拠点の整備
洞窟の奥、草食系の動物が眠っていた事を考えると、危険な動物は入って来づらい場所だとは思う。まあ、更に小さな隙間があるから、そこに逃げ込む算段だったのかも知れないが。
魔法を解禁したので、穴の中へも視覚を飛ばし、確認を行った所、子育てをしていた様な柔らかそうな毛が敷かれた場所が見つかった。
ただ子供自体はいなかったので、逃げた中にいたのかも知れない。
やや下り坂になっているので、雨水が入ってくる可能性がある。なのでテントを置く手前の所に溝を作り、簡単な排水路を確保しておく。
入り口近くにも水の侵入をし難くする遮断板を刺せる様にしておく予定だ。
調理は外でするとして、後は換気くらいか。幾つか隙間はあるが、それで足りるかどうか。二酸化炭素中毒は勘弁して欲しいからな。
換気扇の様な魔導具は、脱出艇の装備にはなかった。
「風の精霊にお願いしとくか」
術式を組んで、洞窟内の換気をお願いしておく。微風を循環させる程度なので、大きな魔力は使わない。ついでに気温も多少操作できるので、快適にもなる。
「これでよし」
「じゃあ、飯にしようぜ」
「お前が仕留めた獲物だからな。リクエストはあるか?」
「ガッツリ肉食いたい」
「そんなに量はないんだが……焼肉にしとくか」
ケルンが仕留めたネズミっぽい動物を使って料理を行う。一匹は骨付きでボリューミーに調理して、もう一匹はスライスしてトカゲ肉と比べられる様な感じで並べてみた。
ソース代わりは道中で収穫した酸味のある柑橘っぽい風味の果物を絞り、レモン塩の様な雰囲気に仕上げてみる。
装備品の乾パンを節約する為に、芋っぽいものを蒸してみた。バターがないので、あまり味も風味もないが、肉を巻いて食べてみよう。
「こんな感じでどうだ?」
「すげーな、お前。魔法を使ったのかと思うぞ」
「多少は使ってるけどな」
魔法で血抜きすると、短時間で隅々まで処理できるので、ジビエでもあまり臭みを残さず調理できる。更には電子レンジの様に、内部から加熱するように火の術式を使ったり、遠赤外線での加熱なども再現できるように術式を研究した。
人間、やはり食にこだわるのが一番充実した生活を送れるというのが俺の持論だ。
早速骨付き肉にかぶりついたケルンは、満面の笑みを浮かべて、黙々と食べていく。
その様子を見ながら、俺も芋の肉巻きなどを食べてみることにした。やはり味付けが十分ではなく、芋の旨味を引き出せてない感じ。
心までほっこりと蒸し上がってはいるが、噛んでも旨味が出てこない。
品種改良もなく、この惑星独自の植物だけに、研究が必要そうだ。
満腹といった様子で腹をさするケルンは、芋なども特に不満はなかったようだ。料理も魔法で賄えるこの世界は、どことなくジャンクというか無理矢理整えた味が多いのだが、素材を活かした調理でも、特に物足りなさは感じないようだ。
これはケルンが特殊なのかもしれない。
移動とねぐらの確保、食事でもう日没を迎えようとしていた。調理などで発生した匂いを換気して、洞窟の入口に岩を転がす。
遠くから見れば隙間が岩に隠れて見えにくくなるはずだ。
入り口を入った所に鳴子的なトラップを配置。ロープに引っかかると、奥に知らせがくる程度。人間サイズの物が来た時に引っかかればと思うが、野生の獣相手だとバレバレだろう。
逆に好奇心にかられて引っ張る可能性もあるので、念のためレベルでの設置だ。基本はケルンの野生の勘に頼ろう。
「知的生物がいるかも分からんけど、今のところそんな痕跡は無いよな」
「そうだな、木にマーキングしてるのも獣だと思う。石器などは使われてなかった」
原住民とかだともっと工夫して襲ってくる危険もあるが、現在は考えなくてもいいだろう。
