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新学期

 帝国の最高峰学府とされる軍学校には、帝国中の優秀な生徒が集められる。とはいえその中で軍人になれる者は多くない。

 そもそも軍人の人数というのは、人口に対して多すぎては負担になるだけなので、より優秀な人材で少数精鋭を揃える方が良いのだ。

 特にこの世界では個人の能力で一騎当千がまかり通る。雑兵を集めても1人のエリートに勝てないのだ。


 それを踏まえて、軍学校は優秀な一握りを入学の一学期を使ってふるいに掛け、適性が無いと判断された者は、その能力や進路に合わせて転校させていく。

 軍学校に夏休みを越えて残る者は、その能力を軍人として認められた者のみに限られるのだ。


「思っていた以上に少ない気がする」

「そうかぁ?」


 体育館の様な建物に集められたのは300人ほど。一学年の生徒数として見れば、そこまで少なくはないが、帝国全域から集められたとすると少ない気がする。

 それだけエリート中のエリートをしっかりと育成するって事かな。


 30人ずつの10クラスに分けられるらしい。それぞれ得意な分野ごとに分けられていき、魔術師である俺と、近接戦を得意とするケルンは別々のクラスに分かれることとなった。




 魔術師系クラスに集められた俺は、ざっと他のメンバーを感知してみる。流石に魔力をだだ漏れさせているような制御できないヤツはいない。その魔力量、実力は隠されている。

 互いに興味はありつつ、即座には接触しない。様子を伺い、実力を測る。そんな時間が流れていた。


「よーし、お前ら。俺が担任のミズリだ」


 パンパンと手を叩きながら近づいてきた男は、30歳ほどか。明るめの茶毛を短く刈り込んでいる。ひょろっとした長身で、190はあるだろうか。


「じゃあクラスに行くからついてこい」


 ざっと指示を出して歩き始める。互いに牽制しあっていた生徒達は即座に反応しきれない。そこで俺は率先して担任の後を一番に歩き始めた。

 クラスメイトもそうだが、一番気になるのは担任を務めるこの男の実力だ。

 退役するには若いはずなので、現役の軍人のはず。その中で教導に回される人材の実力で、帝国全体の質も確認できそうだと考えた。


 ごく僅かな魔力を右の脇腹辺りを狙って照射してみる。一見するとそれに気づいていない様子。しかし、よく感知してみれば、俺の魔力を包むように更に薄い魔力で覆われていく。

 俺が魔力を攻撃に回したとしても、すぐに抑え込めるだろう。

 その準備を僅かに魔力を揺らがせもせずにやってのけるこの男の実力は本物だ。


 強い、弱いまでは分からないが、微弱な魔力でも感知でき、また微弱な魔力の制御も示して見せる。それはかなり繊細で実力がなければできない芸当だ。

 そんな不可視の確認をした所に、俺の後方から火の玉が担任へと向かって放たれた。

 その火の玉は担任に当たる前に防御結界に阻まれて、何事もなかったかのように掻き消える。


「ふむ、担任を務めるに足る実力はあるようだ」


 そんな少し偉そうな声が聞こえてくる。


「しかし、もう少し実力を見せてもらおうか」


 再度魔力が練られる気配を感じ、俺は巻き添えを避ける為に、担任の背後から距離を取った。先程の火球よりも2回りほど大きな、50cmほどの玉が担任へと放たれる。


(偉そうな事を言う割に、技術はなさそうだな)


 魔力の練りが甘く、術式を単になぞっただけの火球。さっきより魔力を込めてはいるが、あまり収束されていないため大きくなったというだけ。

 威力としては先程の火球と大差ない、

 当然、担任の防御結界を揺るがすことなく掻き消されていた。


 背後から攻撃魔法を撃たれているというのに、担任は振り向きもせず、歩む速度を変化させずに進んでいく。

 その様子は挑発の色を帯びている。ひよっこの魔法なんぞ、相手にもしないと。


 なるほど、帝国中から集められ、第一関門を突破した生徒、多少は天狗になっているヤツもいるだろう。

 それを大人しくさせるには、相応の実力を示すのが手っ取り早い。

 この担任は、生徒に攻撃させる事で実力を示し、今後の授業をより進めやすい環境に整えようとしているのか。


 その意図を察したのか、単に実力を見せるべきと思ったのか、複数人の魔力が練られ始める。担任にというよりは、これからクラスメイトとなる生徒の中でイニシアチブを取るために、自分こそは一番と示そうとする奴はいるだろう。


 そしてそれに対して、俺のように静観を決め込む者、全く興味を示さない者、クラスメイトの暴走にオロオロしている者などに分類された。


「食らえっ」


 最初に攻撃したヤツの3度目の攻撃は、直径1mほどの火の玉。やはり込めた魔力量だけが増えて膨れ上がっただけの魔法。威力は変わっていないのて、あっさりとかき消えていく。

 しかし、今度はかき消えた火の玉の中に、もう一つちゃんと収束させた火の玉が隠されていた。なるほど、本命をカモフラージュするとは、意外と技量もあったのか。


「何!?」


 しかし、撃った本人が一番驚いている様子から、コイツが狙ってやった事ではなかったらしい。

 きっちりと魔力が練られ、収束させて熱量を上げた火の玉が担任の防御結界へと触れる。ギチギチと魔力の渦がせめぎ合い、やがてフッと消えていく。

 多少はもったが、担任の結界を破るにはまだまだ足りていなかった。


「誰だ、俺様に便乗しようとした奴は!?」


 1人血気に逸っているヤツがいるが、完全に浮いているな。よくアレで一学期を乗り切れたなと思っていると、うるさいヤツよりもしっかりと練られた術式が展開される。


「うるさい、ザコはもう黙ってろ」

「なんだと!?」


 赤髪の女が氷でできた槍を担任へと放つ。うるさいヤツに比べると、しっかりと構築された術式による魔法。鋭い穂先が担任の防御結界へと突き刺さる。

 しかし、10cmほど食い込んだ所で、術式が分解されて姿を維持できなくなり霧散した。


「はっ、偉そうにして全然弱っちいじゃねえか」

「それはアンタでしょ。大して技量も無いくせに何で残ってんのよ!」

「ああん、この大貴族ロキシャール侯爵家が五男、ヘンドリック様にそんな口をきいてただで済むと思うなよっ」

「はん、親の七光りで残っただけの凡人じゃない。軍学校ここで貴族の階級に縋ってるような奴はさっさとお似合いの所に転校なさいっ」

「なんだとぉっ」


 大声で言い合ってくれたおかけで、事情は察する。魔力量は多そうなのに技量が全く伴ってない奴が、あのうるさい男で、多少は技量があるものの詰めの甘い女は下級貴族の令嬢ってとこだな。

 それよりもこっそり火球を忍ばせたヤツの方が技量は上だが、我関せずと澄まし顔で歩いてるな。今名乗り出ても侯爵家に目をつけられるのは馬鹿らしいとの判断だろう。


 オロオロしてたヤツが、うるさいヤツの名乗りを聞いて、更に挙動不審になっている。コイツは魔力量も少なそうだし、制御も甘いな。動揺して魔力が漏れ出て、隠せていない。

 やはり真の実力者は互いに牽制し合ってて、行動を起こそうとしないらしい。もしくは俺みたいに見えず感じにくい術式で担任に接触しているか。


 これ以上、派手に仕掛けるヤツはいないようだと思った頃、教室の一つへとたどり着いていた。前世で言うと大学の講義室の様な黒板に対して離れるにつれて段々に高くなる座席。30人のクラスにしては座席数が多かった。


「ひとまず、好きな席についてくれ」

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