魔法陣になったりしやすい。
これから授業を受けて克服していきたい部分だな。
あと当たり前なのかもしれないが、死霊術、ネクロマンサーについては全く触れられていなかった。共和圏で禁忌とされていたが、帝国でも同じみたいだ。
不老不死や蘇りの術というのは、研究されてはいるが、形にするのは許されないという概念的な研究で留められている。
どこかの領域に触れた途端に、魔法の暴走が始まり、生死の境があやふやになって、大量のアンデッドを呼び出す事になり、術者やその周辺を飲み込み、酷い場合は土地そのものが消失したケースなどが過去のレポートにあったりする。
そんな事もあり、魔術師の間でも死霊術は触れるべからずという共通認識があった。
俺が生まれたあの研究所が襲撃されたのも、禁忌に触れることで、思わぬ被害が周囲に撒き散らされるのを恐れたからという可能性もある。
邪な研究で生み出された宇宙を彷徨う死霊が、惑星を丸ごと死に追いやったなとという都市伝説的な話もあるので、見つけ次第潰そうという一派も存在した。
宗教の尖兵的な神殿騎士団を自称するような組織だ。
俺がアイネの魂を新たな体に定着させる研究を行おうとすると、そうした組織が出張ってくる可能性もあるので、大っぴらにできないのが現状だ。
こっそりと各所で知識を集めつつ、やはりあの研究所のデータを手に入れるのが近道だと思う。
帝国本星に来てから、できる範囲で情報を集めてはいるが、あの研究所への襲撃については全く不明なままだ。
脱出艇に残されていた座標を検索しても、居住可能惑星もない辺境の星系。共和圏でもまともな情報がなさそうな場所なので、帝国圏では全く何も掴めなかった。
やはり現地に飛んでみるしかなさそうなので、軍学校を卒業して自由に探索できる身分を手に入れるのが現実的なラインだろう。
そのために軍学校では好成績を維持して、望みの部署へ配属されるように、選べる立場の獲得を目指している。
「知ってる内容の授業でも、帝国での解釈が微妙に違ってたりするし、しっかりと勉強しなくてはな」
魔法理論自体、ちゃんと勉強していくと結構面白いものだ。前世の地球科学で説明できる事柄も魔法の世界では、精霊によって行われているとか説明されると、実際はどうなんだと実験を交えながら検証するのが面白い。
例えば電気が流れると磁場が発生する様な科学も、この世界では電気の精霊が動くと、磁気精霊が呼び出されるとなって、相互干渉するといった具合だ。
前世にはなかった魔力の概念が、エネルギー保存の法則に割り込んで作用するので、より複雑な計算になってきそうなのだが、この世界ではそこを数学的に解明するのではなく、精霊との交信によって説明されるので、実に曖昧なまま放置されていた。
「精霊の気分とか相性とか、説明が雑なんだよな。でもって魔力でバイアスを掛けて何とか制御するとか……人間の意思でこうなれと思うとなっちゃう部分があるから困ったものだ」
シュレディンガーの猫ではないが、観測者の願望が魔力となって干渉することで結果に変化が生じる……みたいな論文がまかりとおる。
そこに物理計算式を当てはめるのは難しい。
「でも物理が無意味って訳でもないんだよな」
魔法を使っていて感じるのは、人の意思を魔力を使って押し通す事で、火の玉を飛ばしたりする訳だが、その火を漠然と熱い塊と認識するよりも、原子が活発に活動している状態と認識しながら発動するのでは、結果に差が生じてくるという部分だ。
熱エネルギーの概念をある程度覚えている俺は、熱量が高まると炎の色が変わったりする事を知っている。
青白い炎は温度が高いと思って火の玉を生み出すと、威力を高められるのだ。
これを単に青い炎ってかっこよくね?
と思って生み出すと、赤い炎と熱量は変わらないまま生み出されて、威力も変わらなかっりする。
その分、魔力消費は抑えられたりするので、エネルギー保存の法則自体は、何らかの作用をもたらしているのも確かだ。
別に前世で研究職についていた訳でもない俺が、その理論を解明して論文にまとめる事はできないが、魔力を多く消費して威力を高められるという事実はアドバンテージにできる。
俺の脳裏に刻まれた術式を、前世の知識と帝国の授業で補完して、ステップアップさせていけるのは、純粋に楽しかった。