寝床はテントを出して、寝袋で寝れば問題ない。前世の寝袋よりもクッション性が良く、風の術式が組み込まれているので、通気性も確保されていた。
「そろそろ風呂にも入りたいな」
「贅沢は言えないだろ」
魔法でお湯を出して、それで体を拭うくらいで今は我慢だ。トイレについては洞窟の外に穴を掘る形で用意している。汲み取る事もできないので、一定期間使ったら次の穴を掘って、埋めるしかないだろう。
一応、装備品の中に簡易トイレもあるが、2週間はもたないしな。
「明日からは近くの食材集めを進めよう」
「おう、お前がいたら充実した食生活が送れるから安心だな」
「まあ腹を下したら治癒してやるよ」
2人で交代しながらの睡眠は、数日ならともかく2週間はキツイな。どこかでまとめてしっかりとした睡眠をとる計画も立てないとな。
最悪、入り口も埋めたシェルターを用意して、風の術式で窒息しないようにして眠るとかになるか。危険がないかと問われると怪しい。
回路が刻まれた魔導具と違って、魔術師が術式を発動させた魔法は、維持するコストが必要だ。俺が眠ってそれがきちんと持続できるかどうか。過去にそこまでの経験はなかった。
「分かりやすく安全を確保できればな……」
そう思いながら俺は先に就寝させてもらった。
日付が変わった辺りで起こされて、見張りを交代する。感覚が鋭いケルンの邪魔をしないように、入り口近くで見張りを行う事にした。
周囲は暗く、星明かりだけが光源だ。
少し視覚強化して、暗視と遠視を発動させる。
「おお、今日も歩いてるな」
タカアシガニの姿が確認できた。奴は夜行性なのだろう。獲物の姿までは見えないが、大きく脚を振っているから、何かを襲っているとは思う。
他の気配を探してみると、飛んでいる影もあった。距離が掴めないので大きさも不明だが、暗闇の中を何十匹かまとまって飛んでいる。
原生林の上空を飛んでいるので、餌を探しているようだな。大きく移動はしていない。
岩山近くで動く気配は感じない。脱出艇の魔導具がないので、自前の術式を起動して気配を探査している。
一度使ってしまうと、術式を封印する気にはなれなかった。それだけ警戒網に違いが出る。
本当に例年の参加者達はどうやってクリアしてきたんだろうか。ケルンに渡されたマニュアルだけじゃどう頑張っても数日でリタイアするしかないだろう。
「もしかして帝国の研究機関が、俺の調査を継続してるとかか……?」
俺の持つ魔術師としての知識や技術については、俺の自己申告でしか判断はできない。それなりの強度で色々なテストをやらされたが、それはあくまでテスト。
本当に極限状態に追い込むことで、本来の力を発揮させようと考えてもおかしくはない。俺の存在は帝国にとって利用できる駒である必要があり、それ以上の損害を与える存在であれば処分も検討されるだろう。
絶えず監視されてい覚悟は持っている。それだけ俺の抱える前世の記憶やら刷り込まれた魔法の知識、幼い頃からの魔力強化プログラムは特殊なのだ。
「そんな検証に巻き込まれたんだとしたら、ケルンには悪い事をしたかもしれないな」
巻き込まれて原生生物の脅威度が高い星に連れてこられたなら同情を禁じえない。とはいえ、ケルンの戦闘能力はあてにできる。持ち前の明るさもこういう局面で同行してくれるメンバーとして良かった。
「無事に課外学習を終えないとな」
あと12日。
もし俺の性能試験として考えるなら、何かけしかけられる危険もある。準備は怠らないようにしないとな。
まずは飛び道具か。飛んでる影もあるし、弓矢とか作ってみようか。地上の獣にも有効なはず。
これからやっていく事を脳内で整理しつつ、見張りを続けた。




